5話 最近同居しはじめた自称【神】が、女天使に襲われた件について!(前)
5話-①
そこには首が在った。
『天使』と呼ぶにふさわしい白の翼を背に生やした女の手中に、瞼を閉じるイーヴァの首が在った。
「い、イーヴァ!」
人気のない住宅街の中。目の前の光景をただ見ているしかできない俺は、声を大にしてその首の主の名を呼ぶ。だが、その瞳が開かれることは決してない。
「まったく。【神】である癖に信仰心の欠片もなさそうなヒトに、軽々しくその名を呼ばせるなど……邪神は愚か【神】と名乗るのもおこがましいですね。イーヴァ・ニーヴァ」
眩いばかりに輝く長い金髪と大きな乳を揺らす天使は、イーヴァの首を持っている腕とは反対の手で握る大剣を大げさに一振りする。そして持っていたその首を俺の方へと投げ渡した。
ごろり、と俺の腕の中で転がるイーヴァの首。
ソレが浮かべる表情はまるで眠っているかのように安らかであり、手に伝わるソレの温度はいつも以上に冷ややかだ。
「邪神たるイーヴァ・ニーヴァは葬られました。貴方も、こうなりたくなければ我らが主上たる神に従いなさい」
目の前にいる女天使の冷淡な声が、俺に向けられる。
イーヴァが邪神? イーヴァが葬られた? イーヴァのようになりたくなければ、我らが主上たる神に従え? バカ言うなよ。ンなこと言われたって、従うわけねぇだろうが! むしろ、こんなことをする奴の【神】になんて、誰が従うかよ!
そんな大口を叩きたかったが、イーヴァの首を俺の目の前で切り落とした女天使相手に、そう言うだけの豪胆さを持ち合わせてはいない俺は、その意思を告げることが出来ない。
だが、『従わない』という意思だけは明確にするために、俺はその女天使を睨み付ける。
「……まあ良いでしょう。我らが主上たる神は、貴方のような罪深きモノも受け入れる大いなる方ですからね」
「気が変わったらすぐにでも改宗すると良いでしょう」と言い残し、俺に背を向けた女天使。彼女は自身の翼を広げ空へとその身を飛び立たせる。
「……ッ、クソ!」
腕の中にあるイーヴァの首を抱きしめ、俺は自分の根性の無さに歯噛みする。
今日は、イーヴァと二人で買物に行くはずだったんだ! それも電車を乗り継いだ場所にある品ぞろえが豊富だと噂のゲームショップに行って、どんな種類をやってみたいか話したりする。そんな、俺とイーヴァが互いに心待ちにしていた日だったんだ!
だというのに、あの女天使は俺たちが家から出るのを待っていたかのように現れ、襲いかかってきた。
その出来事こそ突然ではあったものの、瞬間的に、あるいは能動的にイーヴァが帯を出し俺を守ってくれたため俺自身に怪我は無い。しかし、イーヴァ本人は女天使の武器である大剣で首を切り落とされてしまった。
ただ、そう至るまでにはしばらく間はあった。そう、それこそイーヴァの首を切り落としたあの女天使がイーヴァに対して何か質問めいた言葉を投げかけるだけの間は、あったのだ。
「何故貴方は生きているのです!」
「何故貴方は悩まないのです!」
「何故貴方は私たちに復讐しないのです!」
自らの武器でもある大剣をイーヴァに対して振り、先日俺の胸中で沸き立っていた『誰』のモノとも知れない感情と同じ言葉を発した女天使。だがその質問に答える間もなくイーヴァは、首を切り落とされてしまった。
もしかしたらその時の女天使には、イーヴァの首を切り落としてしまうつもりはなかったのかもしれない。少なくともイーヴァが女天使に言葉を返すまでは、待っているつもりだったはずだ。
しかし女天使がイーヴァに対して威嚇の意図をもって大剣を向けていたつもりであっても、その動きに対応し、避けるだけの戦闘センスが無いイーヴァはソレを避けきれず、首を持ってかれてしまった。――というのが、おそらく正しい事の顛末なのだろう。
だが、例えそれが事故と言っても差し支えのない顛末であったとしても、結果としてこうなってしまった以上、俺の認識が『いきなり現れた女天使に、イーヴァは首を切り落とされた』という事実から覆ることはないし、首を切り離された事象も覆らない。
