第12話

「すごいな。ここが地下なんて思えない」

 ほうっと溜息をついて、コー・リンがその明るい世界に足を踏み入れようとした時、傍らの闇が動いた。

「お客さん、ちょいとお待ちくださいよ」

 ぎくりとして顔を向けると、花街の煌々たる灯りの届かない暗がりから数人の男たちがむくりと体を起こすところだった。

 ……こんなに大勢の男たちがいたとは。

 まったく気配を感じなかったことに驚きながらも、コー・リンは笑顔を崩さずに応じた。

「はい、何ですか」

「見かけない顔だが、一見いちげんさんだね? 誰かの紹介でもあるのかい?」

「ああ、いえ。ここの常連の知り合いに連れられて、随分前に来たことがあるんですけど……入っちゃだめですかねえ?」

「知り合い? 誰のことだ」

「あ、あの、骨董を取り扱っている人で……名前はちょっと」

「骨董? 骨董屋でうちの常連って言えば……木の葉屋の店主のことか」

「はい……。内緒ですよ。おかみさんに知られると大変で」

「あの成金じじい、ガキに何教えてんだか」

「あ、あのお」

 と、コー・リンは媚びるように男たちに言った。

「この中に会いたい人がいるんですけどお。入っていいですか」

「誰に会いたいんだ?」

 先頭に立っている大柄の男が、値踏みするようにコー・リンをまじまじと見ながら言った。

「あ、あの、ダイヤモンド・エルには会えますか?」

「はあ?」

 一瞬の沈黙の後、わっと笑いが起きた。

「お前、何、言っているんだ? あねさまがお前なんかに会ってくれるわけねえだろう」

「あの、お高いんですよねえ」

「阿呆。金の問題じゃねえ。あの人に会うには王様でも予約が必要だ。ひょっこりやってきて何言ってやがる」

「ですよねー。やっぱりー。そうかー。美しい人だと噂で聞いたんで、一目なりともと思っていたんですけどお」

 がっくりと肩を落とし、いじけて下を向くコー・リンに、男たちは呆れたように顔を見合わせた。

「お前、どこのガキだ? その歳で女遊びもないだろうに」

「家のことは言えないんです。親に内緒で金を持ち出して来たもんで」

 そう言って、ぷっくりと太った財布を懐からちらりと見せる。

「これだけあればなんとかなると思ったんですけど」

「ふうん。どこかの金持ちの道楽息子ってところかい」

 コー・リンの身なりを見て、やれやれと肩をすくめて男は言った。

「まあ、いいや。姐さまのことは諦めな。お前ごときがお近づきになろうなんて恐れ多いってもんだぜ。それなりの相手を世話してやるから付いてきな」

「おい、いいのか。こんなガキ、中に入れちまって」

 後ろにいた目付きの鋭い男が無愛想に言った。

「後で面倒事になっても知らんぞ」

「どう見ても無害なガキだ。構わんよ」

「あ、ありがとうございます」

 慌ててコー・リンは頭を下げた。ここで追い払われてはたまらない。無邪気な馬鹿息子全開で、コー・リンは男の腕をぐいぐい引いた。

「早く連れてってください。いい子を紹介してくださいね! 可愛くて優しい子がいいなあ」

「判った、判った。その代り、駄賃は弾んでもらうぜ」

「勿論です!」

 男はにんまり笑うと、他の連中に一言二言断りを入れてから、花街の中を先に立って歩き出した。その後を慌ててコー・リンは追いかける。

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