第5話 致命的な弱点
物事には定番というか、ベストな組み合わせってのがあると思う。
映画館でのポップコーンとか。
炎天下のかき氷。
河川敷を走るマラソンランナー。
そして、ショッピングセンターと生存者。
彼らは必ずと言って良いほどSC(ショッピングセンター)を目指す。
それから一定期間は僕たちの猛攻を防ぎ、上下・利害関係を生み出して、仲間割れの後に崩壊する。
まるで様式美のような一連の流れが、寸分違わず日本各地で繰り広げられていた。
「うわぁ。すごいゾンビ混みだなぁ。父さんたちは確か西側に居るはずだけど……」
SCは蟻の這い出る隙間も無いほどに包囲されていた。
東西の出口はもちろん、非常口や窓に至るまで、外側がゾンビによって封鎖されている。
ちなみに彼らは無造作に集まっているように見えるけど、全くそのような事はない。
ちゃんと○○市の一丁目から四丁目はここ、というように細かく割り振られているのだ。
なのでひとまず僕も、所定の場所へと向かってみる。
幸い襲撃戦は始まっていなかったので、周りの人たちはだいぶ大人しい。
今は待機中の時間なんだろう。
だからみんなは持ち場をうろつくばかり。
モニュメントの物陰にはパンをかじる子供や、水分補給してるおじさんの姿さえある。
そんな中、僕は祭り会場の混雑をかき分けて行くようにして、建物の西側を目指した。
「お兄ちゃーん、ここだよー!」
「あのバカ……」
「ウガァー、ミカちゃん。今日は遊びじゃないからちゃんと演技してウガァー」
「そうだった。キシャーーキシャーア!」
ミカは後で中学校の先生に怒られるだろうな。
成績表にも書かれるかもしれない。
『もう少しゾンビらしさを学びましょう』とかさ。
「ユウキ、間に合ったな」
「ごめんね父さん。遅くなっちゃった」
「まだ平気さ。ウチは第一陣じゃないから」
SC(ショッピングセンター)の入り口や窓は強固なバリケードで封鎖されている。
その手前をうろつくだけの僕たち。
許可が降りるまでは攻撃は不可だし、かといって生存者の目もあるから、雑談ひとつ気を遣う。
何もせずに待機ってのも、中々辛いものだ。
「キシャー。暇だなーキシャー」
「向こうに動きがあるまでゥガアア何も出来ないからねウゴォォ」
「キュァアアこっちからは仕掛けないのキュァアア?」
「ウッホウッホ。突入班が決まればやるそうだぞウホウホ」
「父さん、それゴリラ。ゾンビじゃないよギュァァア」
父さんのノリが少しずつズレていた。
その動きも、ちょっとゴリラ寄りになってきてる。
確かにトータルで見れば『怖い人』だけど、そういう恐怖感は必要ない。
「問題ないぞユウキ、これはゾンビになったゴリラ。ゆえにゾンビの範疇(はんちゅう)だ、ウホ」
「そんなのも良いんだ。じゃあ僕は柴犬にしようワフッ」
「お兄ちゃんズルい! じゃあアタシはミーアキャットやるぅ!」
「あなたたち、勝手なこと言わないで。ちゃんとしなさいウガァー!」
珍しく母さんが怒った。
無理もない。
流石におふざけが過ぎたと思う。
「やるなら大型獣にしなさい。母さんはベンガルトラにするわ」
「じゃあアタシはアトラスライオンやる!」
「それ絶滅してなかったっけ? 僕はアンゴラキリンにしようっと」
「ワッハッハ。じゃあ父さんはガラパゴスゾウガメやっちゃおうかなー?」
悪ふざけは止まらなかった。
埼玉の地方都市がニワカに国際色豊かになる。
海ナシ県なのに諸島要素まであるし。
でも母さんとミカの狂乱したような遠吠えが、なかなか良い雰囲気出してる。
僕は首を乱雑に振り回しながらウロウロ、父さんは四つん這いになってノッソリ動く。
心の持ち様は全然違うのに、そこそこ良い演技が出来た気がする。
「グァー、クァァアー!」
「ぐぉーんぐぉおーん!」
「あれ、キリンってどう鳴いたっけ」
「あれ、ゾウガメってそもそも鳴くんだっけ」
僕たち一家が本来の目的を忘れかけていた、その時。
SC三階の窓が割れた。
僕らの頭上ではなく南西のエリアにだ。
ヒステリックな音と共に、大小のガラス片が降ってくる。
遅れてガラス瓶が降ってきた。
いや、投げ落とされているんだ。
三階の割れた窓の側に、投げ込んでいる人の姿が見える。
「あれは何をやってるんだろう?」
「ユウキ、ダメだ。離れなさい」
「えっ?」
制止の声に体を止めていると、それは起きた。
今度は燃えた紙の束が落ちて、ガラス片付近に落ちた。
そして、さっきの投てき物に引火。
辺りは一瞬で火の海になった。
「ギィャァアアー!」
「ぐぇええ!」
阿鼻叫喚の地獄と化してしまった。
不死身である僕たちだけど、唯一弱点がある。
それが火だ。
こればかりは個体差すらなくて、どんなに強い人だってイチコロだ。
僕たちゾンビは火にかけられてしまうと、最長三ヶ月は入院しなくてはならない。
その恐怖心からつい後ずさりしてしまう。
「入院したら大変だ、留年しちゃうよ」
「父さんもダメだ。長期入院なんか出来ない。復帰後に閑職へ追いやられるか、左遷させられてしまう!」
「ねぇ。ここはひとまず逃げましょ。西側のみんなは避難し始めてるわ」
「早く早く! 焼け焦げちゃうよ!」
それから僕たちは逃げた。
一斉に逃走をしだしたゾンビたちと共に。
包囲網を崩すわけにはいかなかったので、遠巻きでSCを囲む形となっている。
父さんが言っていた通り、今回の生存者たちはとても強い。
あれから一ヶ月もの間、何度か攻め寄せる僕たちの事を、見事に撃退し続けているのだから。
もちろんその間は、仕事も学校もすべて休み。
このままでは地域経済が殺されてしまうだろう。
よって、これよりSC内に潜り込む『SC隊』が、若年層を中心として編成されることになる。
それは役所による、とてもノンビリとした決定だった。
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