ウタカタノコエ

ぽん

ウタカタノコエ

 ここは、病院。目の前には白い天井が広がっている。


 ぱたぱたぱた と足音がだんだん近づいてくる。シャーッと音を立て、カーテンが開かれる。

「どうですか?具合は。」

 若い、可愛らしい女性の看護師があたしに話しかける。突然来たから、あたしは「え、あ、はい、大丈夫です……けど。」とおどおど答えるしかなかった。

 看護師はニコリと笑顔をつくり、「そうですか。それならよかったです。退院まで、あと1週間はかかります。早く動きたいからって、無茶はしないでね。」と言い残し、その場を去っていった。


 開けっ放しにされたカーテンのせいで、隣の男の人と目が合った。

 首に包帯を巻いていて、メガネをかけている。年は……あたしと離れてない、と思われる。

 一応、目が合っておいて無視するのもいけないから、会釈はしておいた。相手も別段笑うことなく返してきた。


 とりあえず、カーテンを閉めよう。


 その時、コツンッと何かがあたしに当たった。

 私の横に丸まった紙がある。男の人と、


 また目が合った。


 男の人はベッドのすぐ側にある机からノートと紙を出し、なにか書き始めた。あたしがその姿をまじまじと見ていると、男の人はそのノートを私の方へ向けた。


『こんにちは。今日はいい天気だね。』


 なんの変哲もないセリフに、すこし笑みがこぼれる。確かにいい天気だ。すかさず彼はまたノートに向きかえり、サラサラと文字を連ねていく。


『よければ、一緒に話さない?』


 筆圧の弱い薄れた文字が並んでいる。ありがたい事にあたしの目は両目視力検査Aである。あたしは改めて男の人の方を向き、「いいよ。」と声を発した。



 ────────────────────


 彼と話した。いや、正確には、彼は声を発さず、ノートに文字を連ねている会話だけれど。


 彼はいい人だ。何故か、驚くぐらいに話しが合う。歌手、趣味 食事の好み。おかげであたしのへんな緊張もほぐれた。1週間、退屈に過ごさずに済みそうだ。

 そんな時間を過ごしていると、時間が過ぎ去り、とっくに夕食の時間となった。そこからは特に何事もなく。お互いがお互いの行動をし、そのまま眠りについた。なぜだか、久しぶりにこんなにぐっすり眠れた気がする。


 翌日、とりあえず、歩けるようになった。松葉杖は必要だけれど。彼は、私のその成長を褒めてくれた。


『入院してすぐなのに、歩けるようになったんだ!すごいね。』


 あたしは得意げに彼の周りを歩いてみせる。相変わらず、彼は薄い笑みしか浮かべないが、あたしには、楽しんでくれているように見えた。その時、ふとあるアイディアが浮かんだ。あたしは彼の近くの椅子に座って、彼の腕をひいて「ねぇ!外、行こうよ!」と、彼を強引に外に連れていくことにした。


 幸いにも、彼は足は健康的らしい。だから、普通に歩けるのに、彼は、あたしの歩く速さに合わせてくれた。ただ、あたしと彼とに会話はない。なくていいのだ。

 あたしは松葉杖を。彼はノートとペンを。お互いがなくてはならないものを携えて、あたし達は病院をでてすぐ近くにある公園のベンチに座った。


 ざわざわ と木々が風で揺れる。あたしの髪も、風にふかれ、荒れる。相変わらず彼は変わらぬ顔でノートに文字を連ねている。書き終わったのか、こちらにノートを向けてきた。


『どうしていきなり外に連れてきたんだ?』


 あたしはニカッと笑いながら、「最初話した時、『いい天気だね』って言ってきたから。外に行きたいのかと思って。」とかえす。

 彼は慣れた手つきで文字を連ねる。


『別に、そういう意味で言ったわけじゃなかったんだけど。』


 少し不服そうではあった。でも、付いてきたということは、これが答えだろう。

「もういいじゃん〜!」と言いながら、腕をばたつかせる。彼も、呆れたように、ノートを膝に置いた。


 数分後。


「ねぇ、喉、病気なの?」


 言葉が漏れた。別に、聞かなくてもわかる事なのに。興味本位だったのか?何も会話がないこの状況を打破するため?だから?だから彼を外に誘ったの?自分が、自分が分からなかった。けれど、聞いた。

 彼は特別驚くこともなく、ノートを広げペンをとり、つらつらと文字を並べる。そして、いつものようにノートを向ける。


『人魚姫って、知ってる?』


 あたしはきょとん として、知っていると答えた。

 すると彼はまた文字を並べる。


『人魚姫ってさ、好きになった王子と一緒にすごしたいから、自分の声を犠牲にして人間の足を手に入れたんだ。』


 あたしは頷く。そうだ。人魚姫は自身が助けた王子に一目惚れして、人間になるために……


『魔女に頼んでね。その時、人間姫は言われるんだ。』


『王子が、他の人と結ばれたら、泡になって消えてしまうよ。ってね。』


 そう。そんな話だ。

 彼はまだ続ける。あたしも黙って文字を読むことにする。


『僕は魔女と契約をしたんだ。僕が魔女に頼んで、僕の声と引き換えにね。その時、僕は言われたんだ。』


『お前が声を出したその時、お前は泡になって消えてしまうよ。ってね。』


 ……え?意味がわからない。つまり、病気……なの??

