6話-③




「ゴウッ」


 大剣を振り回す【御使い】の攻撃により発生した風圧により、空き地の中で多量の土煙が舞い上がる。その様子を一人、上から眺めていた俺はごくりと息を飲んだ。


 イーヴァと【御使い】が戦っている場所は、俺とイーヴァが何度も訪れたことのある四方をビルに囲まれた空き地。そして今俺が居る場所は、そこを一望することの出来る場所。具体的に言うなれば、一般人でも立ち入ることの出来るビルの上階部分だ。


「本当に……大丈夫なンだろうな」


 このビルで待ち伏せをしておくため、俺が家を出た時点で別行動となっていたイーヴァ。その身体は『幼体』の姿から元の姿へと戻っているため、不調ではないだろう。だがそれでも二度もイーヴァの首を切り落としているらしいあの【御使い】を相手にして無事でいてくれるのか、俺は不安なのだ。


 【御使い】をこの空き地にまで誘い込むこと。そして、【御使い】からの攻撃を全て避けきること。その二つは予定通り進められている。しかしその一方で、イーヴァの攻撃もまた【御使い】には届いていないようで、上から二人の攻防を見る俺としては不安が募るばかりだ。


「けどまあ、それをどうにかするンも俺の役割なンだろうけど、よッ!」


 背に翼を生やす【御使い】の羽ばたきにより、空き地で舞い上がっていた土煙が軽く散開する。その中で再びイーヴァに対して攻撃しようと剣を振りかざした【御使い】を確認した俺は、その切っ先からイーヴァを避けさせるべく、「右上から、胴体狙ってくるぞ」と声を発し、手元にあるゲームパッドでイーヴァを操作する。


「……」


 しかし俺の耳に在る物体から――以前イーヴァが勝手に通販で購入したワイヤレスイヤフォンから、イーヴァの声は届いてこない。まあ、イーヴァには事前に「急なことがないかぎり、返事は極力しないように」と伝えてあるし、そもそもこの通話の意味も現状把握のための通告にすぎないのだから返事が来ないのは当然のこと……なのではあるが、返事が無いのもいささか心配になってくる。


 せめて【御使い】からの攻撃を間近で受ける身として、俺の操作に不満や改善点があるなら告げてほしいのだが……我儘を言うべきではないだろう。それに、もしその行為が発端となって俺とイーヴァが行っているあくどい手法が【御使い】にバレでもすれば、本末転倒だ。


「次は左だ、避けた後すぐに杭で攻撃するぞ」


 当たればひとたまりもないだろう【御使い】からの攻撃を避けると同時に、イーヴァの武器を放つため俺は手元のゲームパッドでコマンドを入力する。


 左手側のアナログスティックを左に二度押せば、二度押ししたことによりダッシュ機能が発動され俊敏な速度でイーヴァが左に動く。そして右手側にある各種ボタンを順番に押すことで、同時にイーヴァの背後から杭も射出する。


 以前、峰産に憑いていた【姑獲鳥】と戦ったことにより、戦闘センスが皆無であることが露見したイーヴァ。そんなコイツでは戦い慣れているだろう【御使い】を倒すことは愚か、即倒されてしまうことは明らかだ。しかし、【御使い】をどうにかしなければ、俺たちは一緒に外出することは愚か、ゲームショップに足を運ぶことも出来ない。


 ――ならば、俺たちはどうするべきなのか。


 最大の問題であり、難題。されどイーヴァはあの日――、イーヴァの運営しているSNSを俺が見付けたあの日、耳を貸した俺に「私の代わりにナツヲが戦えば良い」という至極単純な回答を提示してきた。


 そう、イーヴァが戦うのに向いていないのであればイーヴァ以外の誰かが戦えば良い。それだけの話であり、だからこそ俺は今イーヴァの代わりに戦っている。いや実際【御使い】相手に戦っているのはイーヴァ自身であるが、そのイーヴァをゲームパッドでコントロールしているのは俺だ。


 あまり実感することは無いが、自らの事を【繋ぐ神】と自称しているイーヴァ。今回はその【繋ぐ神】としての能力を活かし、俺が操作しているゲームパッドとイーヴァ自身の身体を『繋ぎ』、遠隔操作を可能にしている。


