第7話 突入ミッション
包囲網の最前線は、かなり荒れていた。
第一陣ゾンビの半数は損傷が激しくてリタイア。
順次第二陣に入れ替わっていっている。
それよりも気になるのは家屋の被害だ。
付近の建物の損傷が激しい。
外に出て暴れまわった生存者によって、いくつかの建物は燃やされてしまったのだ。
公民館もそうだし、マンションや民家も犠牲になった。
ーーまだローンが何十年も残ってるのに……。
そんな呟きを耳にする度、心が痛んだ。
そして、静かに怒りを燃やす。
無意味に破壊を繰り返す生存者に対して。
「えー、みなさん。よくお集まりくださいました。えー、みなさんの仕事は単純です。えー、私たちが陽動をしますので、隙をついてSCに侵入してください。そして中から生存者への攻撃をお願いします」
役所の人が疲れきった顔で説明する。
小太りな体型なのに、やつれ気味なゾンビだった。
寝てないのか、それとも心労からなのかはわからない。
この場に集められたSC突入隊は5名。
みんな若くて健康そうなゾンビだ。
僕とジョン九三郎、あとの3人は見かけない顔だった。
「えー、生存者の攻撃は強烈で、極めて激しいものです。突入の合図はこちらから出しますので、みなさんはここで待機しててください」
そう言い終えると、役所の人はSCの方を向いて注視した。
ここは最前線だけども、建物からは100メートル以上離れている。
細部まで様子を窺うには双眼鏡でも欲しいところだけど、さすがにそこまでは許されていない。
ーーごくり。
僕は緊張のあまり喉を鳴らした。
それがいやに耳につく。
辺りはゾンビの呻き声はするけども、ニンゲン側の動きはなくて割と静かだった。
ジョン九三郎も余裕が無いのか、しきりに首を回したりして間(ま)を持たせようとしている。
そんな仕草は伝染して、他のメンバーも似たような動きをし始めた。
「ねぇ、ジョン九四郎(くしろう)。ちょっと聞いて良い?」
「……なんだ? ていうか、どうして一個足した? オレはジョン九三郎だしジョックって呼べよ!」
「ごめんごめん。次から気を付けるよ。聞きたかったのは、僕の大切な物についてだよ。君との賭けになってるやつだけど、それが何かわからなくてさ」
「テメェ。あんだけ良い女を侍(はべ)らせといて、よくもまぁヌケヌケと言いやがるな」
「大切なものって『物』じゃないの? ダメだよ、ゾン身売買でもする気かい?」
「バカ野郎。何もリボンで縛って寄越せなんて言わねぇよ。オレと彼女の邪魔すんなって事だ、むしろ協力してもらいたいくらいだぞ」
「はぁ。そんな事か」
ーーだったら賭けなんかせずに、すぐにでも手助けするよ。
そう言いかけた時、SCの方から悲鳴が上がった。
でもそれは『誰か』の声じゃない。
タイヤだ。
地面を擦る断末魔のようなタイヤの音が、辺りを凄惨な空気に塗り替えたのだ。
「えー、来ました。生存者の八つ当たりです。連中は恐ろしく狂暴ですが、その間守りは薄くなります。えー、みなさんはその隙をついて、どうにか潜り込んでください」
役所の人が一階のイートインの辺りを指差した。
当初はそこに大きな窓ガラスが張ってあったけど、今は無惨にも大破している。
そして、たった今ワンボックスカーが飛び出してきた。
ーーブォオオン!
乗用車とは思えないほどの重量感だ。
窓の大半を鉄板で補強し、バンパーも槍のように鉄パイプが何本も溶接されている。
これはもう装甲車と言った方が適切だろう。
ーードキャンッ!
その巨大な鉄固まりは段差によって少しだけ滞空。
それからカフェのオープンスペースに着地。
サスペンションが壊れそうなほどにグラグラと揺れたけど、じきに治まった。
そして、2ヶ所の車窓から腕が伸びた。
その手には大小の銃が握られている。
ーードパァン!
ーータタタッ タタタタッ!
ーードパァン ドパァンッ!
マシンガンからは細かい破裂音。
ポンプ式のショットガンからは重た炸裂音が聞こえてくる。
そこに狂気を孕んだような声が乗る。
『ヒッハァーー! 死ねぇゾンビども! 内臓バラ撒いてくたばりやがれ!』
『見たかマーク! あのババァにヘッドショットくれてやったぜ!』
『あん? ひとり殺ったくれぇで喜んでんなよ。10連決めろ10連!』
街の人たちが為す術なく撃たれ、轢かれ、貫かれた。
男女も、老いも若きも無差別に。
それにもめげず、多数で押し寄せて車の進路を塞ぐ。
車はバックしようとするけど、背後もゾンビ垣(がき)が作られ、思うように退がれない。
左手は建物、逃げ道は右前方しか残っていない。
誘われるようにして車が建物から離れていく。
侵入するなら今だろう。
「よしチャンスだ、お前ら走れ!」
「待ってよ九三朗(くさろう)! ゾンビが走って良いの?」
「良いんだよ、世の中には走るゾンビもいる! それからせめてジョンは残せ!」
「走るゾンビ? 聞いたことないよ」
「ちったぁ古典を学べ。ともかく行くぞ!」
僕たちは一斉に駆け始めた。
他の生存者を警戒したけど、なぜか妨害もされず、建物内に侵入できた。
それでもバリケードがある。
机と椅子を乱雑に積み上げたものだけど、奥へ行くには少し手間取りそうだ。
あの車の様子が気になって、少しだけ振り返ってみた。
すると……。
『おいデニス! ゾンビが入っていったぞ、戻れ!』
『ヒィヤッハーーァ! 死ね死ねクソども! 人間様の邪魔すんじゃねぇーー!』
『おい聞けって! 戻れよッ!』
……あの様子なら大丈夫。
こっちに来る心配は無さそうだ。
それからバリケードを崩して、本格的な侵入に成功した。
あとは中の人たちを何人かゾンビ化させて終わり。
僕はそう思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます