3話 最近同居しはじめた自称【神】が、戦闘センスゼロな件について!
3話-①
わたしは嫌い。
わたしを良いように使うあの子たちが。
わたしは嫌い。
わたしを従順な駒だと思い込んでいるあの人たちが。
わたしは嫌い。
そんな人たちに抗えないわたし自身が。
わたしは嫌い。
母を殺して生まれたわたしが。
わたしは嫌い。
母の死の上に成り立つわたしを、好きになれないわたしが嫌い。
*
夕暮れの色が窓から差し込む中、俺は一人学校の廊下を歩いていた。
いつもであればこの時間帯は既に家に帰宅しているのだが、今日は『日直の仕事』としてクラス内の提出物を各教師の元へ運びに行っていたため、未だ学校に居る状態だ。
「ッと、これで家に帰れるなー」
手ぶらになった両腕を軽く伸ばし、自分の荷物を取りに行くため教室の方へと歩いていれば、前方からクラスメイトの女生徒たちが群れをなしてやって来た。
「そういえば、アンタ今日掃除当番じゃなかったっけ?」
「アッハハ、実は峰産さんに掃除代わってもらったんだぁ。だから早くカラオケ行こ!」
「えー、またアンタ委員長に当番代わってもらったのぉ?」
「ズルーい! 次、私も代わってもらおっかなー」
「アンタ達の『代わってもらった』は、『押し付けた』でしょ」
「って、アンタも委員長が掃除当番の時、当番代わってないじゃん。ま、私もだけどねー!」
「「「ギャハハハハハ」」」と、すれ違いざまに重なった女生徒たちの下品な声。それを聞きながら、俺は彼女たちの言っていた『委員長』、及び『峰産さん』を思いだす。
峰産芽衣子。
彼女は俺のクラスの学級委員長であり、誰からも頼りにされている女生徒。成績は優秀らしく、先生からの信頼も厚い。――だが、そんな彼女を俺は不遇だと、認識していた。
『誰からも頼りにされている』だなんていう言葉は聞こえこそ良いが、実際は『嫌と言わない彼女を利用し、責任や役割を押し付けている』だけにすぎない。少なくとも、傍目から委員長や他の生徒を見る俺からしてみれば、そうにしか見えない。
それに、現に彼女はクラスの委員長という役割を押し付けられているし、そのうえ『不良』のレッテルを張られた俺と一緒に日直をするよう強いられてもいる。
「不遇……だな」
厄介者である俺自身が思うべきではないし、呟くべきでもないだろう。だが、その言葉を吐き出さずにはいられない。
わだかまりに似たモノを抱えながらしばらく歩き、目的地でもある教室の扉を開ければ、そこでは一人の女生徒が箒を持ってぽつりと立ち尽くしていた。
腰元まである長い黒髪を三つ編みに縛り、顔には傍目から見ても分厚いと分かるビン底眼鏡。スカートは校則通りの膝丈下で、足元は――真っ赤に染まっている。
彼女の足元に広がる赤の液体。一瞬そう認識しかけたが、目を擦り再度良く見てみれば、彼女の足元に赤の液体は愚か、赤色の物さえも落ちていなかった。おそらくさっき見たのは、俺の見間違いだったのだろう。
「委員長……?」
「あ、四ツ谷くん……」
教室の中で立ち尽くしていた少女、ならぬ学級委員長であり日直当番の相方でもある峰産へと足早に近付いた俺は、彼女が持っていた箒を無理やり奪い取る。
「俺がやる」
「えっ、でも」
まごつく峰産に対し、強めの口調を意識して「日誌、まだ書き終えてねぇンだろ。さっさと書いてくれ」と、開かれたままの日誌が置いてある彼女の机を指差した。
おそらく日誌を書いていた最中に、先程俺が廊下ですれ違った女生徒たちから掃除当番を押し付けられたのだろう。
「あ、うん。……ありがとう、四ツ谷くん……」
長い三つ編みを揺らし、小さく礼をした彼女は日誌を広げたままの机の元に駆け寄り、手早く日誌にペンを滑らせはじめる。そしてその姿を見た俺もまた、彼女の手から奪った箒で床を掃きはじめた。
本来ならば峰産個人に押し付けられた仕事を、わざわざ俺が代わってやる必要はない。それどころか日誌を書き終えるのを待つ必要だってない。少なくとも、今までの俺はそうしてきたし、『不良』であり続けたいのであれば今でもそうするべきだろう。
だがこの教室へ戻って来る時に聞いた女生徒たちの心無い言葉を知っていながら、教室の中でぽつんと立ち尽くしていた峰産を見捨てることは、出来なかった。
そもそも俺は『不良』を演じる必要があるから『そう』しているだけであり、根っからの『不良』ではない。加えて、今まで彼女に仕事を押し付けてきたのも、夕暮れと共に数を増す魔なるモノを恐れていたからであり、任せられた仕事を放りだしたかったわけでも、わざと押し付けたかったわけでもないのだ。
それに今であれば、イーヴァからお守りを貰っているため、魔なるモノを恐れて急いで家に帰る必要もない。
勿論、ゲームをしながらではあるものの、俺の帰りを待っているイーヴァから文句の一つは言われるだろう。だが今まで俺の分の仕事を文句も言わずにやってくれていた峰産に、早く帰る理由がたったそれだけしかない今の俺が、仕事を押し付けるべきではないはずだ。
というより、今まで迷惑をかけ続けていたのだから、むしろ助けさえするべきだろう。
手早く、そして正確に教室内のごみを箒で集め捨てれば、ちょうど峰産も日誌を書き終えたらしい。日誌をパタン、と閉じた彼女の分厚い眼鏡とタイミングよく視線が重なった。
「掃除、終わったぞ」
「ありがとう、四ツ谷くん。日誌の方も書き終えたから、わたし先生に出してくるね。四ツ谷君は、帰って大丈夫だよ」
自身の鞄に筆記用具を仕舞い込み、日誌を抱える峰産。対する俺もまた、持っていた掃除道具をロッカーに仕舞い、自分の荷物を担いだ。
「じゃあ、また明日ね。……あと、本当に掃除……ありがとね」
俺に対して過度に礼を言う峰産に対し、短く「おう」と返事をした俺は彼女を残したまま教室を後にする。
さっさと家に帰って、俺の帰りを待つイーヴァの相手をしてやらねぇとな。
「ただいまー」
玄関でも一応言いはしたのだが、改めてリビングで正座をしているイーヴァに声を掛ければ、「おかえりナツヲ」と俺を出迎えた。
「アプリの方のゲーム、進んだか?」
「ナツヲが学校に行っている間ずっとやっていたからな。かなり進んだはずだぞ」
『何かあった時、連絡をとるために』という名目で与えたスマートフォンを振り、その画面を見せてくるイーヴァ。まあ、与えたと言ってもソレは俺が以前まで使っていた物であり、無線通信環境が整えられていない外で使うことは出来ないのだが。
「最初は順調だったのだが、昼過ぎになった辺りから体力の回復量と消費量がつりあわなくなってしまってな……」
「やりはじめはレベルアップと同時に体力もガンガン貯まるからな」
「よくあるやつだよ」と言いながら正座をしているイーヴァに近付きスマートフォンの画面を見てみれば、クエストに行ったりするために必要なゲーム内の体力がほとんど残っていない状態だった。
ちなみに今イーヴァが見せてくれているのは、先日俺が勧めたアクションRPGのソーシャルゲームで、俺も前々からプレイしている代物だ。
「キャラクター画面、見ても良いか?」
「構わない」
一応イーヴァに確認を取ってから画面を操作し、キャラクター一覧の項を見てみる。今日はじめたばかりということもあって、キャラクターのレベルこそあまり育ってはいない。が――
「あ! 結構強いって評判のレアキャラ引き当てたンだな! すげぇじゃねぇか!」
「私には時間があるからな。りせまら、というやつをした」
「運じゃなくて、時間と手間で掴んだ感じか」
「ああ。手間が掛けられるなら出来るだけ入手しておいた方が良い、と攻略サイトにも書かれてあったからな。参考にさせてもらったのだ」
スマートフォンの使い方として、俺がイーヴァに教えたことは端末の基本的な使い方と、簡単なネット検索の仕方。そしてゲーム操作の仕方程度だったのだが、よもや自力で攻略サイトを探し出し、活用するまでとは。もしかしたらイーヴァは、適応能力が高いのかもしれない。
「あ、そうだ俺とフレンド登録しようぜ」
鞄の中にしまっていた自分のスマートフォンを取り出し、ゲーム画面を開いた俺はイーヴァにフレンド申請をしておく。
「しばらくしたら俺の申請が通知されると思うから、よかったら受理しといてくれよ」
「ふむ、了解した」
僅かに口角を上げ、満足げとも取れる口ぶりで自分のゲーム画面に視線を戻したイーヴァ。だが、すぐに俺の方を向き直ると真剣な眼差しで「……ナツヲ。学校で、何があった?」と訊ねてきた。
確かに、イーヴァの言う通り学校から出ようとした時『何か』は起きていた。
だがソレは俺が立ち会った時には既に起きていたことだし、そもそも俺に何の関係もないはずだ。さらに付け加えるのであれば、俺が関係していない事柄を、イーヴァに伝える必要もないはずだ。
だから俺はそんなことをわざわざ言う必要もないだろうと、「いや、別にイーヴァに言うようなことは何も……」と答えた。そう、答えたのだ。だというのに、イーヴァは「構わない、言ってみろ」とまっすぐな言葉を俺に叩きつけてきた。しかも、白の睫に縁取られた金の瞳で俺の瞳を睨みつけるように凝視しさえして。
「わかったよ、言やぁ良いンだろ」
そんなイーヴァの視線に耐え切れなかった俺は、学校の帰りにあったことを思い出しながら、「……学校から帰ろうとした時、玄関で生徒が何人か倒れてた」と伝えた。
そう、日直の仕事で残っていた峰産と教室で別れ、学校から出ようと下足箱が並ぶ玄関口へ行った時、女生徒が数人倒れていたのだ。俺が行った時には既に他の生徒が集まっており、先生たちも数人来ていたため素通りしたのだが――その際に見たその倒れている生徒たちの顔には、見覚えがあった。
なにしろその生徒たちは峰産に掃除当番を押し付け、カラオケに行くとのたまっていたあの女生徒たちだったのだから。
「魔なるモノは、その場所やその周囲に居たか?」
「いや、俺が見た限り居なかった。っていうか、そもそも学校に入ってこられるのは小さいヤツらだけなンだろ? 大きいヤツが生徒を襲って意識を失わせた、ってなら分かるけど流石に小さいヤツが何人もの生徒を襲うって、ンなことあるか?」
以前イーヴァが教えてくれた、『大きなサイズの魔なるモノは、人間の認知により学校へ侵入できない』という事象を思い出すとともに、小さな魔なるモノが複数人の女生徒を襲う図を思い浮かべる。
その魔なるモノがどんな力を持っているかが重要ではあるだろうが小さなヤツ、あるいは小さなヤツら、が複数人いた女生徒を襲う姿は想像しにくい。というか、やはり無理があると俺は思う。
そして、その俺の考えはイーヴァにも伝わったらしい。相変わらず正座の体勢で居るイーヴァが「そうではあるが……」と口ごもり、少し考え込むように目を細めている。
いったいイーヴァの中で何が気にかかっているのかは分からない。だが、考え過ぎも良くないだろうと判断した俺は、考え込んでいるイーヴァの背を軽く叩いた。
「なあ。今から夕飯作ンだけどよ、俺の代わりにゲームの体力消費しといてくれるか?」
ゲーム画面になっている自分のスマートフォンをイーヴァの前に差し出せば、イーヴァは二度瞬きをした後、おずおずと俺のスマートフォンを受け取った。
「曜日クエストで体力消費しといてくれると助かる。あと、落として壊すのも嫌だから、ゲームは座ってしてくれよ」
「む……」
イーヴァが俺のスマートフォンを受け取ってすぐに、釘を刺すような事を言ったのは、流石にあからさまだっただろうか。わずかに不服気とも取れる声を出したイーヴァが、手元にある俺のスマートフォンと俺の顔を見比べている。
最近でこそゲームにハマり、さほど俺にまとわりつくことが少なくなってきているイーヴァ。しかしそれでもたまに料理中まとわりついてくることがあるため、勝手ではあるのだが、それを未然に防ぐために先手を打たせてもらったのだ。
「まあ、いい。了承した」
完璧に納得した、というわけではないだろう。だが了承の言葉を発したイーヴァはリビングの床の上で正座をしたまま、俺のスマートフォンの画面に指を滑らせた。
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