 そしてこれはイーヴァ曰く【姑獲鳥】と戦った後より『そう』しているらしいのだが、イーヴァはスマートフォンの通信電波を家で使用している回線をLANケーブルの要領で『繋いで』いるらしく、家から離れた場所に居ても通話や通信を可能にしている。現に今、それも利用してワイヤレスイヤフォン越しに通話もしているのだが――正直言って、我ながらなかなかあくどく、ズルい手法だと思う。


 ちなみにイーヴァの操作要領はアクションRPGそのものであり、その手のゲームに遊び慣れているならば手にもなじみやすい。だが生憎此処はゲーム世界ではなく現実世界のため、相手の体力ゲージや攻撃がヒットした時の威力数値が見えるわけでもなければ、使う武器を変更したりすることも出来ない。さらには体力を回復するための傷薬を使用したり、戦闘前にセーブをしたりすることも不可能だ。


「まあイーヴァが戦うより、健闘してる方なンだろうけどよ……、あ、次、後方に回避して射撃するぞ」


 独り言としての言葉に続けて、イーヴァにこれからの行動を予告した俺はその予告通り【御使い】が繰り出す大振りの剣技をバックステップで躱させ、ついでに杭も射出する。


 だがその杭が【御使い】の身体に刺さることはなく、ほぼすべてを【御使い】の大剣……あるいはその風圧だけで砕かれてしまう。


「武器が大きい分、振り幅も大きいから動きは読みやすくていいンだけど、周囲に及ぼす威力が半端なさすぎるだろ!」


 かすりでもしたら最後、イーヴァの腕がふっとぶどころの話ではない。


「けど最低一発でも杭は打ち込んどかねぇとダメなンだよなー」


 【御使い】と戦闘するに向けて、幼い姿をしたイーヴァと毎日のように操作の練習をしていた俺たち。その中でイーヴァは必ず「一発で構わないから、相手に杭を打ち込め」と言っていたし、そうしない限り勝ち目はないとも言っていた。


「だからと言って距離を詰めすぎると、相手の攻撃をもろに食らうことは目に見えてるし……、上手い具合にプスッと刺さンねーかなぁ」


 爆風に近い風を巻き起こしながら、イーヴァに対して大剣を振り続ける【御使い】。おそらく相手方も俺と同じで、攻撃が当たらないことにやきもきしているに違いない。


 初めのころはまだ動きの一つ一つに優雅さを見出すこともあったが、今は優雅さの欠片も見いだせない。それどころか【御使い】の顔は目先の獲物に食らいつこうとする獣のような形相になりつつあり、正直恐ろしい。


「ンー、でも一回だけ攻めて近付いてみるか?」

「構わない。やってみろ」


 完全に独り言のつもりだったのだが、イーヴァから返答が来るとは思わず「うわッ」と声を上げてしまう。


「近付いて攻撃したいのだろう? ならばお前の望むまま、私を動かせば良い」

「でもそうしたらお前、腕が吹っ飛ぶぞ?」


 いや。今の【御使い】の様子から察するに、腕が吹っ飛ぶどころか身体丸ごと粉砕されかねない。


 だが俺と通話するイーヴァは「しかし、そうしなければ私たちは勝てまい?」と、やわらかな声でそう言ってくる。嗚呼、コイツには恐怖心という感情と、【御使い】相手に戦っているのが自分自身だという自覚が無いのだろうか。