 彼は驚くこともなく、文字を連ねる。


『病気だと思うならそう思えばいい。信じてくれるなら、それでいい。ともかく、これが理由。』


「あっ…!ごめん、声、でてた…」

 つい、漏れてしまったらしい。


 彼は立ち上がり、病院の方へさっさと帰っていった。


 え。つまり、彼は病気ではない……のかな?それとも、病気だと言うのが嫌で、あんな突拍子もない事を言っているの?それとも……本当なのだろうか。彼に真実を聞いたはずが、謎は深まるばかりだった。


 ────────────────────


 翌日から、彼と部屋が変わってしまった。彼が別部屋に移されたのだ。殺風景となったあたしのとなり。彼のところに行ってもいいが、それはやめた。気分が乗らなかったのだ。


 4日5日6日…と日がすぎた。対しても面白くもないテレビをみたり。買うものもないのに売店へ行ったり。遊ぶ訳でもないのに小さなスペースで遊ぶ子供をみたり。とにかく、日がすぎてしまった。


 6日目。

 ぱたぱたぱた と聞きなれた音が聞こえてくる。シャーッとカーテンが開けられて、

「どうですか?具合は。」

 あたしも慣れたものだ。相変わらずです。と返事をしておく。若い、可愛らしい看護師はニコリと笑顔を作り、「ついに明日ですね。退院。もうこんなことにならないよう、気をつけてくださいね。」そう言い残し、その場を去っていった。

 開かれたカーテンの向こう。前はいたが、今はいない。どうせ、今日で最後なんだ。

 あたしは立ち上がり、彼の病室へと、向かうことにした。


 ────────────────────

 彼の病室を聞き、その場所に行ったが、彼はいなかった。なぜか、胸が苦しくなった。

 なんで……!!どうしてもっと早くに会いに行かなかったんだろう……!お別れぐらい、言いたかった。もう、会えないかもしれないのに……!!


 あたしはまだ、病院にいるかもしれないという微かな希望を信じて探し回った。売店、小さな遊び場、公園……そして最後に、


「いた……」

 息も切れ切れになりながら、呟く。白い床が光に照らされて少し眩しい。屋上だ。彼はベンチに座っていた。服は私服。きっと彼も、退院日だったのだ。あたしは早足に彼の隣に座る。彼は別段、驚いた顔をすることもなく、こちらを見ることなくノートを開き、ペンを走らせた。


『僕のこと、探してたの?』


 あたりまえでしょ。


『どうして?』


 なんだか、急に、会いたくなったから。


『そっか。僕のこと、気になってくれてたんだ。』


 まぁ、最後に挨拶ぐらいは……


『違うでしょ。僕に、もっと、言いたいことあるんでしょ。』


 そんなの、ないけど?


『いいよ。僕から言ってあげる。』


『僕、キミが好きなんだ。』


「えっ…」


 その反応に彼は初めて嬉しそうに笑った。


『キミは?』


 あたしは……あたし、好きなんて気持ち、わからないし……でも、胸がきゅっと苦しくなる……これは、恋……なのかな?


 彼と部屋がわかれた日。悲しかった。彼がいなくなったんじゃないかと思った時。苦しかった。これが……


 あたしは胸に手を当てて、彼の方を向いて

「あたし…キミのことが、すき。」

 消え入るような、だけど気持ちのこもった声だった。


 その時私はみた。


 彼の顔がぐにゃりと歪み、


「やっと、両想いだね」


 彼は、泡となって、消えた。


 ────────────────────


 警察がやってきた。あたしが殺人を犯した犯人だと、決めつけられた。しかし、あたしもよくわからない。なにが起こったのか。


 屋上の真下の場所に、あるのだろう。人々の声、警察の声が聞こえる。


 彼は泡になった。


 彼は声を発した。


 彼の声をあたしは…!!!!


 ────────────────────


【一週間前】

「今日、僕ら一緒に帰ろうって約束してたよね?」

 また、あのへんな男の人……あたしは、いわゆるストーカー被害者だ。相手に構わず、家へ向かう。

 信号を渡っている時、突然腕を掴まれ、

「ねぇ、なんで無視するの?僕、こんなにキミのことをおもってるのに……!」


 そこからは何も覚えていない。


 目の前には、首を抑えて苦しむ男の人。


 カッターを手に持つ自分。


 そして、


 キキーッ

 バンッ


 誰かが跳ねられた音だけであった。


 ────────────────────

 そうだ……彼は……!!


 全てが頭に戻ってきた瞬間、あたしは意識を失い、倒れた。


 ────────────────────


 ピッ_ピッ_ピッ_


 無機質な機械音がこだまする。


「どうも、警察です。」

 私は部屋で女性のそばにいる母親らしき人に声をかけた。だが、意識は朦朧としているらしい。返事はなかった。彼女がいわゆる、植物状態となってはや1年。医師の診断曰く、ショックで脳の処理が追いつかなかったかららしい。なにもわからないまま、事件は流されつつある。

 なぜなら、まるで魔法でもあるかのように、すべてなにも残っていないからだ。

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