【試し読み】EP4



 ついにこの日がやってきた。ボランティア最終日である。

 

 男子寮修繕が目的だったはずなのに、いつの間にかボランティアをこなすことが高校生活の中心となってしまった。しかしそれも今日で終わりなのだ。とはいえ今日一日の業務は丸々残っているのだから気を引き締めて行おう。

 

 さて最後のボランティアはというと、旧資料室の整理を任された。しかし規模のでかい学園である。やたらと資料が多く、一日で終わるとは思えない。


『ま、できるところまでやってくれりゃ、それでいいわ。後はオレがやるしな』とは小枝葉さえば先生の言葉。やはり自分の仕事を他人へ振っていたようだが、最早もはやいわずもがなである。

 

 さて。5分の1ほどが終わったところで――目の前のファイル名に釘付くぎづけになっていた。


「気になるぜ……」


〈マル秘・学生閲覧禁止・アダルト専用〉というファイルがある。なんてことのない棚にあからさまに置いてある。どう考えても罠 わな だ。これは間違いなく罠なのだ。


「――でも見ちゃうんだよなあ! 男だもんなあ!」

 

 学園長のふんどし姿のブロマイドが挟まっていた。『おぬしはエロいな!』というサイン付きだった。


「……」

 

 俺はそっとファイルを閉じてから、目立つ場所へファイルを置いておいた。俺だけが不幸になるなんて理不尽だ。


「よし。気持ちを切り替えて……次は〈勇者制度ゆうしゃせいど〉の棚か」

 

 タオルを出して汗を拭く。水分をとりながら適当に資料をパラパラとめくってみた。


「〈勇者制度〉って初めて聞いたときは意味が分からなかったけど……結局のところ〈学業・部活動優秀者表彰制度〉のことなんだよな――補足と説明があるな。えーっと……『一年に一度、各分野・各学年から一名ずつ、計九名選出のこと。学業優秀者には〈賢者〉、運動系部優秀者には〈拳聖〉、そして文化系部優秀者には〈導師〉の称号を授与。加えて表彰された分野に関連する優遇特典を与えることとする』か……」

 

 何故なぜかファンタジー要素ありまくりだな。特別な理由でもあるのだろうか。


「命名理由もここに載ってるな……えーと、なになに。『なんとなくジョブっぽくてカッコええじゃろ。わしも異世界転生したい。by学園長』」

 

 すでにこの学園が異世界だろ。


「そもそも勇者制度のくせに〈勇者〉が居ないし」

 

 細かいことは気にしたら負けなのだろう。学園長に意味を求めても仕方がない。


「でも資料としては結構面白いよな――」

 

 年代がばらけているファイルを整理しながら、内容も確認していく。旧史料室の入室には申請が必要であるため資料も気軽には閲覧できない。今のうちに情報収集をしておこう。

 

 ファイルの中には歴代の〈賢者・拳聖・導師〉の名前と〈成績・評価・希望した特典と実際に授けられた内容〉が無機質に列挙されていた。


「学業のほうはおおむね学費免除か。うわ、こいつ帝大推薦希望かよ……まあさすがに却下か。あとは運動部……練習場所優遇とか、道具買い替えとか……お、肉一年分って金太きんたっぽいな……なるほど、レスリング部のやつか。理由は『体づくりのため』。しかも承認されてるし……でも一年分じゃなくて一〇〇kgか。なんでもOKってわけじゃないんだな」

 

 なかなか面白い資料だ。ずいぶんと読み込んでしまった。そろそろ小枝葉先生が様子を見に来てしまう。できるところまでとは言われているが、さすがにサボりすぎた。


「……ん? なんだこれ。ラベルがない」

 

 年代別に、現在から過去へさかのぼるように読んでいったのだが、端の端に何冊か年度もタイトルも記載のない重厚なファイルを見つけた。先ほどの失態を考えるに、見ていいものか絶妙なラインである。隅にポンと置かれている分、逆に勘ぐってしまう。


「とても気になる」

 

 自然と辺りに視線を巡らせてから、重さを感じる黒ファイルを開いた。


「……えーと」

 

 まず日付と名前が記載されており、次に学年が載っている。ここまでは〈勇者制度〉と同じだが、その後には参照資料A区画の1010とか、結果報告B区画の1K51などと意味の分からない言葉が羅列されている。それだけの資料だった。


