第12話 セオリーは大事
ついてくる。
ジェシカがずっとついてくる。
原初のゾンビのおかげで1階のバリケードは壊されたし、少しずつだけど仲間たちがSC内に入り込んできている。
だから脱出もさっきよりスムーズになったはずだ。
彼女が外に出ない理由なんかないと思うんだけど。
「ユウキ、そんな事を言って逃げる気でしょう? 今ここで私に離れて欲しかったら、免許証とか身分証を預けてちょうだい」
こんな事を言うのだ。
もちろん僕は手ぶらだし、そもそも原付免許すら取ってない。
頑として離れないジェシカを、僕は仕方なしに連れていく事にした。
それからやってきたのは3階。
そこは破壊の為に随分と様相が変わっていた。
西側の通路は大きく崩れて先に進めそうにない。
だから残された探索エリアは東側になるんだけど、そっちばかりはこれまでと造りが違っていた。
まず、東側にお店はない。
飾り気の一切ない鉄扉だけがある。
目の高さの位置には『関係者以外立ち入り禁止』と大きく書かれていた。
辺りには覗き窓もないし、耳を澄ましても物音が聞こえない。
そのため、外から中の様子をうかがい知る事は難しそうだ。
「残りの生存者はこの中かなぁ」
「中に入るの? ちょっと無謀だと思うわ」
「相手は銃を持ってるんだよね。ショットガンとかマシンガンとか火力のあるやつ」
「それもそうだけど、ヤバイやつが居るのよ。特にマークがね」
「さっきからたまに聞こえたけど、それは誰なの?」
「お山の大将ってやつよ。3階の5人ぽっちしかいない、箱庭よりも小さなお山のね。気に入らないやつは人間でもお構いなしに撃ち殺しちゃうような奴よ」
「その5人のみんなが武装してるの?」
「ううん。そんなことないわ。せいぜい二人。他は下僕みたいなものよ。ちっちゃな女の子だって居るしね」
そうすると、気をつけるべきは2人だけ。
特にマークという男が危険だと。
そして、最悪の場合は5人と同時に向き合う事になる。
こっちの戦力を考えたら確かに無謀な戦いだと思う。
「僕らだけじゃ厳しいね。下の階から応援を……」
「相変わらず情けねえ野郎だ。しかもこの期に及んで女連れかよ」
「その声は……!」
後ろからちょっとばかり懐かしい声が聞こえた。
僕はつい嬉しくなってしまう。
これまでなら憂鬱ささえ感じてしまうのに、今ばかりはなんて心強く聞こえるんだろう。
「ジョン1対1.62! 1対1.62じゃないか!」
「テメエは人の名前で遊びすぎだろ!」
「ねえユウキ。なにその黄金比みたいな名前」
「おい白人女、真に受けるな! オレはジョックって言うんだ!」
「ジョック? あなたが? ふぅん……それにしてはちょっと貧相かな」
ジェシカがほんのり鼻で笑った。
なぜ笑ったかは解らないけど、彼女には根拠があるようだ。
哀れなる1.62よ。
困難にめげず強く生きて欲しい。
「んで、何やってんだよ。ドアの前でボヤッとして」
「ちょっと作戦をね。中に5人くらい居るみたいなんだけど、相手が手強いみたいで」
「チッ。日和(ひより)やがって。そんな様子じゃ、まだロクな働きをしてねえんだろ」
「いや、一応2人ゾンビにしたよ。このジェシカって女の人もそうだし……」
「そうなの。ジョック『あこがれ』さん。ついさっき彼に貫通されちゃった」
「……そうかい。オレは4人だけどな」
「え、そんなに?」
「約束の事を忘れんなよ」
「……開けるの?」
「3人で不意が打てりゃなんとかなる。行くぞ」
そう言って彼は静かにドアを開けた。
中は簡素な通路で、事務所か何かを思い起こさせる。
道はTの字になっていて、正面と右手に道が枝分かれしている。
まっすぐ行けば避難口、右の方は小さな部屋が3つあるらしい。
「右の部屋は手前から倉庫、マークたちの部屋、一番奥がその他の部屋となってるわ」
「それにしても、原初のゾンビとか、これまでの騒ぎに気づいてないのかな。結構派手な音がしてたと思うけど」
「入り口の扉のせいね。かなりの防音になってるのかしら。ここに居ると外の音がほとんど聞こえないの」
「そりゃ良い報せだな。連中が警戒してたら面倒になったところだ。今のうちなら油断してるだろう」
僕たちは壁にへばりつきながら進み、顔だけ出して通路の右側を覗き込んだ。
見張りは1人も居ない。
本当に警戒をされていないみたいだった。
息を殺しつつさらに奥へと進む。
倉庫の部屋を通りすぎ、マークたちの部屋を過ぎようとした。
でもその時、部屋の中から怒声が聞こえてきた。
飛び上がりそうな程に驚いたけど、生存者には気づかれずに済んだようだ。
中の人たちはどうやら喧嘩をしているらしい。
ーーだから何度も言ってるだろ! デイジーは、娘は感染なんかしていない!
