第2話 第一警戒区域、禍災出現

 持ち場に着くと、カキはじっとしていた。別にサボっている訳ではない。彼女たちの任務は基本的に待機なのだ。有事の際にのみ、体を張って闘う……。それが彼女らの仕事だった。

 体が資本の仕事だが、カキが能力を使えるのは一度だけ……。能力を使えば死に至る。それ故、リンやカセンのような何度も特殊能力を行使することができる人間のように訓練を重ねることができない。


「ああ、暇ねえ! 腕立て伏せでもやっとこうかしら」


 カキはそう言うと腕立て伏せをやり始めた。彼女に出来ることはいつやってくるか分からない有事に備え、自身の体を鍛えることくらいだった。だが、仕事中、ずっとトレーニングするなど到底できるわけがない。疲労が溜まってしまったカキは、また、じっとして待機するのであった。


「はぁ、つまらない……」とカキが独り言をつぶやいたときだった。けたたましいサイレンとともに実働部隊に一斉に指令が下る。


『第一警戒区域にて禍災出現、繰り返す禍災出現、実働部隊はただちに出動せよ!』


 ベルちゃんの声だ……とカキは思いながら、同時に心臓が高鳴っているのを感じた。ついにこのときが来た。彼女たちはこのときのためだけに存在する。

「禍災」……、別名「赤い悪魔」……この怪物たちを倒すためだけの組織、それが「FFE」なのだ。


「第一警戒区域、遠いわね……」


 カキは第四警戒区域を担当している。距離はかなりある……。

 カキが到着したときには、もうリンとカセンが禍災に攻撃を放射していた。既に勝負あり……。禍災は徐々に小さくなり、消滅した。


「アツ! アツ!」


 カキは一人の隊員が倒れていることに気が付いた。他の隊員が泣きながら倒れた隊員の名前を呼んでいた。そして、即座に何が起こったのか理解した。倒れた隊員の近くにカキが身に着けているのと同じ黄色の髪飾りがあったから……。

 この「アツ」という人はカキと同じ能力を持っていた隊員だったのだ。そして使ったのだ。一度しか使えない特殊能力を……使えば死んでしまうあの力を……。リンやカセン、共に戦っていた隊員たちが「アツ」の周りに集まってくる。


「ふん、弱いくせにしゃしゃり出るから死んじゃうのよ……」


 カセンの言葉にカキは耳を疑った。命を張って闘った勇敢な仲間……、彼女を馬鹿にするような言葉を放つカセンに対して、カキは我を忘れ、感情に任せて飛びかかる……。こいつ、殺してやる、とカキはカセンの胸倉をつかみ殴りかかろうとする。


「やめろ! カキ!」


 リンがカキの腕を掴む。


「離してください! リンさん! こんな奴は私がぶっとばして……」

「よく見ろ!」


 リンが叫ぶ。リンの言葉に反応し、カキは落ち着きを取り戻し、そして気付いた。カセンの両目から涙が溢れているのを……。


「あんたたち、エクスティンギッシャ―はいつもそう。弱いくせに、一度能力を使えば死んでしまうくせに、勇敢で、熱くて、自分の身を省みずに闘う……。あんた、配属初日に言ってたわね。任務のために命を捨てる覚悟がありますって。ふざけるんじゃないわよ。残された者がどんなにさみしくて、つらくて、かなしい思いをするのか、わかってるの!? だから、ムカつくのよ! 弱いなら弱い者らしく、私達におんぶにだっこされてなさいよ!」


 そう言い残すと、カセンは走り去っていった。


「カキ、許してやってくれ。カセンも根っこが腐っているわけじゃないんだ……」


 リンがカキに語りかける。


「カキ、お前の前任のエクスティンギッシャ―とカセンは親しい間柄だった。カセンはその前任の……ショウをとても慕っていた。ことあるごとに『ショウ先輩、ショウ先輩』と、まるで親鳥について行くひな鳥のようだった」


 カキは自分の前任者のことなど知らなかった。まして、その前任者とカセンに強い絆があったことなど……。リンは語りを続ける。


「しかし、その日は訪れてしまった。私達の闘いは……禍災との戦いはいつも突然だ……。カセンにとっては初陣だった。緊張していたんだろうな。恐怖もあっただろう……。カセンは禍災を攻撃することができなかったそうだ。カセンは禍災に殺される寸前だった。それを助けようと、ショウは禍災を攻撃しようとした……自身の特殊能力を使って……」

「じゃあ、そのショウさんが自分の命と引き換えにカセンを助けたんですね……。禍災を倒して……」


 リンは眉間にしわを寄せて目をつぶり、俯きながら首を振った。


「ショウの特殊能力が発動することはなかった……。彼女は自壊したんだ。自身の能力に体が耐えられずに……」


 カキも知識としては知っていた。エクスティンギッシャ―の中には、本当に極一部だが……、自身の能力に体が耐えられない者がいることを……。ショウという人は不幸にもその極一部だったのだ……。


「結局、カセンを助けたのは遅れて駆けつけた私だった。その後、しばらくの間、カセンは心ここにあらずの状態だった。死んだ目というのはあれを言うのだろう。無理もない、自分が攻撃できなかったことで、ショウが死んでしまったと思っていただろうからな……。あいつがエクスティンギッシャ―たちに強くあたるようになったのはそれからだ……。理由はわからない。ショウを助けられなかったという怒りからくるやつあたりか、エクスティンギッシャ―の性質、性格がなければショウが死ぬことはなかったと思ったのか……。きっとあいつの頭の中はあの日からぐちゃぐちゃのままなんだ……」


 カキはリンの話を聞いて、拳を握り締めた……。カキもカセンの気持ちはなんとなくわかる……。カキだって、もしベルが死んだら言葉にならない辛さを感じるだろう。もしかしたら、カセンはカキが思っているよりは良い子なのかもしれない。それでも、いやだからこそカキは強く言葉を吐く。


「間違ってる」


 カキははっきりと言葉にした。カセンの考えは間違っている、と確信を持って言えた。

 カセンはリンに一礼すると、踵を返して歩き始めた。


「カキ、どこに行くつもりだ?」

 リンの問いかけにカキは「持ち場に戻ります」と答えた。

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