「参照資料なんてあったっけ?」

 

 棚に目を走らせるが、見当たらない――ガチャ、と突然ドアが開いた。


「おい、時間だぞ――ってお前、まだそのあたりの棚やってんのかよ」

「げ――じゃなくて、こんにちは小枝葉先生」

「とりつくろえてねえよ。最近のガキは心と口がつながってんのか」

「そんなまさか。思ったことは四分の三だけ胸の内にしまってます」

「意味が分からねえ。三十代には高度すぎる会話だぜ」

「先生、それよりこのファイルなんですけど」

 

 小枝葉先生に先ほどのファイルを見せる。


「ああ、それか。それなら〈勇者制度〉の棚に並べておけばいい」

 

 どうやらラベル不明のため、収容場所に迷っていたと勘違いされたらしい。


「いや、そうじゃなくて、中身なんですけど……」

「おいおい、ボランティア高校生。整理しろとは言ったが、情報整理をしろとまでは言ってねえぞ。二酸化炭素吸い過ぎて、脳みそクラッシュしてんのか」

 

 教えてくれる気はないらしい。俺は〈勇者制度〉の棚に黒ファイルを戻した。

 ボランティア終了の合図は、ため息をつく大人のありがたいお言葉に入れ替わった。


「調べりゃ分かることを他人に聞くんじゃねえぞ。分かったか、青春ボーイ」

 

 どうやらこれは小枝葉先生なりの助言らしい。つまり俺が尋ねたことは調べれば分かる範疇はんちゅうの質問だということだ。

 

 小枝葉先生について二週間で分かったことが色々とある。例えば見た目ほど悪い印象はないということ。例えばダラけているようで、きちんと仕事をこなしていること。例えば観察眼にけており助言が的確なこと。


「そして、勝ち目もないくせに俺たちの担任をデートに誘い続けていること」

「うるせえな! 口と心が直結してんじゃねえか!――あーあ。相手が聖留せいる先生ならどんなにいいか……とにかくこれでオレたちの関係も終わりだ。じゃあなオツかれさん、二度とくんなよ」

 

 こうしてあっけなくボランティア最終日は幕を閉じた。小枝葉先生にはいろいろとお世話になった気がする。今度担任の品田しなだ先生に好きな色ぐらいは聞いておいてあげよう。



 *



 小枝葉先生のアドバイス通り、俺は〈勇者制度〉もしくは〈棚にあった黒いファイル〉について調べてみることにした。

 

 あくまで直感だが……男子寮修繕に対する何らかのヒントが手に入る気がしたのだ。

 

 旧資料室を引き上げるまでに背表紙だけはざっと見てみたが、やはり勇者制度に関わる資料は、あの棚にしかないようだった。つまりあそこにはもう情報がない。


〈旧〉に無いのであれば〈新〉資料室に続きがあるのでは?――と、最初の行動を決めた俺は、普段はボランティアで埋まっていた放課後を使って調査を開始した。   初めて訪れた新資料室は思っていたよりも綺 き 麗 れい で、資料室というよりも自習室のような作りだった。パーテーション付の机が多数設置されており、みな静かに机に向かっている。


「しかしアホだな、学園長」

 

 手元にあるのは〈酩酊めいてい語録〉という本である。これは学園長の趣味の一つであるお酒を飲んだ際に、思い付きで発言したありがたいお言葉が載っている本だという。

 

 たとえば――第十三条〈努力は人生の美点。しかし幸運こそ人生の武器――儂はらっきいすけべ体質になりたい〉


「俺だってなりてえよ」

 

 何がムカつくかって、前半が少し納得できちゃうところだ。この語録は教師の間では裏学園則などと呼ばれているようで、バカにしていると酩酊語録から引用された𠮟責を受けるという。無茶苦茶だが、それを通せる力を持っているのが学園長なのだ。


「あれえ、タッチーン。またまた奇遇だねえ!」

「ん?」

 

 妖怪の名が聞こえ振り返ると、当たり前のように林檎りんご先輩が立っていた。


「ん~~~~~」と、あいかわらず襟をつかまれた撫子なでしこ先輩も一緒だった。


「タッチン、なにしてんのー? 私たちはねえ、撫子の安眠場所を探してるんだよねえ。でもダメなんでしょ、撫子」

「……うん。ここは頭頂部が痛くなるから」

 