ーーどうだかねぇ。ガキが一人で町中にほっぽり出されて平気で居られるもんか。まさかゾンビが気を遣って噛まなかった、なんて言わねぇよな?
ーー何度も言っただろう、間一髪助けたんだ! 今まさに獰猛なゾンビに襲われかけた所をな!
ーーとうぜん親なら自分のガキを庇うよな。いいか、オレは数えきれないほどのSCを渡り歩いてきた。何度も見てきたよ。ガキを、恋人を、パートナーをかばい続けるゴミどもをな。
ーーそれとこれは関係ないだろ、オレたちは潔白なんだ!
中の様子が気になるな。
僕はこれ以上ないくらい静かに、慎重にドアノブを回した。
夜中にキッチンの冷蔵庫を漁るときよりも丁寧に、ひたすらゆっくりと。
するとほんの少しだけど、中の様子が見えた。
「男の人が縛られてるね」
「彼はジョンソンね。あの娘の父親よ」
「たしか……彼なら外で一回会ってるなぁ」
「え? 面識があるの?」
「まぁ、ちょっとね」
ジョンソンと呼ばれた男は、いつぞやのバイクに乗って現れたあの人だ。
となると娘というのは、僕に見つけられた女の子だろう。
それは良いのだけど、様子が不穏だ。
その女の子が、銃を持った男に抱き抱えられている。
『人質』という言葉がふと浮かぶ。
向き合う父親は縄で縛られて、椅子に固定されていた。
彼らは仲間じゃないんだろうか。
ここだけ見ると、押し込み強盗のようにしか見えない。
『感染してるかどうか試してやる、良い方法を思い付いたからな』
『マーク……何を企んでやがる』
『このガキをゾンビの群れに放り込むんだよ。感染してたら襲われねぇ。これ以上ないくらい分かりやすいテストだろ?』
『ふざけるな! そんな事したら、奴らに食われて感染するだろうが!』
『ハッハッハ、んな事まで知るか! 疑わしい奴は追放するだけ! 恨むならテメェらの迂闊さを呪うんだな!』
『嫌だ、離して!』
『デイジィー!』
「まずい、こっちに来るよ!」
「大変。隣の部屋へ逃げましょ!」
僕たちは逃げるようにして一番奥の部屋になだれ込んだ。
ギリギリ間に合ったのか、マークたちに気づかれずに済んだ。
ふぅ、と一息つきかけるけど、僕らのピンチは終わらない。
この部屋にも一人の男が居たのだ。
彼は僕の事を追いかけ回した、マークの相棒だ。
『うわっ、ゾン……』
「おっと、騒ぐんじゃねぇ」
『ムグッ!?』
相手のチンピラより、こっちのチンピラの方が動きが早かった。
生存者は口を塞がれ、助けを呼ぶことすらできない。
彼の所持品らしいショットガンは、少し離れたところに置かれている。
指を伸ばせばギリギリ届きそうな距離感だ。
ここは噛まれる寸前に、銃で切り抜ける場面だろうか。
僕の拳が汗で湿りだす。
「表じゃ好き勝手暴れやがって。観念しろ」
『ウウーー、ムグゥゥーー!』
ーーガブッ。
なんの情緒もなく噛まれた。
際どい場所に置かれた意味深な銃だけど、なんの意味もなさなかった。
懲罰的に噛まれるようなエピソードも、ゾンビあるあるも一切ない。
ただ単に、噛みついて、事が済んでしまった。
「ねぇユウキ。彼はなんというか、なってないわね」
「そうだね。本当に効率重視で噛みにいったね。もうちょっと波風というか、ハラハラ展開がほしいよ」
「ムードも最悪ね。犯罪の片棒でも担がされたような気分だわ」
「まぁまぁ、彼も頑張ってるんだから。ダメな点には目を瞑って今後に期待しようよ」
「お前ら! 総評すんな! これがオレたちの目的だろうが!」
「うん、20点ね。在り来たりな返事。ユーモアって言葉を知らないのかしら?」
「お前マジでぶん殴るぞ」
チンピラくんの抗議はさておき。
腰巾着男の処理をしなきゃならない。
ここで騒がれては面倒になりそうだからだ。
猿ぐつわに、両手足の拘束。
そのままでしばらく大人しくしてもらう事にしよう。
「うん。こんなもんかな」
「おいユウキ。手際が良すぎる。お前の方がよっぽどえげつないと思うんだが?」
「そうかなぁ? この人が友好的とは限らないよ。また銃を乱射する可能性も高いし」
「おい白人女。この行動をどう評する?」
「80点ね。私に唾を吐きかけさせてくれたら、180点ね」
「100超えるってどんな採点だ?!」
「人間の時の恨み分が100点、興味本意が80点かしら」
「まさか、そのコメントにはユーモアがあるとか言わねぇよな?」
2人が何やら揉め出したけど、それは些細な事だろう。
一番の重要な点は部屋を制圧出来たことだ。
これからはココを起点にして生存者と向き合える。
更には休憩もできてしまう。
おあつらえ向きに、テーブルには酢漬けイカが置いてあった。
僕たちは有りがたく頬張りつつ、次の計画を立てるのだった。
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