第2話 初めての襲撃

僕たち一家の配置先はバラバラだ。

父さんは病院、母さんは近所の公園、ミカはゲームセンターの入り口に回された。

僕の担当は駅前のロータリー。

今回の生存者は車で移動してるみたいだから、僕の所を通過していきそうだ。

あぁ、胃が痛くなるなぁ。



「やぁユウキくん。浮かない顔だね」


「おじさん! そうだ、おじさんもここのエリアだったね」



知り合いに出会えて気持ちが軽くなる。

彼は隣に住む、昔からの知り合いだ。

さらに心強いことに、おじさんは今回のような生存者襲撃に慣れていた。

勤め先が新宿なので、ちょっと前まで頻繁に遭遇していたそうなのだ。



「緊張しているな。初めてかい?」


「そうなんだよ。どうにも怖くってさぁ」


「最初は誰だってそうさ。いずれ上手く振る舞えるようになるさ」


「だと良いけどね」


「今日のお客さんは車で来るそうだ。こういう時どうすれば良いか分かるかい?」



おじさんの問いに、僕は答えに詰まってしまう。

人間だった頃もホラーとか苦手だったから、ゾンビらしい動きや考えが分からないのだ。



「ええと、障害物を用意する……とか?」


「ダメダメ。今の君は知性が無いという設定なんだ。そんな行動は許されないよ。あそこの倒木を利用する、くらいはセーフかな」


「そうだなぁ。うーん、どうしよう」


「答えはね、車に飛びつくんだ。自分の体をいとわずにね」


「ええ!? そんなの危ないじゃないか!」


「平気さ。我々はもう死んでるんだから。たとえ手足がバラバラになっても、じきに生えてくるよ」


「でも、痛いでしょ?」


「そこは目を瞑らないと。痛覚だけはどうしようも無いさ」


「だよねぇ……」



怖いのもそうだけど、痛いのもめっぽう弱い。

つくづくゾンビに向いてないと思うよ。



「だったら、フロントガラスに張り付くってのはどうだ? それなら振り落とされるだけだし、怪我も少ないんじゃないかな」


「猛スピードの車に? それもなぁ……」


「悩んでる時間は無いみたいだぞ。アッチを見てごらん」



おじさんがアゴで指した先は、何やら騒がしかった。


ーーブォォオオン!

ーータタタタタッ!


車の駆動音に、破裂音。

たぶん銃声だと思う。

すごい速さでコッチに近づいてきている。



「あわわわ。もう来ちゃったよ!」


「ユウキくん。ともかく恐れないこと。君は今、ニンゲンの肉にしか興味のない化け物なんだ。いいね?」


「う……うん」



おじさんが足を引きずるようにして、騒ぎのする方へと向かった。

僕も遅れて、その動きを真似ながら後を追う。



ーーファック! どこもかしこもゾンビでウヨウヨしてやがる!

ーーおい、その辺にしておけよ。弾が無くなるだろうが。

ーー言ってる場合か! 出し惜しみして食われてみろ、オレが感染したら真っ先にお前を食い殺してやるぞ!



車は急ブレーキと共に立ち往生した。

道を塞いでいる倒木に手間取っているみたいだ。

乱暴なバックと切り返しで乗り切ろうと頑張っている。

その最中に会話が聞こえちゃったけど、強い口調で罵りあってる。

どっちかが自分だったとしたら、きっと涙目になって黙っちゃうと思う。



「ユウキくん。今がチャンスだ。フロントガラスを狙うんだ」


「でも、相手は銃を持ってるよ。危ないって」


「それが無理なら車体の上だ。どうにかして登って外から叩いてやればいい」



ーーギャギャギャギャッ!



ようやく進路を捉えた車が絶叫をあげつつ、再び走り出した。

街の人たちが次々と跳ね飛ばされていく。

それはおじさんも同じだった。



「グァァアア!」


「おじさん……!」



トップスピードで走る鉄の塊は、大柄なおじさんを難なく吹っ飛ばした。

次の瞬間には僕の目前に差し掛かる。

僕の目標はフロントガラス。

ボンネットに飛び乗って、フロントガラス……。



「ダメだ! 怖いっ!」


「どきやがれ死人ども! 人間様の邪魔すんじゃねえ!」


「ひぃぃいい!」



僕は足が折れたフリをして後ろに倒れた。

それで間一髪避けることに成功する。

彼らは僕なんかに興味が無いらしく、猛スピードで去っていった。

するとどうだろう、辺りにはビックリするくらいの静けさが戻ってきた。



「……そうだ。おじさんは平気かな。おじさーん!」


「いたたた。ユウキくん。私はここだよ」



おじさんは10メートル先の街路樹にもたれ掛かっていた。

受けてしまったダメージは小さくない。



「大丈夫? 痛そうだね」


「まぁ、こればっかりはね。それよりも、足を持ってきてくれないか。アソコに落ちてるから」



道路の真ん中には、確かにおじさんの左足が落ちていた。

衣服の千切れた後が何とも生々しい。

そして、片足だけとは言え、重い。

僕は自分の貧弱っぷりを少しだけ恥じながら、引きずるようにして運んでいった。



「持ってきたよ。どうしたらいい?」


「向きを正しい方にして、ゆっくりとはめ込んでくれ。あとは自分でやるよ」


「こう……かな」



まるでオモチャの人形でも扱うかのように、その足が組み込まれた。

しばらく姿勢を保っていると、患部が繋がったのか、再びおじさんは立ち上がった。



「ふぅ。これで大丈夫だ」


「……おじさん。さっきのヤツだけどさ」


「ああ。気にしなくて良いんじゃないか。最初から車と相対するなんて、ちょっと難しすぎたな」


「そういうものなの?」


「まぁな。君は運が悪かったよ。初心者には歩行者、できれば一人きりの女子供が調度良いのさ」


「歩行者はさすがにもう居ないんじゃないかな。生存者は警戒してるし」


「ともかく、気にしないことだ。あまり落ち込んでも意味はないぞ?」


「うん、わかってるけどさ。もう少しちゃんとしたいなって。大学でみんなにバカにされちゃうし」


「さっきも言ったけど、慣れだよ。心配せずとも、いずれは活躍できるようになるさ」



おじさんが僕の肩を叩きつつ励ましてくれた。

頑張ったのも、痛い目を見たのも、アドバイスをくれたのも、全部おじさんだ。

僕は何一つ達成できていない。

どうにかしてゾンビらしくありたいと思うけど、道のりはかなり険しいものになりそうだった。



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