 どうやって寝ていれば頭頂部が痛くなるというのか。


「おおぉー、これは酩酊語録! お酒は大人になってからだよお?」

「いや、そういうわけじゃなくて、ちょっと調べていることがあって」

「ふうん? それってなに?――あっ」

「うさ次郎……」

 

 襟首ロックを華麗にスルーした撫子先輩が、椅子に座った俺の首にもたれるように抱き着いてくる。頭を何か柔らかいものがやさしく包む。衝突事故により作動したエアバッグだろうか。そうでなければ大変なものが頭の後ろに当てられていることになる。


「こらーーーーー!!」

 

 思わず出てしまったのだろう林檎先輩の大声と共に引きはがされる撫子先輩。

 不本意にも注目をあびてしまった。撫子先輩が近づいてくると、俺もらっきいすけべ体質になっている気はするのだが、あまりにも突然すぎるため、ドキドキする前にドタバタしてしまい、どうにも舞い上がれない。


『あれ、撫子先輩と林檎先輩だ。なんか今、誰かに抱きついてなかった?』

『白雪コンビってホントキレイだよねえ』

『男子がいきなり抱きついてたんだって……奇病かな……』

 

 相手にしたら逆に終わってしまう。聞こえないふりをして話を進めた。


「先輩って〈勇者制度〉みたいな……何かの要望が通るような制度って知ってますか? テストの科目別点数で競い合う制度とか、体育祭みたいなイベントでの特別表彰とか」

 

 あの後、俺なりに考えてみた。小枝葉先生の言葉を聞いて辿 たど り着いた予想としては、

 

 〇〈勇者制度〉の棚に置いてあるのは、なんらかの報奨付き制度であるから。

 〇タイトルがついていないのは、一概にまとめられない内容であるから。

 

 といった感じである。ただその先が見つからない。酔っぱらいの言葉ぐらいだ。


「おおー?」

 

 林檎先輩は、ぽんっと手をたたくと「そこに辿り着くかあ!」とうなずいた。


「どういうことですか?」

「えっとねえ、なんというか、それは恒例行事というか学園伝統というか、そういう感じの話になるのだけどねえ。入学して一か月以内に辿り着く生徒はまれだよねえ!」

「はあ……?」

「大抵の生徒は初回まで気が付かないんだよね。とはいえそれが醍醐味だいごみでもあるしねえ!」

「あの。林檎先輩、もう少し分かりやすく……」

「〈果報は寝て待て〉ってことかなあ!」

「……はい?」

「うさ次郎、わたしが教えてあげる。あのね、姫八ひめはち学園には不――」

「――こらーーーー!!」

「ん~~~~~~」

 

 何度目かになる襟首ストップ。撫子先輩、首が細いから折れてしまいそうだ。


「えっとね。あの制度はお祭りみたいなものなんだよお! そして一年には上級生の口から話しちゃいけないっていう風習なのだー。一年には楽しんでもらわないとねえ!」

「分かりそうで全く分かりませんね。ヒントもダメですか?」

「うーん、ヒントねえ。ヒントは〈学園長の気まぐれ〉かな」

「あの〈エロハゲヒゲじじいの欲望〉ですか」

「あははー、言うねえ」

「男子寮修繕してくれたら言うことはないんですけどね」

「ほーお、タッチンは男子寮生なのかあ」

「関わると不幸が訪れるらしいですよ」

「じゃあ私たちも気をつけないとねえ!」

「で、その話なんですけど、もう少し詳しく教えてもらえませんか?」

「もうだめー! 先が知りたいなら、撫子のために保健室を開放してあげてよーう」

「それは……ダメというか、無理ですね」

「じゃ、これでお話はおわりだーい――って、撫子もうやめなってば! 腕いたいよ!」

「んーーーーーーーー、うさ次郎~~~~~~」

 

 そのとき闘牛のようにツッコミつづけていた撫子先輩のほうから『ぶちぶちっ』という音が聞こえた。


「ん?――うおおおお!?」

 

 顔をそちらへ向けると、襟首を引っ張られ過ぎて学生服のボタンがはじけ飛んでいる撫子先輩が居た。居たって言うか、つんのめるようにこちらに倒れこんできた。

 

 ――どんがらがっしゃーん!


