5話-②




 ――自らの状態を『幼体』と言い表した幼いイーヴァの説明曰く、イーヴァの首を切り落としたあの女天使なる【御使い】とイーヴァは浅からぬ縁で繋がれているらしい。


 しかもその縁は、イーヴァに信者が存在していた頃に、その【御使い】がイーヴァの首を切り落としたことによって繋がれてしまったモノでもあり、今回はその発端となった経験を活かしこのような姿になっているという。


「つまり、イーヴァとあの女天使……じゃなくて【御使い】は顔見知りで、以前に一度イーヴァはソイツに首を刎ねられたことがある……ってことで、良いンだよな?」


 誰かに対して何かを説明する、という機会にあまり恵まれなかったらしいイーヴァの説明は回りくどいため、俺は自分なりに解釈したことを俺の言葉で言い改める。


「そうだ」

「そしてアンタはその時の経験を活かして、不要になった自分の身体をわざと砕き、散開させ、安全な場所で再び繋ぎ合わせた」

「そうだ」

「けど、身体を構築しなおすため必要になる膨大なエネルギーを持ち合わせていなかったアンタは、代用として自分の身体の一部を使い、こんなになるまで縮んだ……と」

「む、縮んだとは聞き捨てならないぞ、ナツヲ。『幼体』と呼べ、『幼体』と」


 俺なりの解釈を肯定、あるいは時々否定する『幼体』のイーヴァ。そんなイーヴァの表情は『幼体』に相応しい幼いモノになっているせいか、以前に比べてどこか豊かだ。


 ふっくらとした頬に、小さな唇。美しさと共に冷ややかさをも感じていた以前までのイーヴァの顔とは違い、ぐっと親しみやすさを感じる幼い顔。そんなイーヴァの顔をぷにぷにと指先で突きながら、俺は再び口を開く。


「でもよ、今は地脈のエネルギーだとかも充満してンだろ? それで元に戻ンねぇのか?」

「それは難しい。地脈のエネルギーが噴出する社で補給をするのならまだしも、空気中に浮遊している程度のエネルギーでは戻るまでには至らない。例え戻るとしても、それなりの時間を要する」

「そうか。なら……イーヴァ。アンタどうすンだ?」

「どうする、とは?」


 漠然とした俺の質問に対し、小首をかしげてみせるイーヴァ。


「いや、アンタがまだ生きてるってことがあの女天使……【御使い】に知られたら、また襲いに来ンだろ? そしたら……どうすンだよ。また首を切り落とされるのか? これ以上俺に……」


 「俺に、あの時感じた喪失感を再び味わわせるつもりなのか?」そう言いそうになるのを堪え、俺は口を閉ざす。


 他人の気持ちを読み取る力があるイーヴァ相手に、そんなことをしても俺の気持ちは筒抜けだろう。だが、俺にあんな気持ちをさせておきながら、平然とした態度で今此処に居るイーヴァに、ソレを言ってしまうのはなんだか癪に障るのだ。


「……嗚呼、その事か。ならば安心すると良い。あれらはこの家の中には入れない」

「入れ、ない……?」

「そう、【御使い】もまた私や魔なるモノ同様、お前の承認が無ければこの家、ないしは敷地内に入ることは出来ない。だからナツヲは安心して良い」


 まるで俺を慰めるようにして俺の頬に手を差し伸べ、撫でるイーヴァ。紅葉の葉のようなサイズにまで小さくなってしまってはいるけれど、それ以外のことは何も変わっていないその掌を感じながら俺は僅かに目を細めた。


 青い蛍光色の刺青が描かれた皮膚も、俺より幾ばくか冷たい体温も、俺を慈しむかのように優しげなその手つきも。何一つ、変わらない。


「してナツヲよ、お前は今日どうするのだ? あの御使いが居る以上、軽率に外へ出歩くことは叶わなくなってしまったから、私は今日お前とゲームショップとやらに行くことが出来ないわけだが……」


 「私とてお前と一緒に出掛けることを非常に『楽しみ』にしていたからなぁ……」と言いながら俺の頬から手を離し、珍しく表情をすまなさそうなモノへと変える。


「まあ、こうなったモンは仕方ねぇよ。今日は通販サイトと評価サイト見比べながらゲームを探そうぜ」

「つーはんさいと……。なるほど、ナツヲがそう言うのであれば私に異論はない、今日はそうしよう」


 こくこく、と小さな頭を縦に振ったイーヴァを抱きかかえ、俺はパソコンが置いてある二階の自室へと足を向ける。


「ナツヲよ、私を抱える必要はないのでは?」

「……ンだよ、嫌なのか?」


 今はすっかりくっついて元に戻ってはいるようだが、それでも首を切られたという事象は変わらないし、ソレをまざまざと見せつけられた俺はどうしてもイーヴァを労わってやらねばと思ってしまうのだ。そう、決して小さくなったイーヴァを抱き上げて見たかっただけだという、浅はかな思いだけで行動したわけでは決して……、決してない。


「嫌ではない。むしろ、こうやってナツヲの傍に居られるのは『嬉しい』ぞ」

「お、おう……、そうか」


 まさか直球な言葉で返事をしてくるとは思わず面を食らってしまった俺は、抱きかかえているイーヴァから目を逸らし、自室の扉を開く。そして真っ黒な画面を映し出しているモニターの前にイーヴァを座らせ、通販サイトと批評サイトを眺めるためにパソコンの電源を入れた。









 それから数日が経った頃、俺は頼んだ覚えのない通販商品の前で腕を組んでいた。


 通話も出来るワイヤレスイヤフォンに、小型のゲーム機とそれ専用のゲームソフト。そしてそれらの金額が記された明細書――。一体これは、どういうことだ?


 開けたばかりの段ボール箱の外装を確認し、住所と名前が間違いなく俺の物になっていることを確認する。そしてスマートフォンからも通販履歴を確認する。


「何で、だ……?」


 段ボール箱の外装に張られたラベルには間違いなく此処の住所と俺の名前が書かれ、通販履歴の方にも購入した履歴がしっかりと残っている。


 だが、俺にはコレらの物を頼んだ覚えはない。


 そう、以前イーヴァと通販サイトを見た際に色々なゲームを物色し、そして最終的には二人でプレイしあうのに丁度良いパズルゲームや格闘ゲームを重点的に購入はした。だがソレは先日届いているし、なんなら今俺の後ろでイーヴァがプレイしている最中だ。


「ふむ、ナツヲ。どうかしたのか?」


 リビングのテーブルの上で届いた荷物とその金額を見て愕然としている俺のところへ、小さなイーヴァが浮遊してやって来る。


「そうか、届いたのか」

「は……?」


 「そうか、届いたのか」そうイーヴァは言ったか? まるで、この荷物たちが……俺としては高額の域に入るこの荷物たちが届くのを知っていたかのような言葉を、イーヴァは言ったのか?


 自分が耳にした単語をにわかには信じられず、呆けた声を出した俺。そんな俺の目の前でイーヴァはその荷物たちに手を伸ばし、小箱を開けはじめた。


「……イーヴァ、まさかとは思うがアンタがそれを買ったのか?」


 それも俺に一言も告げることなく、勝手に。


「む? そうだが何か? お前は私にやり方を教えてくれただろう?」


 ――俺が、イーヴァに通販の使い方を教えた?


 少なくとも、数日前イーヴァと一緒に通販サイトを見て、そしてイーヴァの前で商品を購入しはした。だが、俺はその行為をイーヴァに教えたつもりはない。それに商品を購入するときはまず俺の通販アカウントにログインしなくてはならないが、そのログインするためのパスワードだって、イーヴァに教えてない。


「だがお前は私の目の前でパスワードを使用していたではないか」

「だとしても画面上には直接パスワードは表示されな……」


 小首を傾げながら俺の目の前で次々と箱を開け中身を取り出していくイーヴァを見ながら、俺は言葉を止める。


 そう、俺はイーヴァと一緒に通販サイトを利用した。それこそ商品の検索から注文の確定までの一連を、イーヴァの目の前で行っていた。例え画面上では俺が打ち込んだパスワードが表示されていなくとも、俺の考え読み取れるイーヴァには俺が頭の中で浮かべたパスワードは筒抜け。しかも、迂闊なことに俺はイーヴァに対して「勝手に通販を使うなよ」とも言わなかった。


 だからイーヴァはその通販サイトにログインするためのパスワードも知っていたし、勝手に通販を利用したことを『悪い事』だとも認識していないのだ。


 悪びれる様子を一切見せることなく、むしろ嬉々とした表情を浮かべさえしながら勝手に購入した商品たちをテーブルに広げているイーヴァ。そんなコイツの姿を見続けていれば、俺の中であまり抱きたくも無ければ、気づきたくもなかった感情がふつふつと湧きたちはじめた。


 それこそ先日俺の中で沸き立っていた『誰』の物とも知れぬ怒りの感情ではなく、正真正銘俺自身に由来するイーヴァへの鬱憤であり、苛立ちだ。


 正直なところ、そんな思いを抱かないようにするためにわざとその鬱憤と苛立ちから目を背けている部分はあった。


 無知でもなければ、何もできないわけでもない。むしろ俺の考えを読み取れるのだから、俺が何をしてほしいかさえ知っているはずだ。


 にもかかわらずイーヴァは何もしない。


 俺が学校に行っている間も寝ている間もゲーム三昧に明け暮れ、家事の一つさえこなさない。それこそ俺がイーヴァ用にと出していた朝食も食べたら食べっぱなしで、空いた皿をキッチンに移動させもしない。


 その上、最近御使いに襲われ、身体が小さくなったイーヴァに対して甘いところのある俺に対して「アレが欲しい」「コレがほしい」と物品を強請りはじめ、俺もソレに答えてしまっている始末。


 具体的な物品としては、通販でゲームを買う際に同時に見ていたゲーム評価のサイトで絶賛されていたオンラインアクションRPGの初期投資分の課金カードや、ゲームチャット用のキーボード。加えて、今回勝手に通販で買われたゲームと、ゲーム機、そしておそらくゲーム用として買ったと思しきワイヤレスイヤフォンだ。


 イーヴァから渡されているウォレットチェーン型のお守りにはかなり助けられているが、それでも金額的にも俺の疲労度的にも、そろそろ見合わない頃合いだ。


 せめて洗濯物を取り込んで畳むだとか、自分の使った食器は洗っておくだとか、自分も使う風呂を洗っておくだとかしてくれれば良いのだが……。そう思いながらちらりとイーヴァを見てみるが、そんな俺の考えに興味が無いのかその視線は購入したばかりの商品たちに向けられ続けている。


 あー、すげぇむかつくンだが! というか、改めて考えると――イーヴァ、いわゆるヒモと呼べるモノなンじゃねえの?


「イーヴァ」

「む、なんだナツ、ヲ?」


 イーヴァの手の中にあったゲーム機を一旦取り上げ、小さなその身体を抱き上げる。そしてそのまま玄関を通って外へ行き、そこにイーヴァを下ろした。


「ナツヲ、何故こんなことをする?」

「んー、どうやったらアンタが『反省』するのかなって思ってさ」

「はん、せい……?」

「そう、反省。勝手に通販サイトを使って、勝手に商品を購入したことに対する反省。そして、家事の一つもしないアンタへの、俺からの当てつけ」

「ナツヲからの、当てつけ」


 何が嬉しいのか分からないが、俺にそんなことを言われたにもかかわらず口角を上げるイーヴァ。おそらくコイツは、自分の立場が全く理解できていないらしい。


「だからさ、ちょっと外で自分のした事を顧みてくれないか?」

「む、しかし外に居ては……」

「なあ、頼むよ。俺さ、イーヴァの事、嫌いになりたくねぇンだ」


 あのまま家の中でイーヴァの姿を見続けていたら、俺は苛立ちに駆られてイーヴァの事を嫌いになりかねない。だからそれを防ぎ、尚且つ俺の苛立ちをどうにかするためにイーヴァには一旦俺の傍から離れてもらう必要があるのだ。


 そして俺は炊事や洗濯、風呂、課題などをこなすため家に居なくてはならないから、離れるのは必然的にイーヴァになる。


「む……、分かった。お前がそう……望むなら。私はお前の望み通り、外で自分の行いを顧みてみることにする」


 「私も、お前に嫌われたくはないし、家の敷地内であれば問題はないからな」と小さな声で呟き、頷くイーヴァ。


 どこかいじらしささえ感じるそのイーヴァに絆されないよう、俺は目を逸らし、イーヴァと同じ目線にまで屈めていた身体を立ち上がらせる。


「もし【御使い】が現れて、危なくなったらインターフォンでも推してくれ」

「いんたーほん……、わかった。その場合はそうすることにしよう」


 その言葉を聞いた俺は、足元に居るイーヴァの顔を見ることなく玄関の扉を閉めた。


 ぱた、ぱた、と一人分の足音だけを響かせ戻ったリビングでは、中断されたままのパズルゲームが軽快な音楽を流し続け、机の上はイーヴァが勝手に購入した商品たちやそのパッケージが乱雑に置かれ、食事できるスペースさえ無い。


「……とりあえず、一旦ゲームはセーブさせておくか……」


 雑然としたそのリビングを一望し、「はぁ」と大きく溜め息を吐いた俺は手始めにゲームパッドに手を伸ばした。






 イーヴァを外へ追い出してから数時間が経ち、今日やるべきことを全てやり終えた俺は寝間着でもあるスウェット姿で家の周りをぐるぐると徘徊していた。


「イーヴァ? イーヴァ?」


 近所の住人から苦情が来ない程度の音量でイーヴァの名を呼ぶが、当人は一向に姿を現さない。


 もしかして【御使い】なる女天使に見つかり、家のインターフォンを押す間もなく殺されてしまったのか? あの姿ではひとたまりもないだろうし、インターフォンを押す暇もなかったかもしれない。それに以前イーヴァは俺に承認されなければ家に入ることも出来ないと言っていたから、襲われ刺しに窓を割って室内に逃げ込んだりすることも出来ないだろう。


「くそッ」


 けど、もしかしたらそうでないかもしれない。


 少なくとも戦闘音らしき音は聞こえなかったし、家の周り以外の場所を確認するだけの価値は在るはずだ。


 イーヴァが行きそうな場所――と思ったが、基本家から出ることのないイーヴァが行く場所など俺は知らない。ならイーヴァは何処へ行ったんだ?


 というか、イーヴァには念のためにとスマートフォンを渡しているのだから、それで安否を確認すればいいだけではないか。確かイーヴァを外に出した際も、イーヴァの首にはスマートフォンと繋がっているはずのストラップがかけられていたはずだ。


 ポケットに入れていた自身のスマホを取り出しイーヴァに連絡をするため画面をタップする。だが、俺が送信したメッセージに既読マークがつくことはない。


 そう言えば今イーヴァは外に居るんだった。イーヴァが家に居るのであれば、機種変を行い契約外となっている俺のお古のスマートフォンでも電波は通じている。だが家の外ではその電波は届かない。


「あーッ、くそッ!」


 ガシガシと、風呂に入ったばかりの頭を掻きむしり悪態を吐く。


 せめて足取りでも分かればと思うが、普通の人間の目に映らないイーヴァのことだ。例え「こんな子供見かけませんでしたか?」と道行く人に訊ねたとしても、答えられる人はいないだろう。


「とりあえず、探すしかねぇだろ!」


 家の周りにいないのであれば、それ以外の場所を探す。それぐらいしか俺に出来ることが無い以上、俺はそうするべきだ。少なくとも、イーヴァを『反省』させるためと称して家の外に出した俺には、そうするだけの責任がある。


 外に出ていた俺は一旦家の中へと戻り、寝間着であるスウェットを脱ぎジャージへと着がえる。そしていつもであれば制服のズボンに着けているウォレットチェーン型のお守りを、ポケットの中へと突っ込んだ。


 さらに、俺とイーヴァが入れ違いになっても良いよう「もし戻ってきたなら、玄関の軒下で待っているように」とメモをしたため、玄関の外にソレを挟み込んだ。




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