第4話 告白
俺はしばらく考え込んだ。見ず知らずのオッサンに自分のことを話すなんて出来るわけがない。だがその一方で、知らない他人だから自分のことを話せるような気もしていた。
俺は結論としてどうせこのまま死ぬんだから、まぁこのオッサンに話してやってもいいかと思った。
「僕は学校にも行っていないんですよ。途中でやめてしまって」
俺はゆっくりと話し出した。
「ずっと家に引きこもり気味で、何もする気が起きなくなっちゃったんです」
「ほう。なんでや」
「なんかね、そうなったきっかけは簡単じゃないのです。いじめが原因説、起立性調節障害説、教師との摩擦説とかね。でもね確かにどれも当てはまるんですけど、どれもどこかズレているような気がするんです」
俺は伏し目で話し出した。こんな話、胸を張って堂々と話せるわけがない。
「学校かいな。しょうもない。まぁ、学生さんは学校が全てっちゅう狭い世界で生きてるからな」
「はい。確かに一部のクラスメートからは煙たがられていました。通りすがりに聞こえる声でキモいだの鬱陶しいだの言われたこともあったし、体操着や筆記用具が無くてゴミ箱から出て来たこともありましたよ。それでも特に気にしていませんでした。捨てる神あれば拾う神ありで、俺と話をしてくれる友達も少ないながらいたし、だから学校生活で特段の孤独を感じたこともなかったんですけどね」
「先生はどないしてん」
「確かにそれを担任の教師に訴えたこともしたんですが、僕にとってそれは儀式的なもので教師に期待していたわけでもなかったんです。だからあの数学教師が大げさに僕の話を聞いていた日も大していつもの日常と感覚は変わらなかったんですよね。特に何も変わらなかったし」
「やっぱり、学校ってあかんな」
「そう、なんですかね?」
「まぁ、今の学校システムは大人の保身と醜い言い訳のためにあるみたいなもんやしな」
「はぁ、それでもいじめられる方が悪いって意見もあるし」
「んなわけあるかいな。大体な人間なんて様子見て勝てると思えば調子に乗りよる。負けたら拗ねて終わるんや。兄ちゃんは調子に乗せてしもうたんやね」
「まぁ、で、起きれなくなったんです」
「ほう」
「確かに朝は苦手でしたよ。中学生になる前から朝は苦手でした。小学校高学年ごろになると休日は昼前まで寝てて、ゴソゴソと起き出す事が慣例でした。それでも何も問題なかったんです。でも、いじめの一件があったから急に親も学校も神経質になって」
「んで、面倒臭くなったと」
「はい。もう何か過敏に反応されるのも気持ち悪いし、そっとしておいて欲しかったんです」
「なるほどね。学校っちゅうところはやっぱりカスやな。あんなカス行かんでよかったんちゃうか?大体やな、生きていくんには覚えたらあかんもんも、忘れなあかんもんもあるのにやで、アイツらは覚えることばっかり教えくさって、肝心の忘れることを教えよらん。楽しいことなんか忘れっぽかったら何回も楽しめるのにのぉ。覚えろぉ、覚えろぉ。言いよるやろ?やっぱりカスやな」
オッサンは切り捨てた。
「まぁ、ね」
俺は思ったことをすぐ口にするこのオッサンに苦笑いを返すことしか出来なかった。
「まぁ、そんなこんなで五年間もダラダラと過ごしてきました」
「んで、今はどやねん」
「今もダメです。何だかネガティブなイメージが出てきてしまって。うまく対処できないんです」
「なんや人は忘れないんやなぁ。記憶になければ無かったとおんなじやねんけどなぁ。嫌なことほど覚えとる。アホやなぁ」
オッサンは遠い目で水面を見ている。
「そうなんですよ。バカなんです。いつまでも嫌なことに縛られてしまうんです」
そう。俺はわかっていた。この気持ちが続く限りは何も前に進まないし、好転もしないことは。
「でもな、いつまでも嫌なこと思い出してウジウジしとってもしゃあないやん。そんなん、少なからず思い出してる時間は嫌な気分になるんやろ?後悔なんかすんな。反省もすんな。そんなんやって一瞬でも嫌な気分で過ごす時間ももったいないわ。楽しく生きていきたいんちゃうんか?アホらしい」
「でもなかなか忘れられないんですよ。それで、もがいてももがいても抜け出せない。僕だってこの生活がまともだなんて思っていません。でもどうすることもできない」
いつの間にか、俺はオッサンの方へ体ごと向けていた。
「んで、いつか死のうと思ってたんか?」
オッサンの目が急に優しくなったような気がした。
「まぁ、そんなところです」
そんな視線に俺はますます目を伏せた。
「そうか。自殺するんやったら餓死がオススメや。なんもかんも投げうって、徒手空拳となって十日間ほど命と戦ってみろ。死ぬんがアホらしくなるから」
「はぁ?餓死ですか」
「せや。餓死や。なんで人は忘れないんやろうな。さっきも言うたけえど記憶になければ無かったとおんなじやん。でもな、嫌なことほど覚えとる。ほんまにアホやで。でもな、腹減ったは別や。腹減ったは本能や。食わな死ぬっちゅう極々当たり前の本能や。そこにはアホもかしこもあらへん。」
あまりの突然な提案に俺は少し面食らった。ふつう、こんな話なら自殺を止める方向に行きそうなのに、このオッサンは自殺の提案をしてくる。俺は思考が停止しそうになった。
「ワイの周りなんかなんかしょっちゅうやで。そんな経験ないやろ?食いもんなくて死ぬってなかなか辛いで。まぁ、ワイはまだ死んだことないけどな」
オッサンはニカっと白い歯を見せて笑った。確かに俺は餓死寸前はおろかひもじい思いなんてしたこともなかった。
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