「あちゃー。撫子ダイジョーブ?」

「……うん。うさ次郎が守ってくれた」

「いてて……」

 

 机についたパーテーションごと倒れてしまったもんだから、ものすごい音がした。頭を打ったようで目がちかちかする!


 とりあえず起き上がらないと――むに。

 体がロックされている感じがしてるけど起き上がらないと――むに。


「……むに?」

「うさ次郎……そこは触っちゃだめ」

 

 状況が分かるにつれて焦点が合ってきた。そして自分の手の感触も。

 はて。撫子先輩が俺の上にまたがるように乗っかっている。

 そんでもって俺の手が撫子先輩の胸の上にあるのは気のせいだろうか?


「撫子! タッチンの上からどかないと!」

「うん……ごめんね、うさ次郎」

「撫子。謝るときはきちんと名前呼ばないとだめでしょお?」

「うん……ごめんね、うさ次郎」

 

 変わってない。そして謝るのはこちら側なのではないだろうか……。

 ちょうど背後に立っていたせいか、林檎先輩の位置から俺の愚行は見えなかったらしい。

 撫子先輩も見えまくっている谷間を隠す気もなく、落ちたボタンを探している。


「もーう、ダメでしょ撫子!」

「うん、ごめんね、林檎」


 その後、事務職員のかたが飛んできて、ものすごーく静かに怒られた。

 そのまま調べられるような雰囲気ではなく、俺は寮へと戻ることにした。道中、不幸に襲われた撫子先輩のことを思い出す。


「まさかこれが男子寮生の呪い……?」

 

 どうにせよ俺にとってはラッキーな事態だった。

 


 その日の夜。

 

 四人が同時に布団に入るという状況になったので、電気を落とした部屋にて尋ねてみた。


「なあ。この学園内で例えば……願いがかなうお祭りとか、そんな話を聞いたことあるか?」

 

 本当にそんなお祭りがあるのだとすれば、頓挫している男子寮修繕に大きく近づくことができる。


「ああ? なんだ今の、早口言葉か?」

「モンちゃん知ってる?」

 

 とりあえずこの二人は知らないと。


写模しゃもはどうだ?」

「『この学園は学生の希望により形を変えるシステムとなっている。今後の発展を祈り、この女子寮MAPを後進へささげる』」

 

 写模が普通のしゃべり方をするものだから驚いていると、どうやらそれは何かの文章を読んだだけらしい。


「携帯端末参照。前回使用済、女子寮データ最終ページ

「ぐうおおお、ぐがあああ」「すーすー」

 

 速攻で寝ている健康優良児二名を放置して、現役男子寮生のみアクセスのできる共有ネットワーク上に入る。


「本当だ。こんな文章あったのか」

 

 潜入することに夢中で気が付かなかった。たしかに女子寮MAPの添付文書〈そのほか注意事項〉の最後に意味ありげな一文が記載されている。


「意図不明。因果不明。しかし国立くにたちの話に関連する気配有でござる」

「おお、ありがとな――でも、この一文を信じていいんだったら、どういう意味なんだろうな……なあ、写模はどう思う? 俺たちの男子寮改修のヒントがあるんじゃないかな」

「――zzz」

「みんな三秒で寝ちゃう!」

 

 ミステリーチックな空気を出した俺が恥ずかしいじゃないか。

 

 確かに関係はありそうだ。学生の希望により形を変えるという文言が、比喩や暗喩でなく事実なのであれば、学生の希望によって校則などが変わるという意味かもしれない。まさか、女子寮MAPもそういった理由で作成されたとか……? いやでも、さすがにそんなことを許すのだろうか。いやいやでも、学園長ならやりかねない……。


「……わからん。まあいいや。考えても始まらないし、とりあえず俺も――」

 

 ――寝ることにしよう。

 

 おやすみなさい、と布団をかけなおして目をつむる。


「……、……」

「んんん……国立くん、それはダメだよお……」

「……、……」

「ええ? そ、そんなことできないって……モンちゃん見てるし……」

猪助いすけが気になって寝れねえ!」

 

 男子寮の夜は長い。


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