第6話 善意と悪意
「生存者って強いね。今回は特別なのかな」
「噂より強いんだナァ。早いところ他所へ逃げて欲しいんだナァ」
僕はいま、サークル友達であるチヒロと肩を並べていた。
視線の先にはSCがあるけど、ここは包囲網の外側だ。
普段は子ゾンビたちがはしゃぎ回る公園にて、遊具のひとつをお借りして足腰を休めている最中だ。
生存者たちはあれからも襲撃を無傷で撃退し、バリケードを更に強固にして、自分等の棲みかをどんどん進化させていった。
難攻不落の砦と化したショッピングセンター。
中の人たちが逃げ出すとしたら物資が尽きた頃だけど、今のところそんな様子は無かった。
「チヒロは東側だったよね。第何陣なの?」
「ええとね、3番目なんだナァ。暇すぎて困ってるんだナァ」
「こっちも暇なんだよ。困ったねぇ」
僕たちに限らず、包囲側の面々もすっかりくたびれていた。
戦意はとても低く、突撃するほどの気力が残されていないほどだ。
目につく範囲内でも昼間からワンカップを呷るおじさんや、高架下でイチャつくカップルとか、コンビニのイートインでイチャイチャするカップルの姿がある。
……羨ましい。
じゃなくて、この戦いは厳しいと感じる。
「兵糧攻めに切り替えたんだナァ。でもそれは難しいんダナァ」
「兵糧攻めって、相手に補給をさせない戦法だよね。どうしてダメだと思うの?」
「SC内には数えきれない程の冷凍食品やら、日用品があるんだナァ。今回の生存者誘導が急すぎて、搬出が間に合わなかったんだナァ」
「搬出って、なんの?」
「SCの中の物資。本来なら多くを持ち出してからSC入りしてもらうハズが、手違いがあって丸々渡しちゃったんだナァ」
僕たちゾンビは、生存者が近くに来るとSCを明け渡すことになっている。
廃屋や森の中へバラバラに逃げ込まれるよりは、まとまっててくれた方が都合が良いためだ。
今回も目論み通りSCに逃げ込んでくれたけど、どうやら不備があったらしい。
その結果の長期戦と言うわけだ。
「さすがは市長の娘さんだね。本当に詳しく知ってるもの」
「そういえばパパが言ってたんだナァ。早く婿に来いって。チヒロとの婚約はまだかって」
「ええ? 何だよそれ。市長さんは相変わらず冗談が好きなんだね」
「話振っといて悪いけど……雑談もここまでみたいだナァ」
チヒロが目を鋭くして公園の入り口を見た。
そこには二人の見知った男が立っている。
僕は内心ため息をついてしまう。
「なんだなんだ。こんな所で女と遊んでんのか。良い身分だなオィ!」
「最悪ッス。マジ最悪ッス。ユウキの分際で身の程を知れッス!」
二人とも悪態をつきながらコチラへ近づいてくる。
彼らは同じサークルのメンバーだけど、なぜか全く馬が合わない。
というより、僕が一方的に目の敵にされてるんだけど、理由はよく知らない。
「なんだよ、ジョン九三郎(くさぶろう)じゃないか。やっぱりキミも包囲に……」
「テメェ! その名で呼ぶんじゃねぇよ!」
「頭悪いッス。コイツはマジ頭悪いッス。親分の格好良いアダ名をいっつも忘れてるッス」
そうだった、ついウッカリ。
彼はアダ名で呼ばないと怒るんだよね。
この親分と呼ばれた男はジョン九三郎。
通称『ジョック』だ。
彼は根っからのスポーツマンで、その体は見事に鍛え抜かれている。
細身の僕とは同じ種族とは思えないほどに長身だし、腕だって僕の太ももより太いくらい。
そして同じテニスサークルのメンバーだけど、僕のような『お遊びタイプ』とは違い、彼は生粋のプレイヤーだ。
大会に出れば必ず表彰台に上がり、実業団からのスカウトも頻繁に来ているほどだ。
それだけに留まらず、彼は多くの生存者をゾンビ化させたとして、大学からも高く評価されている。
『今週のゾンビ特集』でテレビ取材を受けた事すらある。
割と狭い範囲に限って言えば、彼は有名人なのだ。
「いい加減覚えろよゴミ野郎が。オレの事はジョックと呼べ!」
「うんうん。次から気を付けるよ。それで、なにか用?」
「こいつ自惚(うぬぼ)れてるッス。マジ自惚れてるッス。親分に気にかけて貰えてるって勘違いを……」
「用ならあるに決まってんだろ」
「聞けこの野郎、真剣に聞けッス。親分が無駄な事するわけねーだろゴミ野郎がッス!」
二人が威嚇気味に僕の側まで歩み寄ってきた。
これは何かされるんじゃないか……。
僕はチヒロを庇いつつ、細い腕を身構えた。
すると、ジョン九三郎は静かに言った。
「早合点すんな。殴りかかったりしねぇよ」
「……乱暴はしない?」
「オレは話をしたいだけだ。この前の一件についてな」
「この前の?」
「外人のガキを見逃したあれだ」
「なっ!?」
たぶん、あの外国人風の少女についてだろう。
周りに人気が無かったから油断してた。
あの場面を誰かに見られてたなんて。
「あれは流石に擁護できねぇだろ。立派なゾンビ包括法(ほうかつほう)違反だ。バレたらどうなるかな、ちょっとした騒ぎになるんじゃねぇか?」
「コイツはバカッス。底抜けのバカッス! 女相手ならもう、積極的に噛みつくもんッス」
「お前の意見、ちょっと違うからな」
「えっ?」
「君らにはモラルってもんが無いのかい?
