第11話 ゾンビ界のキーパーソン
先程の女性ジェシカさんが、全身鏡の前に立っている。
そこでジィッと自分の顔とにらめっこ。
したかと思えば、右半身と左半身を交互に写してみたり、半回転して背中をチェックしている。
ちなみにここまで僕との会話無し。
マクスウェルさんの時のように全力で落ち込まれるのは辛いけど、居ない人扱いされ続けるのも中々堪える。
例えば、思い付きでやったイタズラが大事になって、被害者が目の前で被害状況を確認している……そんな感じに近い。
だけど、いつまでもここに居る訳にはいかない。
一応お役目で来たんだし。
それにさっきの騒ぎで、生存者たちが見回りに来ないとも限らないし。
僕は心を決めて話しかけてみた。
「あの、ゾンビにしちゃってごめんなさい。僕はユウキ、日本人のゾンビです」
返事はない。
その代わり、彼女は体ごと僕の方へ向けた。
両手は腰に当てられている。
まぁ、怒ってるんだろうね。
「ええと、危ない目にあってたから助けたかったんだけど……その、上手くいかなくって」
「……」
「まさか男が急に消えるなんて思わなかったから、その、ごめんなさい」
「……ふぅん」
目鼻立ちのハッキリした顔からは結構な圧迫感が伝わってくる。
意思の力がしっかりと備わっていそうな、強い眼差しだ。
青くてキレイな瞳をしてるけど、今ばかりはジロジロ見ている余裕もない。
赤茶の髪も片方の前髪を垂らし、残りは後ろに流して縛っている。
だから、彼女の両目を遮るものは何も無いのだ。
「ともかく、ゾンビになったから、外に出ても平気だよ。市長さんとかに事情を説明したら、いろんな福祉サービスが……」
「ねぇ。あなたご両親は? パパやママはいるの?」
「え、うん。家族はみんな外に居るよ。でもどうして?」
「会ってお話がしたいの」
あぁ、これはあれだ。
親に直接文句を言うパターンだ。
『アンタんとこのお子さん、こんな事しましたけども!』ってヤツだ。
20歳を目前にして、小学生みたいな仕打ちを受けるのは辛い。
謝って済むようならこの場で収めてしまいたいのだけど……。
「あの、その、怒ってるのはもっともだけど。償いなら親じゃなくて僕にさせてくれないかい?」
「怒ってる? 何を言っているの?」
「だって、僕の親に会いたいって言うから。今回の事で謝罪とかさせるつもり……」
「ねぇ、それは違うわよ。ご両親に挨拶がしたいってだけなの」
「挨拶って……どうしてさ?」
「そりゃもちろん。結婚の報告をするためよ。私たちのね」
「……ハァ?」
冷静に考えればスゴく失礼な返答だけど、僕はつい口にしてしまった。
僕と結婚? どうして?
ゾンビ語の習得を間違えてるとしか思えない程、あまりにも突飛な話だった。
「私ね、結婚するまでは、男性に体を許さないって決めてるの」
「まぁ、それは判るよ。確か知り合いの子も言ってたし」
「もし仮に許したとしたら、相手とは絶対に結婚しようと思ってた」
「うん。そういう考えもあるよね。それも分かるよ」
「ついでにゾンビにさせられたら、その相手と結婚しようとも考えてた……」
「それは分からない」
どういう理屈だろう。
性交渉は良いにしても、なぜそこにゾンビ要素が紛れ込むのか。
どんなタイミングで思案すれば、そんな思考になるんだろう。
僕の態度が気にくわなかったのか、彼女は少しだけ目を鋭くさせた。
そして前屈みになりつつ、僕の方に顔を近づけた。
その拍子で、彼女の大きな胸の谷間が露になる。
というか、ジェシカさんはスゴく軽装だった。
タンクトップにショートパンツ、そしてスニーカーという出で立ち。
公園でジョギングでも始めそうな姿だ。
どうしてゾンビだらけの環境なのに、そんな格好で居られるのか聞いてみたい。
だけどヤブヘビになりそうだから、結局口に出さなかった。
というか、あまりノンビリしている余裕は無いと思う。
こんな状況で襲撃でもされたら大変だ。
「あのさ、ジェシカさんだっけ。とりあえずは表に出てなよ。今はちょっと気分がハイになってるだけだよ」
「……もしかして、責任を取ってくれないの? あれは一度限りの夢だったの?」
「ねぇ。人聞きが悪い言い回しは止めて貰えるかな。まるで僕が……ッ!」
問答に気を取られる余り、迫っている危険に気づくのが遅れた。
僕は咄嗟にジェシカさんに飛び付き、床に押し倒した。
「キャァッ!」
これはもちろんアダルト展開じゃない。
ーーバァン!
大きな破裂音とともに、凶弾がジェシカさんを襲った。
とっさの回避が間に合ったおかげで、弾丸は僕らの頭上を過ぎていった。
パキン、と遠くの壁から乾いた音が響く。
こんな真似をしでかしたのは、ついさっき食われた男の方だった。
「殺じでやる! お前らまとめてブッ殺じでやる!」
「チッ。殺し損ねたかしら。それとも痛め付けが甘かった?」
「ああぁ、何て事だ。銃を使うだなんて!」
男は床を這いずりつつ、拳銃をこちらに向けている。
生前の所持品なんだろう。
でも彼は成り立てとは言え、正真正銘のゾンビだ。
たとえゾンビ歴が5秒だろうが5年だろうが、禁忌を犯したことに変わりはない。
だから僕はジェシカさんの手を握って逃げ出した。
なるべく遠くへ離れられるように。
「走るよ、ついてきて!」
「ちょっとユウキ。逃げるのは良いけど、武器をもらっていきましょう。あそこにショットガンが落ちてるし……」
「ダメだ! 銃はダメなんだ!」
「ダメって何がよ?」
「良いから! 今は何も考えないで!」
僕らは走った。
少し行った所にエスカレーターがあるけど、そこまで遠回りする時間すら惜しい。
だから吹き抜け部分の柵に足をかけた。
「跳ぶよ、捕まって!」
「ねぇまさか、ここから飛び降りるの? 」
「そうだよ、急がないと大変な事になるんだよ!」
「さすがに怯えすぎじゃない? 銃で狙われてるといっても、この距離じゃ当たらないと思うわ」
「危ないのはアイツなんかじゃない! 黙って付いてきてよ!」
「き、キャァァアアーー!」
僕は了承を得る前に3階から飛び降りた。
彼女の体を片手で掴みつつ。
そして2階の似たような柵に左手だけを伸ばす。
ーーパシッ。
どうにか届いて掴むことができた。
こんなの映画でもあり得ない展開かもね。
でも僕のヒーローッぽい運もここまで。
ーーバキィン
細目の鉄柵はあまりにも脆く、落下してきた僕たちを支えきる事はできなかった。
そのまま一階へ。
べちゃり。
「いたた、ジェシカさん大丈夫?」
「なんとか……ね」
勢いを2階で殺せたから『痛い』で済んだ。
というか、まだ安心しちゃいけない。
もっと遠くへ逃げなくちゃ。
『まぁでぇぇ! 殺ずぅ、殺じでやるぅぅ!』
ーーダァン、ダァン、ダァン!
銃痕が、破裂音が僕らを追いかける。
追い込まれるようにして手近なお店へと飛び込んだ。
さっきも言ったけど、別に弾丸から逃げるためじゃない。
入った先は女性向けのアパレルショップだ。
僕たちは壁やマネキンに寄りかかって、激しく息をついた。
「あなた、見かけに依らず無茶するのね」
「……ハァ、ハァ」
「まさかとは思うけど、考古学者じゃないわよね? いろんな秘境を巡ったり、謎の組織と戦ったり……」
「シッ。静かに!」
僕は彼女の口を塞いだ。
たった今、地響きが起きたからだ。
ヤツが側まで来ている証拠だった。
ーードン、ドン、ドン、ドォン!
建物が揺れて埃がパラパラと落ちる。
断片的な地震というか、爆撃でもされたような振動が、正確な周期で起きた。
そして。
ーードガァアン!
『GyaoooOOOON!!!』
1階のバリケードを破壊して現れた。
でたらめな大きさの叫び声が、建物全体を響かせた。
現れた怪物は身の丈は3メートルはあるだろう。
全身は筋肉の塊と言って良いほどに膨れていて、彼の持つパワーがどれほどか試すまでもない。
少なくとも、僕たちを潰すことなんて訳ないハズだ。
「なに、何なのよ……あの化け物は」
「あれは原初のゾンビ、だと聞いてるよ。度々現れては破壊をしていくんだ」
この世界のゾンビ法なり、治安なりを守るのは、原初のゾンビを畏れてのことだった。
全ては彼を怒らせないため。
これまで度々見られた非効率な振る舞いも、同じ理由での事なのだ。
「な、なんだぁ。このバケモノはぁあ!」
ーーダァン、ダァン!
3階から銃弾が降り注ぐ。
的が大きいためか全弾命中するけども、効果があるかは別問題だ。
原初のゾンビは小雨でも払うような仕草をして、3階まで一気に飛び上がった。
そしてそこの通路を大破させつつ、あの男を掴み、また1階へと降りてきた。
「ギィヤァァア!」
ーーボリ、ゴリ、ごくん。
粗い咀嚼(そしゃく)の後、男の体は原初のゾンビの中へと消えた。
ほとんど丸飲みだったろう。
何て恐ろしいのか。
ジェシカの震えが手のひら越しに伝わってくる。
そして、彼女は消え入るような声を、うっすらと出した。
「ねぇ。アイツ、どうなっちゃったの?」
「わからない。消えたのかもしれないし、そうじゃないのかも。彼に食べられてから、生還した人が居ないから……」
「そう。まぁ、死んじゃったでしょうね」
もうすでに死んでいるよ。
そんなオーソドックスなコメントすら、吐く気は失せていた。
原初のゾンビは役目を終えたのか、1階の入り口から外へと消えた。
余りにも規格外の力を目の当たりにして、僕たちはしばらくの間動くことができなかった。
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