第8話 名探偵ユウキ
僕たち突入隊の5人はどうにか侵入できた。
SC中部の構造はというと、特別には手が加えられてなくて、自分の良く知る光景そのものだった。
フロア中央には上に続くエスカレーター。
建物は東西に伸びていて、その長い通路に面してテナントが並ぶ。
お店も多少物が散らかってるだけで、大きく荒らされた様子はない。
そして、妙な静けさ。
人の気配を感じない。
広大な建物にも関わらず、10数人しか居ないせいだろうか。
バリケードの山だの手荒い歓迎なんかを前もって覚悟していただけに、肩透かしを食らった気分だった。
「ねぇジョン一八六(イハロ)郎。生存者ってどこにいるのかな?」
「知るかよ自分で探せ。それから人の名前を正数倍すんな、そしてジョックって言えよ」
「うん、ごめん。ウッカリしてた。じゃあ生存者を見つけ出そうか」
「おい、何を仲良しプラン立ててんだ。競争すんだから別行動だろうが」
「えっ、そうなの?」
「ノンキかよ。戦略的にもバラけて動いた方が利にかなってんだよ」
「そっかぁ。単独なのかぁ」
ジョン九三郎の意見に反論はないようで、他の三人も同調した。
手早くざっくりとした担当域が決められる。
僕は2階東、ジョン九三郎は同じフロアの西。
他にも1階の東西と3階西が決まる。
3階東と屋上は、手の空いたゾンビから対応することになる。
「よし。じゃあ散れ、しくじるなよ!」
「おう!」
エスカレーターの前でみんなと別れた。
僕たちも2階へと、静かに一段ずつ昇っていく。
動作を止めたエスカレーターっていうのは違和感が強烈だけど、文句をいってる場合じゃない。
そして2階。
道の中央が吹き抜けになっている事以外は、1階と同じ構造だった。
「ユウキ。しくじるんじゃねぇぞ。くれぐれもあの子に恥かかすような真似はすんな」
「恥って、たとえば?」
「戦価ゼロとか、隅っこで震えてるとか、そういうのだよ。みんなが注目する大舞台でやらかしてみろ。テメェに近しいものまで指をさされるようになるぞ」
「うっ。そうだよね。手堅く頑張るよ」
「フン。それでもオレが勝つがな」
そう吐き捨ててからジョン九三郎は反対側へ、残りの一人も3階へ向かった。
ここからは先は僕が頑張るしかない。
どうにかして結果を残さないと。
「2階は、服屋さんが多いね。あとは靴にケータイ、ゲームセンターとかかな」
とりあえず柱の陰に身を潜めつつ、奥の様子を窺った。
一本道だけど真っ直ぐではない。
イモ虫の体のようにグニャリと曲がっているもんだから、果ての壁まで見ることはできなかった。
だから館内マップを併用しつつ、担当域を頭に叩き込んでいく。
「物音も聞こえないなぁ。他のゾンビってどうやって生存者を探してるんだろ」
そんな疑問を抱きつつ、テナントのひとつひとつを覗き込んだ。
壁の端から顔を少しだけだして、丁寧に確認していく。
明らかにゾンビの動きじゃないけど、怖いものは怖い。
でもそんな恐怖心も、やがれ慣れてくる。
半数のお店が空振りに終わった頃には、すっかり気が大きくなっていた。
「うーん。どこにも居ないなぁ。2階は使ってないのかな?」
その時、ふと気づく。
ここのテナントは全て入り口が道に面していて、解放感を演出するためにガラス窓すらなかった。
買い物客ならそれで良いけど、安全を求めてやった来た人たちはどう感じるだろう。
きっと不安だ。
少なくとも、自分ならそう思う。
「だとすると、壁に囲まれた所とかだよね。隠れられるし、護りにもなるし……」
そこで目についたのは店内カウンターの裏側。
目立たない色合いのドアがある。
控え室か倉庫か分からないけど、僕は閃いた。
きっと生存者は、こんな場所に居るのだと。
「もう一回だ、最初から店の奥も調べてみよう」
なんだか名探偵にでもなったようで嬉しくなる。
足取りは軽く、物音は小さく。
得意に弾む心を抑えつつ、ふたたびお店巡りを始めた。
服屋、靴屋、雑貨屋に駄菓子屋。
それらの店内奥まで侵入し、ドア越しに中の様子をうかがい、そして小部屋を確認していく。
誰かの残した痕跡は古く、埃や腐敗臭でいっぱいだった。
ここまで空振り。
でも、僕の目の付け所は間違っていないはずだ。
アウトドアショップ。
ここで僕の足が慎重になる。
微かだけど、声が聞こえてきた。
「ここだ……この奥に居る」
慎重に歩き、カウンター裏のドアまで進む。
ここまで近寄ると、話し声はよりハッキリと聞こえてきた。
大人の男女が言い合ってるみたいだ。
『お願い、手を貸して。どうやらゾンビが中へ入ってきたみたいなの。すぐに退治しなくちゃ危険だわ』
『うるさい! オレはここから一歩も動かないぞ! たとえ世界が滅んだとしてもだ!』
どうやら英語で喧嘩しているらしい。
日本語とゾンビ語しかわからない僕では、内容までは聞き取れない。
でもなぜだろう。
男の方を噛まなくちゃならないという、謎の義務感に襲われてしまった。
なんとなくだけど、セオリーという単語が浮かんでから消えた。
『あなた、たった一人で生きていくつもりなの? どうかしてるわよ』
『嫁も息子も死んじまった! どちらにしてもオレは独りなんだ、ほっといてくれ!』
『あなただけが悲劇に遭ったとでも言いたいの? 私だって、3階の人たちもそう、ここに居る全員が深い悲しみを背負っているのよ!』
『それがどうした、オレには関係ない! 何度も言わせるな。ここから一歩たりとも動かないからな!』
『……そう。勝手にして!』
誰かが走ってくる音がする。
きっと女の人だろう。
僕は慌ててカウンターの端に身を潜めた。
ーーバタァン!
建物が揺れたかと思うほど、強くドアが閉められた。
作りが酷いのか、それとも彼女が強いのかは分からない。
背中を怒らせて去っていく女性を見送りつつ、心を無言で震わせた。
『うぅ……、独りだ。オレはもう、独りなんだ!』
男性はまだ部屋の中にいた。
ドアの隙間から見える姿は、つい肩を叩いてあげたくなるほど、うちひしがれたものだった。
椅子に浅く腰をかけ、片手で自分の髪を掴み、もう片手には小さな紙がある。
どうやらそれは写真のようだ。
肌身離さず持っているのかクシャクシャにシワがついている。
『リンダ、ジョージ。待ってろよ……今、オレもそっちに行くからな』
「えっ……?」
彼の空いた腕がテーブルの方に伸びた。
それから体を戻したときには、その手に拳銃が握られていた。
とても玩具とは思えない精巧な造りのもの。
外の人たちを思えば、きっとこれも本物だろう。
その冷たい鉄の砲身が、彼の口の中へと吸い込まれていく。
『ふぅー、ふぅー。神様、どうかお願いします。オレを、オレを家族たちのもとへ!』
「ダメだ! 死んじゃいけない!」
僕は夢中で走り出した。
彼は自ら命を断とうとしている。
引き金が引かれてしまえば即死なのは間違いない。
今までの恐怖心も本来の役目もスッカリ忘れて、力の限り懸命に駆けた。
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