第3話  心とは裏腹に

はぁ……。


さっきの失態は、お世辞にも頑張ったとは言えない。

迫る車に怯えて避けるなんて。

そんなゾンビが他に居るんだろうか。

我ながら情けないと思うし、自然と足取りも重くなる。

ついさっき演じた時よりも、今の方がよっぽど死者っぽく見えるかもしれない。



「ユウキくん。あまり気にするなよ。誰にでも『初めて』はあるんだ」


「そうでしょうけど……もう少しやりようはあったと思います」


「まぁまぁ。次に活かせば良いんだ。チャンスは必ず巡ってくるよ」



おじさんもそれきり口をつぐんだ。

それからはお互い無言になって、家に向かって大通り沿いを歩き続けた。

車道は多くの車が通っていく。

大狂乱の雰囲気を出すために、路上や路肩に停めていた車を持ち主が自宅に送っているからだ。


ちなみに歩道の方はというと、近所のおばさんたちが掃き掃除をしている。

こっちも雰囲気作りにバラまいた新聞紙やらビラなんかを回収するためだ。

それらは生存者がやってくるたび、何度も再利用される。

今回は初使用だから質感の新しさが目についてしまうけど、使い続けていくうちにそれっぽくなるんだとか。



「はぁ……。鳥にでも生まれてたらなぁ」



僕は何となく空を見上げた。

多少雲は出てるけど、とても美しい青空が目に映る。

左右の建物は窓ガラスが割れ、カーテンやら家具が散乱していて、とても見るに耐えない。

特に今みたいな心境の時は尚更だった。



「じゃあこの辺で失礼するよ。大学には行くのかい?」


「いえ、今日は土曜日なので」


「そうだった。ならゆっくりと休めるな。お疲れさん」


「はい、お疲れさまです……」



路地裏の小道でおじさんと別れた。

ここからは一人で帰ることになる。

と言っても、二軒分ほど歩いて行けば僕の家だ。

例のゴミが散乱してて歩きにくいけど、ものの一分もかからない。



「ただいまぁ」


「お帰りなさいユウくん、大丈夫だった?」


「あ、うん。どうにか上手く演技できた……かな?」


「そうじゃなくて。体の方。肋骨(ろっこつ)とか無くしてない?」


「あぁ。それなら心配ないよ」


「なら良かった」


「ねぇパパ。ロッコツを一本無くしたらゴコツになるって本当?」


「あぁ本当さ。親戚の姉さんなんかすごいぞ? この前ミコツになったって連絡があった」


「それって平気なの? 3つってことは、1本と2本?」


「いやいや、右側完備の左全滅さ」


「それじゃあ片側一車線だ!」



僕以外は既に帰宅していたようだ。

朝の延長戦のような、楽しげな会話が聞こえてくる。

そして、母さんのいつもと変わらない気遣いの言葉。


それらが嬉しくて、そして寂しくて、少しだけ居心地が悪くなる。

心の荒れ模様をごまかすように、椅子に座る前にリモコンへと手を伸ばした。



「あれ。点かないな」


「テレビなら見られないわよ。この辺りは今も警戒域に指定されてるから」



生存者の近くにいるゾンビたちは、その位置によって様々な制限が設けられていた。

全ての生業(なりわい)をやめて生存者を追いかける『厳戒域』。

ある程度は普段通り過ごせるけど、電気やガスなんかが使えなくなる『警戒域』。

遠出や出勤などが制限される『注意域』などがある。

それらの狙いはもちろん、生存者たちに僕らの生態を明かさないためだ。



「まだ警戒域なんだね。生存者は今どの辺に居るのかな」


「そうねぇ。新しい発表はあるかしら?」



母さんが窓から役所の方を覗く。

自治体が掲げる旗を確認する為の動きだ。



「20キロ離れてるわね。北の方に居るみたいよ」


「そんなに遠くにいるのに厳戒域なの? せいぜい半径5キロくらいだと思ってたよ」


「お兄ちゃん。それは徒歩の場合だって。今回は車に乗ってるから、だいぶ広めに取ってるんだよ」



ソファに寄りかかるミカが得意顔で言った。

足を交差させ、カバーから飛び出したスプリングを肘掛け代わりにしている。

まるで名探偵が助手にトリックの解き方を講釈するように、自信たっぷりの尊大な姿だった。



「なんだよミカ。嬉しそうじゃないか」


「ふふーん。だって部活も学校も休みになるもん。嬉しいに決まってるじゃない!」


「そうなると、春休みが減るんじゃないか?」


「えぇ?」


「土日登校になるかもねぇ」


「えぇっ!? どうしてよ!」


「だって、授業日数は決まってるから」


「そんなぁ……ほんと最悪だよ! 生存者なんかどっか行っちゃえばいいのに!」



ミカが金切り声をあげる。

たぶんそれは生存者の方が強く願ってるよ。



「父さんも困るんだよなぁ。いまは大事な商談抱えてるのに、仕事が何も出来ないんだから」


「ご飯も心配ね。あんまり停電が長引くと、食材が痛んじゃうわ」


「母さん。僕たちは食べなくても生きていけるじゃないか」


「そういう問題じゃありません。食は体だけじゃなく、心にも必要なんだから」



家族が口々に不満を漏らす。

僕たちと生存者というのは、やはり相容れない存在なんだろうか。

互いに争って、恐れて、憎み合う。

この関係性で得をしてる人なんかいない。

非効率なんてもんじゃないと思う。


ーーどうにか棲み分けができないかなぁ。


無理だと分かっているけど、そんな言葉を胸の中で呟いた。

笑われるのが嫌だから、口には出さずに心の中だけで。


ーー数日後。

僕のささやかな願いは、現実を前には全くの無力だと知ることになる。

ショッピングセンター突入隊、通称『SC隊』というものがあるけど、僕も隊員の一人に組み込まれてしまうのだった。



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