「お前、自分の状態が分かってソレを言ってンのか! お前自身の意思はどうなンだよ!」


 それなりに声を潜めてではあるが、叫んだ俺に対しイーヴァは「信頼しているぞ、ナツヲ」と畳みかけてくる。


 俺はイーヴァの意思を訊ねた。なのに、イーヴァ本人は「信用しているぞ」という言葉で返してきた。


 ――おそらくソレがイーヴァの意思であり、本音なのだろう。そしてイーヴァがそう言ったのであれば、イーヴァを動かす俺もまたイーヴァの意思に沿い操作するべきだ。


「ッ! 失敗しても恨みごとは言うンじゃねぇぞ!」

「私が、一度でも恨み言を言ったことがあるか?」

「……ねぇな」


 少し過去の事を振り返ってみたが、イーヴァが俺に対して恨み言を言った記憶はない。それどころか『嘘』さえも俺に言ったことはないだろう。


「なら行くぞ、イーヴァ!」

「構わん、やれ」


 【御使い】が持つ大剣。あるいはソレが振るわれる度に起きる風圧で、イーヴァが放つ杭のほとんどは砕けている。だがそれは遠距離、あるいは中距離から放った場合の結果だ。もしかしたら大剣を振るう暇さえない程の至近距離から撃てば、一本ぐらいは【御使い】の身体に打ち込めることが出来るかもしれない。


 そんなイチかバチかの攻撃を行うため、俺はそれなりに取るよう心掛けていた【御使い】とイーヴァの距離を一気に狭める。


 そして急な行動をしたイーヴァに驚いた【御使い】相手に杭を打ち込むべく、俺は攻撃のコマンドを入力する。だがその瞬間的とも呼べるその動作の間で、【御使い】は現状を見極めたらしく、至近距離に居たイーヴァの腕を掴んでしまった。


「ッやべぇ!」


 突然の事に声を上げるが、イーヴァを操作するコマンドの中に腕を自切するモノは含まれていない。


 以前に一度、イーヴァが自身の腕を切り落としているのは見たことはあるから出来はするのだろうが、流石に「自分の腕を切れ!」などという自傷行為を促すような言葉を言うわけにもいかない。


 しかも咄嗟の出来事を目にし、慌ててしまったせいで【御使い】に放たれるはずであった杭もあらぬ方向へ飛んで行ってしまった。


「捕まえましたよ、邪神!」


 イヤホンから、イーヴァではない女の声――【御使い】の高らかな声が聞こえてくる。


 戦闘開始前、イーヴァと【御使い】が問答していた時の会話も聴こえてはいたが、その時よりもいっそうはっきりした【御使い】の声だ。


「やっとこれで、貴方の四肢を切り落としてあげられます!」


 イーヴァの耳元に顔を近付けている【御使い】の姿を上から眺める俺の耳に、イーヴァが着けているワイヤレスイヤフォンのマイクを通じて物騒な言葉が届く。


 【神】であってヒトではないイーヴァの四肢を切り落としたところで、イーヴァは死にはしない。そのことは、俺は勿論【御使い】自身も分かっているはずだ。だが、今【御使い】はイーヴァの四肢を切り落とすことを目的にしている。


 ――いったい何故?


 そんな疑問を抱きそうになったがすぐにその考えを捨て、イーヴァからも判断を仰ぐべく口を開こうとすれば「予定どおりで構わない」という言葉が耳に届いた。勿論その声は【御使い】の声ではなく、イーヴァ本人の中性的な声だ。


「『貴方、先程から何を一人でブツブツと言っているのです?』『お前に教えることの程ではない』『得体の知れない邪神ですね。本当に、気味が悪い』」


 【御使い】は俺の存在には全く気付いていないらしい。イーヴァのマイクを通じて聞こえてくる二人の会話を耳にしながら、俺は早急に指を動かしコマンドを入力する。


 何故なら今こうしている間もイーヴァの腕を掴む【御使い】は自身の大剣を振り上げ、イーヴァ相手に振り下ろさんとしているのだから。


 杭を射出するためのボタン操作を行い終えれば、イーヴァの背後から煌めく杭が出現し、至近距離にいる【御使い】に向かって放たれる。そしてそれと同時に【御使い】の大剣も振り下ろされた。


「ズォオオオン!」


 地響きのような音が響き渡ると同時に広範囲に土煙が舞い上がり、イーヴァと【御使い】の姿をかき消してしまう。


「くそ、イーヴァ! イーヴァ!」


 ワイヤレスイヤフォンごしに聴こえてくる音はノイズが混じり、碌な音質ではない。だがせめてイーヴァの返事が聴こえればと、俺は何度もイーヴァの名を呼ぶ。


 イーヴァ! 嗚呼どうか、無事でいてくれ!



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