生存者相手でもワイセツ行為は禁止だよ?」
「引くんだナァ。そっちこそバレたらひと騒ぎなんだナァ」
「バカッ! オレは違うぞ、変な目で見るな!」
物事の倒錯は厄介なものだ、と言っていたのは父さんだ。
どうか二人はその歪んだ性癖を世に知らしめることなく、破裂させることなく、上手く心の奥にしまっててくれればと思う。
「いいか、オレの用件はひとつ! テメェも突入隊に志願しろ!」
「突入隊って、まさかSC突入隊?」
「そうだ。上の連中が今、必死でかき集めてる。志願で足りなきゃ強制に切り替わるがな」
「なんだって僕がそんなことを……」
僕が反論をしかけると、彼の顔がズイと寄せられた。
暑苦しい吐息が頬にかかる。
「何でかって? テメェのやる気のねぇツラ見てると、イラつくからだよ!」
「そんなの言いがかりじゃないか。僕は僕なりに頑張ってるんだよ」
「僕『なり』じゃ足りねえんだよ。必死になって回りにアッといわせてみやがれ!」
「なんなんだよ、それ……」
「親分、アッシもご一緒するッス! 中には色んな美女がいるらしいッス、手当たり次第にネットリと噛みついてやるんス!」
「お前のはだいぶ違うからな?」
「えっ?」
「ねぇ、この人通報した方がよくない?」
「えっ、えっ?」
「お巡りさんと一度お話した方が良いんだナァ」
「へ、へへッ。こんな忙しい時に警察が暇してる訳ないッスよ、残念だったなバカどもッス。アッシの悪運を舐めんなッスよ底辺どもが!」
そこへ、視界の端を自転車が掠めていった。
たまにチリリンと明るいベル音を鳴らしながら。
「あー、私は暇な警察官。外の治安のために警戒させられてるんだけど、ずいぶん暇だなぁ。どっかにこう、尋問したくなるようなゾンビは居ないかなぁ」
「おまわりさーん、こっちこっち!」
「ウヒッ! それシャレにならねぇッス! いや待てよ、このポリスが不真面目タイプならあるいは……」
「はいはーい。善良なゾンビのみなさん。私は不正が大嫌いな警察官ですよー。ちなみに性犯罪者はキッチリ取り締まりまーす」
「なんでこうピンポイントをひいちまうんスか!?」
ジョン九三郎の取り巻きがお巡りさんに気に入られてしまった。
僕たちから少し離れて、不思議なムードのなかで言葉が交わされる。
そして、取り巻きの男が唐突に逃走を図る。
でも強烈なスライディングを受けて転倒。
後、確保。
彼は屈強なる『秩序』によって、遠くへと連れ去られていった。
……なんだろう、微妙な雰囲気だ。
そもそも何をしてたんだっけか。
「ゴホン! いいかユウキ。SC隊に参加しろ、そしてオレと勝負だ!」
「勝負ってもしかして、芸術点を競う……」
「もちろん感染数だ! より多くの生存者をゾンビ化させた方が勝ちだ。もし万が一お前が勝ったなら、例の件は忘れてやる」
「……僕が負けたら?」
「その時は、お前が最も大切にしているものを貰うからな!」
僕の大切なもの?
誰かにホイホイと渡せるもので、決まって大事にしてるものって何かあったかな。
……サボテンとか?
庭で育てててるヘチマとか。
別に賭けても良いけど、体張って欲しがるものかなぁ?
「良いか、約束だぞ。バックレたらあの話をバラすからな!」
そんな言葉を残してジョン九三郎は去っていった。
彼が居なくなると途端に空気が緩む。
「全く、勝手な話だよ……」
「強引だけど、悪くない話だナァ」
「そう思う? 僕は嫌だけど」
「ここで活躍したら大ヒーローなんだナァ。そしたらパパも一層気に入るんだナァ」
「うーん。市長さんに気に入って貰えるのは嬉しいけど、ニンゲンは怖いよ」
「まぁまぁ。死んだと思ってやれば、大抵の事は出来ちゃうんだナァ」
「僕たちは死にようが無いけどね」
それから僕はSCの方を見た。
遠目から見ても、強固な防備が確認できる。
ーー果たしてあの中へ潜り込めるんだろうか。
正直なところ、僕は成功しているイメージが全く描けていなかった。
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