第10話  3階の騒動

3階の生存者には気を付けろ、とはマクスウェルさんのアドバイスだ。

どうやら話の通じない人たちが居るらしい。

さらに、彼らは銃なんかで武装してるに違いない。

僕独りで進むには力不足だと思う。



「三郎はまだかな。一階も静かだしなぁ」



上の階には一人先行してるけど、できれば大勢で向かいたい。

死なない分僕らの方が有利だけど、頭数で言えば向こうの方がずっと多いし。

何より、怖いもの。


2階エスカレーターにて周りを確認する。

2階の西側、それから吹き抜け越しに1階も。

応援が駆けつけてくる気配は、今のところ無い。



「独りで行かなきゃダメかなぁ。うーん……」



そのとき、1階の方が騒がしくなった。

ブロロン、キキィと大きな音が響く。

これはもしかして……。



『はぁー、殺った殺った。今日も最高だったなぁ!』


『しかしヒヤッとしたぜ。まさかゾンビどもに追っかけ回されるとはな。ありゃボスでも近くに居るのか?』


『んなわけあるか。たまたまだろ。アイツらに協力するような頭があるかよ』



まずい、これはスゴくまずい!

外で暴れてた生存者が戻ってきたんだ。

彼らは既に1階のエスカレーターに足をかけている。

僕が逃げ隠れるとしたら、上に行くしかない。

急がなきゃ。

そして物音をたてないように。


ーーカツン。


焦るとろくな事をやらない。

靴が段差に引っ掛かっちゃった。

この環境じゃかなり響いたんじゃないか。



『おい、そこに誰かいるのか!?』



まずい、下の連中に気づかれた。

どうにかして誤魔化さないと!



「みょ、ミョワァア~~ンヌ」



渾身のモノマネ。

全力の野良猫。

果たして騙されてくれるのかな……。



『なんだ。ミーアキャットじゃねぇか』


『待てよマーク。今の鳴き声はノルウェー・ジャン・フォレストキャットだろ』


『はぁ? バカ言うな。あの声質はどう考えてもミーアキャットだろうが』


『こんな島国にミーアキャットがいるかよ。あれは絶対にノルウェー・ジャン・フォレストキャットだ!』


『そこまで言うなら賭けるか?』


『おうよ、今晩の酒かけろ!』


『上等だ、行くぞ!』



ーーダダダダダッ!


大変だ。

なぜか興味を持たれたらしい。

それとも嘘がバレたのかも。

下の2人がエスカレーターを駆け上がってくる。



「ににに逃げなきゃ!」


『おいマーク、ノルウェー・ジャン・フォレストキャットが逃げるぞ!』


『撃ち殺せ! 賭けが成立しなくなるぞ!』



ーードパァン!


撃ってきた!

やっぱりゾンビだってバレたんだ!

もう誤魔化しは通じない、どこかのお店に逃げなくちゃ。



「ええと、ええと、ここだ!」



選んだのは寝具店。

展示品のベッドに潜り込んだ。



「ふぅ、ふぅ。諦めて帰ってよね」



マットレスと布団の間から通りを注視する。

大きな銃を片手に持った2人の男が、通路を慎重に歩いていた。

向こうはよっぽど熱が入ってるらしく、一店一店しらみ潰しに回っては、じっくり調べているようだ。



「どうしよう、見つけられるのも時間の問題かもしれない……」



動くべきか、それとも大人しくするべきか。

僕の天秤はフラフラと揺れて判断ができないでいる。

時間をかけるほどに、事実上二択は一択になりつつある。

執拗な『探索隊』はすでに隣の店舗までやってきていた。


僕のとるべき行動は。

今最もやらなきゃいけないことは……。



「グルァァア!」


『うおっ、ゾンビだ!』


『クソッタレ、こんな所にも現れやがって!』



ーードパァン! ドパァァン!


立て続けに二発。

それで動くことを止めた。

突入隊のうちの一人が。

彼は3階担当のゾンビだろう。



「あぁ、痛そうだなぁ。あれは完治するのに一ヶ月はかかるんじゃないか……」



助けに入るにしても、僕なんかじゃ無理だ。

筋力も度胸も足りていない。

そもそも言い訳が最初に浮かぶ時点で、戦力には成り得ないと感じた。

だから今もこうして、ベッドに隠れて息を潜めている。



『あーーぁ。なんか冷めちまったな。もう戻るか』


『そうだな。いい加減火酒ちゃんが飲みてぇよ』


『勝負はあれだ、カードで決めるぞ』


『おうよ、弾でも賭けるか』


『ついでにタマもかけてやるよ』


『言ってろタマ無し野郎』



男たちは軽く言い合いをしつつ去っていった。

助かった……みたいだ。



「ふぅー。どうにか逃げきれたなぁ」



連中が遠くまで離れたら、撃たれたゾンビを助けてあげよう。

そう思って隠れ続けた。


頃合いかなと思って身を起こそうとしたところ、再び邪魔が入る。

先程の二人が立ち去った方とは逆方向から、それはやって来たのだ。



『痛い! 離してったら!』


『うるせぇ! 大人しくしろよオラ!』



今度は若い男女、かな。

だいぶ声が荒いけども、ケンカでもしてるのかな。



『オレに逆らうつもりかよ? だったらテメェだけで生きてくかよ? こんなゾンビだらけの世界でなぁ』


『卑怯者! マークの金魚の糞のくせに!』


『何とでも言え。オレはお前より上位の立場なんだよ! 活かすも殺すもオレ次第ってこったぁ!』


『クソッ! アンタなんか、アンタなんか……!』


『良いねぇ、そそる目をするじゃねぇか。すぐに涙目になるがよぉ!』


『ガハッ!』



大変だ、女の人がお腹を殴られた。

加減なんかしてないのか、物凄く痛そうに『く』の字に体を曲げてるよ。



「なんてヤツだ。こんな時なら助け合うべきじゃないのか……」



フツフツと怒りが湧いてくる。

そして気のせいだろうけど、どこかから声が聞こえた気がする。


ーー噛んじまえ、それがセオリーだ。


幻聴かもしれないけど、でも不思議な説得力があった。

それに、僕もあの男は許せない。

言葉は全く理解できてないけど、絶対に悪いことを企んでる。



『オラ、調度ベッドがあるじゃねぇか。未使用のシーツだぞっと』


『離せ……!』



二人は寝具店へとやってきた。

そして、僕の目の前のベッドに女性が投げられる。

女性は抵抗するけど、男が無理矢理のしかかろうとする。


これはチャンスだ。

男の方は僕の存在に全く気づいていない。

こちらに背を向けて、相手を支配するのに必死になっている。

僕は意を決して起き上がった。


ーーバサァ!


布団を払いつつ、向かいのベッドへジャンプ。

歯を立てやすいように、頭を突き出すようにして跳んだ。


でも、事態は急展開を迎える。

目の前の男女はマネキンじゃなくて生きた人間だ。

だからピンチになればなる程に、彼らの動きは激しくなるものだ。



『この、タマ無し野郎!』


『ガァッ!』



女性が金的蹴りで反撃に転じたのだ。

よりにもよって、このタイミングで。


悶絶した男が床に倒れる。

僕が男目掛けて跳んだ後に。

女性の正面がガラ空きになる。

遮るものは何もない。


ゾンビに制空力?

そんなの有るわけない。

だから必然的に、結果はこうなってしまう。


ーーカプリコット。


僕の歯は、柔らかい肌に立てられてた。

ちょうど鎖骨と首の間辺り。

フワッと甘い匂いがしたけども、そんな事を考えている場合じゃない。

意図しない感染を再び起こしてしまったのだ。



「キシャァァ! キシャァァーー!」


「あわわわ、ごめんなさい! あなたを噛むつもりは無かったのに!」


『ウワァ! ゾ、ゾンビだ! ゾンビが出たぞー!』



男が床を這いずりながら逃げようとしている。

数メートル先には、所持品らしい銃が落ちていた。

あれを拾われたら大変だ。

僕は男を取り押さえようとした……したんだけど。



「グルァァアア!」


『うわぁ! やめろ、ジェシカ! やめてくれぇ!』


「グルァァア! グルァァアア!!」


『う、ウワァァァアーー!』



ジェシカと呼ばれた女性の方が断然早く動いた。

そして僕が考えた対応策よりも、遥かに残忍で、容赦が無かった。

よっぽど怒ってたんだろうなぁ。

相手は全身噛み千切られてるもの。


男の方は、この惨状からゾンビ化を始めるのか。

そう思うとちょっとだけ同情した。


死因となった怪我に関しては、完治しないままで復活する事が多い。

体の欠損したゾンビが生まれるのも大抵はこのパターンだ。

外科手術で欠損を補うにしても、治療にどれだけかかるんだろう。

期間も、そして治療費も。


悪いことはするもんじゃないなと、実例をもって痛感したのだった。

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