女天使に首を切り落とされた際、要たる部位を失ったイーヴァの胴体と帯は、はまるで風化するように散逸した。そのため唯一残されているイーヴァの一部であり、今尚俺の中で抱かれ続けているイーヴァの首を改めて見つめる。
まるで眠っているのかと錯覚してしまうほど安らかな顔に、冷ややかな体温。そして切り口部位から露わになっているイーヴァの内部色であるつややかな水色。作り物だと言われてしまえば、『ああそうなのか』と単純に納得してしまいかねない程、生物らしからぬソレ。
しかも、こうやって俺が見ている間にも、風化するように散逸したイーヴァの胴体と同じように、この首もまた所々砕けはじめている。
「嗚呼ッ、そんな、だめだ……駄目だ!」
俺の腕の中でポロポロと砕け、散逸しはじめるイーヴァの首。だがどんなに俺が散逸の抑止を望み、祈ろうとも、ソレが止まることはない。
「ッ、くそ!」
ならばせめてせめて腕に残っている部分だけでも風に飛ばされることがないよう、俺は急いで家の方へと走る。勿論そうしている間にもイーヴァの首は砕け、散逸し――俺が家へと辿り着いた頃には、たった一握りの欠片と成り果ててしまっていた。
こんなにもあっけなくイーヴァとの別れが来るなんて、予想だにしてなかった。むしろ、イーヴァとの別れがあることさえ失念しかけていた俺には、どうしてもイーヴァがもう居ないのだと思えなかった。
だからこそ俺はイーヴァが死んだとは決して思い至らなかったし、今もそう思うつもりはない。
けれど、たった一握りになってしまったイーヴァの欠片をまざまざと見せつけられると、その決意が揺らぎそうになってしまう。
「ッ、そんなわけねぇよ、……イーヴァは、家に居る……、いつもみたいに家で、ゲームをしてるに決まってる!」
「はは、はは」と自分でもおかしいと自覚しながら笑い、玄関の扉を開けば――リビングからゲーム音楽が流れて来ていた。それも、その音楽の中に混じり、ゲームの戦闘音まで聞こえてきている。
「は、はは……」
今日はイーヴァと一緒に出掛ける予定だったからテレビの電源は勿論、ゲーム機の電源もしっかりと落として家から出たはずだ。それなのにどうして、リビングからゲームをしているかのような音が聴こえてくるんだ? まさか、ショックのあまり幻聴でも聞こえているのだろうか?
「なン、で……」
ごくり、と息を飲みながら玄関の扉を閉め、家に上がり、リビングの扉を押し開く。そして、激しいバトルシーンを映し出しているテレビ画面の前へ視線を向ければ、そこには正座をしてゲームに勤しむ子供が存在していた。
癖のある白い髪に、素肌に描かれた青い蛍光色の刺青。さらにその子供が着ている服は、俺がイーヴァに貸しているTシャツだ。
「い、イーヴァ……?」
まるでイーヴァを幼くしたかのような出で立ちの子供の背に恐る恐る声を掛ければ、その子供はくるりと振り返り、その顔に埋め込まれたイーヴァと同じ金の瞳で俺を見た。
「ふむ、おかえり、ナツヲ。随分と顔面が蒼白だ、がっ」
「むぐぅ」とその子供が声を発したことも気にせず、俺はその子供を抱きしめる。
「イーヴァッ、イーヴァ!」
この子供は名乗りもしていない俺の名を呼んだ。そして「おかえり」とも言った。だからコイツはイーヴァであるはずだし、イーヴァ以外の何者でもないはずだ。
ただそれでも本当に自分が目にし、そして抱きしめている存在が現実のであるのか疑わしく思ってしまう俺は、幻覚じゃないよな? 本当にイーヴァが此処に居るんだよな? と、自問する。
「ナツヲよ……【繋ぐ神】たる私、イーヴァ・ニーヴァは今此処に居るし、幻覚でもないぞ?」
俺が胸中で抱いた自問に応え、自らイーヴァであると名乗ったその子供。
嗚呼。やはり間違いなくコイツはイーヴァだし、イーヴァはちゃんと此処に居る!
そのことをやっと認められた俺は抱きしめていたその子供の肩口を掴み、僅かに身体から引き離す。そして、真っ直ぐ俺の目と自身の目を合せる小さなイーヴァに、「なぁ、イーヴァ。状況を説明してくれるか?」と、現状の説明を求めた。
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