【試し読み】EP3


 忘れそうになるが俺は男子高校生であり、ボランティア少年ではない。男子寮の修繕を諦めたわけではないが、物事にはタイミングというものがあるはずだ。

 今の俺にできることは、授業を受けてご飯を食べて、放課後を勤労で埋めて、風呂に入って、明日に備えて早めに寝るだけである。どこにも青春がない。悲しい。

 

 しかし今は、とにかく我慢の日々だ。これは次なる一手への布石なのだ。

 

 よって学食への道すがら、廊下を歩く生徒の一部から、


『少し前に女子寮に不審者でたらしいよ』

『ほんと? なんか怖いね』

『きっとすごい凶悪な思想持ってる人たちだよ』

『反社会的な人たちなのかな……』

『脱走したゴリラらしいよ』


 などという会話が聞こえたとしても決して言い訳などしてはいけないのである。


「ねえ君たち。ボクは思うんだけど、リーダーの国立くにたちくんは反社会的ではないよ。もちろん少しエッチな所もあるけどさ。あと脱走したゴリラじゃなくて、たぶんそれ熊飼くまがいく――」

「――そおーーーーい!」

 

 猪助いすけのおでこをパチーン!


「いたい! なんなの、国立くん。おでこが痛いよ」

「俺の心を悟ってくれ! しかもなぜ俺をリーダーにした!?」

 

 猪助はおでこをさすると、腰にぶらさがった愛刀「モンちゃん(あだ名らしい)」がそこにあることを確認するかのように指先で触れた。


「あーもう、赤くなってない? 気をつけてよ。ボクは平気でも、たまにモンちゃんが自動反撃しちゃうんだからさ」

「それお前の意思だからな」

「えー違うよ、モンちゃんがボクを守ってくれてるんだよ」

 

 およそ 21 世紀とは思えない会話をしながらもやっとのことで学食にたどり着く。

 そちらはそちらで盛り上がっていたらしい金太きんた写模しゃもは先に券売機に並んでおり、俺と猪助も後ろに並んだ。


大理だいりは今日なに食うんだ? オレ、焼き肉定食――あれ? れんはいねーのか?」

「俺は肉野菜いため定食――恋は今日休みだ。俺らと違うクラスになったからな。人付き合いの苦手なやつは自主的に精神的休暇を入れないとショートしちゃうだろ」

 

 とはいえ初めて会ったルームメイト達に、恋は反応しなかった。金太と出会った日を思い出すほどに自然と触れ合っていた。やはり寮生は一味違うということなのだろうか。


「――おい! てめえだよ、おい。列に入れろよ。少し下がれや」

「俺たちのために並んでくれてたんだよなー、ありがとな。お前名前なんだっけ? ああ、カシマくんね、覚えた覚えた。じゃあコジマくんありがとなぁ。明日もよろしくな!」

 

 乱暴な声が聞こえたのでそちらを見ると、別のレーンで割り込みが発生していた。猿のような赤髪と、目つきの鋭い金髪というかなり目立つ組み合わせの生徒が、下級生の前に割り込んだらしい。列割り込みは立派な軽犯罪だって知っているのだろうか。

 

 金太が腕まくりを始めた。正義感の強い金太は自然とヒーロー的な行動をとる。これでゴリラじゃなければモテていただろう。ワンチャン、ゴリラにはモテる可能性がある。


「見てらんねえな。あれで二年かよ。大理、どうすんだ?」

「どうするも何も、俺は処分期間中だぞ。ボランティア期間が延びたほうがどうするんだ」

「おいおい、恋を救った王子様はどこいったんだよ。じゃあ放っておくのかよ」

「そうは言ってない。やるにしても目立たないような作戦立てて――と言いたいところだが、猪助が事件を起こそうとしているから止めるぞ。男子寮のピンチ到来」

「おお!? 猪助も中々やるなあ」

「ヤらせるな。モンちゃんを妖刀にする気か」

 

 さすが師範代。目にもとまらぬスピードで列を離れた猪助が、不良先輩達の真横に立ってジっと見上げていた。自然と周りにエアポケットが形成されている。


「――ああ? なんだ、お前。何かあんのかよ」

「後ろから並ばないとダメだよ」

「はぁ? お前いきなり何言ってんの?」

「だって今割り込みしたでしょ? 並んでいる人たちが居るんだからダメだよ」

「まさか俺たちのこと知らねえのか?〈姫八ひめはちの北風と太陽〉。聞いたことぐらいあんだろ」

「知らない」

 

 俺も知らない。


「――っは! なら教えてやるよ! てめえの体にな!!」

「――北陽コンビネーション!」

 

 ずいぶんと乱暴な奴らだ。会話の途中だというのに、金髪は腕を振り上げ、赤髪は大きく足を引いた。ネーミングセンスには目をつむるにせよ、金髪と赤髪の息はぴったりだ。同じタイミングで右ストレートと左ローキックを見舞うつもりだろうが、頭は悪いらしい。

 なぜ攻撃対象の腰の刀に気が付かないのだろうか。一目見て、争うべき相手ではないと分かるだろうが――って、あれ!? 猪助の腰に刀ぶらさがってない!

 

 思わず振り返る。写模が刀を抱えながらうなずいていた。まさか事件になる前に原因を取り除いたとでもいうのか。すごすぎるテクニックだが、今はそう褒めてもいられない!


「しょうがないなぁ……あれ?」

 

 スカッと抜けた手を確認する猪助は、頭に血が上っていたのだろうか、友達が消えていることに今更気が付いたらしい。

 猪助は斬撃スピードだけは優秀だが、それ以外は可愛かわいい顔をしたか弱い男の子……じゃなくて、筋肉もさほど付いていない細身の男子高校生だ。意外とドジっ子属性も備えており、今だって友達が消えていた驚きからか攻撃をける気配がない。


「金太!」「おうよ!!」

 

 俺達は左右から挟み込むように猪助の前に立った。

 ――バシーーン!  

 金太は赤髪のローキックを筋肉(アブドミナル・アンド・サイ)で受け止め、俺は金髪のJKDジークンドー通信講座で鍛えた技術でさばいた――つもりだったが、金髪は大げさに振り上げたこぶしを振り子にするような独特なを繰り出してきた。

 

 つまり完璧に無防備だった太ももに、蹴りがクリティカルヒット。


「~~~~ッ!?――あんた、モーションがおかしいだろ! キャラ属性が対極なんだから攻撃手段もパンチとキックで分けるべきだろうが!」

「ああ!?  んだよ、てめえら! どこから湧きやがった!」

「オレたちのコンビネーションにケチつけんじゃねえ!」

 

 暴力が発生したためか、周りがざわついた。まずい。なんとか収拾させないと……。

 いつの間にか近づいていた写模が猪助に刀を返しながら、不良達に顔を向けた。


「貴兄らは引くが吉。我ら男子寮生。触れると不幸になる存在でござる」

 

 なんだそれ、と思う間もなく二人組は過剰に反応した。


「てめえら〈ヤモリ〉かよ! 先に言えよ、くそ! ふっかけてきたのはてめえらだぞ!」

「そうだ、俺たちは悪くねえからな!――おら! どけ! 見せもんじゃねえんだよ!」

 

 今までの争いがうそだったかのように元の喧騒けんそうが戻ってくる。北風と太陽は消え、からまれていた男子生徒は困ったように頭を下げて立ち去った。

 刀にほおずりをしていた猪助がハッとなり、前に立つ俺に頭を下げる。


「あ……ありがとう、国立くん」

「おう、あんまり無茶するなよ。ま、何かあっても男子寮生、助け合いでいこうぜ」

「うん。わかった」

 

 コクコクと頷く猪助が可愛い……とかそういうことは断じてない!

 立ち去る二人組にポージングで威圧していた金太は放っておくことにして、気になるワードが耳に残っている。


「写模。さっきの〈ヤモリ〉ってなんのことだ?」

「我ら男子寮生は、快適な学園生活と過酷な寮生活を当たり前のように行き来する存在。つまり水陸両用の両生類のごとき生態。故に、付けられたあだ名が〈ヤモリ〉。男子寮生は様々な猛者ばかりであり、関わるともれなく不幸が訪れるという学園七不思議の一つ」

「俺たちは七不思議の一つなのか……」

 

 しかし、おかしな話だ。


「たしか〈ヤモリ〉って爬虫類はちゅうるいだよな。両生類なら〈イモリ〉だろ。理由はあるのか?」

「テストに出ない故、気が付く生徒が居なかっただけだろう」

「ここ一応、進学校だろ……」

「よって、これも七不思議の一つ」

「男子寮で二つ!?」

 

 また一つ、携帯端末に微妙なメモが増えた一日だった。



 *



 

 初々しい学園生活もしばらくすれば様々な変化が見て取れる。

 

 友達のグループが固まったり、行動が習慣化したり。あとは見落としていた近道だとか、先生の口癖だとか、学校のくだらない七不思議だとかに気が付いたり。

 

 俺がそれに気が付いたのは、つい最近のことだった。


「やけに机がきれいだ」

 

 部屋割りが関係しているのかクラスも同じとなった面々――金太・写模・猪助は近くに見えない。


「たしか昨日、学園長の悪口俳句をここに書いていたはず……」


〈ハゲなのに  おヒゲはふさふさ  なぜだろう〉――それが消えている。それどころかピッカピカに光っている。


「なぜだろう……?」

 

 なぜハゲなのにおヒゲはふさふさなのだろう。

 理由が分からぬまま次の授業の準備をしていると、机の中に見知らぬノートを見つけた。


「なんだこれ」


〈数学〉〈1年花組  名前 東條風花とうじょうふうか〉と書いてある。


「こんな名前の女子なんて居たっけ?」

 

 女子と決めつけるのもなんだが、可愛い感じの字だし女子だろうと思う。


「悪いが、調査のために中を拝見させてもらおう」

 

 ぱらぱらとページをめくると、付箋がやたらと目についた。そして答えも直に分かった。


几帳面きちょうめんな子だな……」

 

 学習ノートの角には日時や場所を記載する欄がある。少なくとも俺の周りにはそこまで記載する奴はいないが、手元のノートにはきっかりと記入してあった。


〈場所  花組教室  日時  4月6日   20 時〉

 

 注目すべきは時間だ。 20 時から数学の授業が始まっていることになっている。


「つまり夜間学生ってことだな」

 

 姫八学園には多様な学生ジョブが用意されている。それは様々な理由から学問を諦めねばならない者への救済措置らしい。学費免除は特待生の特権だが、ジョブ制度は生活費などの金銭援助が中心だ。

 このまえ追いかけられたメイド。あれも国家資格取得者に混じって、学生メイドが混じっていた。学生メイドは寮費が免除され、基本的には夜学へ通うらしい。


「さて、それはそうとして――」

 

 推測するに夜間学生は俺の机を使っている。さらに使用するごとに綺麗きれいに掃除をして帰ってくれているようだった。物への感謝が強い子なのだろうか。どうにせよ感謝しかない。

 なにかお返しがしたくなった。


「ふーむ」

 

 俺は手元のノートに目を落とした。字は綺麗だし真面目なようだが、数学にかんしては苦手なようで、カラフルな付箋に〈あとで調べる!〉とか〈解き方からわからない……〉などと書いている。オリジナルの犬のイラストが描いてあって、悲しそうに泣いていた。


「……よし!」

 

 くるりと指先でシャープペンシルを回すと、俺は付箋へ〈助言〉を記入していった。

 僭越せんえつながら勉強は苦手ではない。タバ姉ほどではないが記憶力も良いほうだ。ここはひとつ勉強のお手伝いで感謝の意を示そう。

 

 少なくとも決して出会いを求めての行動ではない。ボランティアをしているんだし、そもそもそれは人命救助だったわけだし、ここらで一つ良い出会いがあっても良いんじゃない!? などと期待しているわけでもない。本当。本当だよ! 本当だからね!?


「この程度でいいかな」

 

 数学が苦手な人でも、十分に分かるような〈理解へのコツ〉を中心に書き入れておいた。

 これで十分だろうが、これだけだとメッセージの意図が伝わらないかもしれない。


「ついでに一言書いておくか」


〈机を綺麗にしてくれてありがとう。付箋のコメントは感謝の気持ちです。少しでも役に立てば嬉しく思います。国立大理〉


「これで良いだろ」

 

 うんうんと頷き、自己満足に浸る。


 冗談はさておいて――その時の俺は本当に、これで終わりだと思い込んでいたのだ。

 しかしこの話には続きがある。東條風花さんのノートに助言を書き込んだ翌日のことだった。期待すらしていなかった青春ルートに一筋の光が差し込んだ。


「ん……?」


 荷物を机に押し込もうとしたところ、何か引っかかるものがあった。一度荷物を引っ張り出して、手探りしてみると、出てきたのは一冊のノート。


「あれ、これって……」

 

 どう見ても昨日と同じ数学のノート。持ち主は東條風花さん。


「見つけられなかったのか……?」

 

 昨日と同じようにノートが入っていた。もしかすると、気が付かなかったのだろうか。しかし昨日も夜学はあったはずなのでそうとは思えない。

 俺は何気なくノートをぱらぱらとめくってみた。


「おお……?」

 

 その瞬間、全てが杞憂きゆうであったことを知った。

 ノートを開くと大きな付箋が一枚ってあり、〈ありがとうございます! とってもよくわかりました。いつも机を貸していただいてありがとうございます! 東條風花〉とあった。なるほど。これは交換日記的な返答ということか。

 

 サプライズとは恐ろしいものだ。ボランティアですさんでいた心が途端に躍動してきた。


「まさしく今、俺の青春が始まったのでは……? これは昔話的な〈良いことした人へのボーナスタイム〉なのでは……!?」

 

 甘酸っぱい展開が、何気ない一日からスタートしているのでは!? 

 何が良いって、俺が貸している机でもないのに真面目にお礼を言っているところが良い。

 学園の備品なのにすごい感謝されてる。そうか。この子は可愛かわいいのだ。だから素直なのだ。間違いない。やった! やったぞ!


「苦節十数年。やっと俺にも春が――」

「――なにしてるの、ダイリ」

「うおおおお!?」

「……どうしたの。何を隠したの?」

「どうもしないよ、恋くん。片づけただけさ。それと気配を消して近づくのはやめようね」

「ふうん……? まあいいけど。ご飯、いこうよ」

 

 危ない。俺を取り巻く奴は青春ブレイカーばかりだ。バレないように気をつけねば。

 

 放課後、俺は再び一行程度のやり取りと勉強の助言を記入した。

 

 その日から顔も知らぬ生徒――東條風花さんとの交換ノート勉強会が始まった。



 *



  それは〈とある〉夜のことだ。同じく〈とある〉団体との出会いをここに記しておこうと思う。

 

 俺達〈男子寮ルームメイト〉は写模に誘われ、普段は行こうなどとは考えもしない、男子寮の奥も奥――体感温度が数度は下がりそうな未踏の地へと足を踏み入れていた。


「どこに行くんだ?」と皆が尋ねても「ついてくるでござ――のだ」と隠しきれていない忍者語でごまかされるばかり。写模を除いた三人の頭には〈?〉マークが何個も浮かんだ。

 

 しばらく黙ってついていくと、先導していた写模がようやく立ち止まった。一見するとどこにでもありそうな倒壊しそうなドア。押し開くと、さらに下へと続く階段が現れた。


「地下室なんてあったのか、この男子寮」

「うおお! ちょっとわくわくしてくるな! 宝とかねえかな!?」

「ボク、幽霊とか苦手なんだよね……モンちゃんでも斬れないから……」

 

 写模は勝手知ったるなんとやらといった感じでスタスタと階段を下りていく。カビ臭くはあるが、他の部屋と違ってほこりっぽくない。人の出入りがある場所のようだ。

 

 しばらく下りていくと再びドアが現れる。写模がゆっくりとドアを押し開くと――。


「おお……!?」

 

 そこはおんぼろ男子寮の地下室には似合わぬような整備された空間だった。空調は稼働しライトも照っている。壁一面に写真がぶら下がっており、机やいすも整然と並べられている。雰囲気としてはカードショップが近い。かなりの数の男子が室内で何かをしていた。


「ここがDVDの本部でござる」

「DVD?」

 

 なにかの略称だろうか。


「男子寮・童貞(ヴァージン)・同盟」

「……、……」

 

 言葉が浮かばない。男子寮が七不思議に数えられるのも仕方がないほどにコアな組織だ。


「大理、見てみろよ、色々すげーぞ! あ、これ恋じゃねえか?」

「なに……?」

 

 聞くはずのない名前につられて壁の写真を見た。

 写真だと思っていたそれらはどうやらカードのようである。撮った写真を加工してカード化しているようだ。右下やら左下に数字が書いてあったり、能力が設定されているところを見ると、対戦型カードゲームのようだ。品ぞろえは全てが〈女子のカード〉だった。

 

 ウルトラレアの列に〈1年星組  みなみ恋〉とある。ホログラム加工までしてあった。


「おい、写模。ここって一体……」

理由わけあって我はDVDでEDとなった」

「EDの意味によっては悲しい話になるぞ」

「ED即 すなわ ち〈エグゼクティブ童貞〉」

「どうにしろ悲しい話だった……」

 

 写模の話をつなげていくと、〈盗撮していたらDVDのメンバーに声をかけられて、短期間でDVD史上最大の貢献をしたところ、役員に抜擢ばってきされた〉ということらしい。


「すげえなあ!」と金太は感心しっぱなし。

「うーん、業が深い……」と猪助は若干引き気味。

 

 俺はというと恋のカードを見たせいで、あまり盛り上がることができなかった。アイツがそういう目で見られていると、昔から複雑な気分になってしまう。別にいいけどね!?

 

 いつの間にか移動していた写模は手作り感満載のステージに立つと、「我らが主君、サンジュウシの御登壇ごとうだん」と口を開いた。

 

 言葉を合図にして、部屋の隅から三人の人間が現れ出た。各々が動物のお面をしていて、右から順に〈きつね〉〈たぬき〉〈猿〉だった。姿から推測するに〈三獣士〉といったところか。

 

 三匹?は、同時に一つ頷くと、さほど大きくはないがよく通る声で順に宣言した。


「我らは童貞魔法使い!」「女子はフェイスとバストとヒップ!!」「性格ブスには天罰を!!」

『『『『『うおおおおおおおお!!』』』』』と沸く オーディエンス。


「うおおおおおおおお!!!」とまれる金太は入会決定。


「しかし……なるほどな」

 

 どうやらここは男子の欲望が具現化した場所らしい。周りを見てみると、実在する女子生徒をカードゲーム化して遊んでいたり(裏を見たところカードゲーム名は〈ガールズ×ルーラー〉というらしい)、ブロマイドを売っていたりと商魂たくましい。

 あたりを見ると猪助が居ない。どうやら早々に立ち去ったようだ。

 まあ、アイツには似つかわしくないだろう。どっちかというとカード化される側な気がする。俺はいらないけどな! いらないからな! 本当だよ!?


「げ。タバ姉がレジェンドだと……?」

 

 売りものではないらしく、何かの景品らしい。他は盗撮されたようなアングルなのにタバ姉のカードだけカメラ目線。盗撮でベストアングルを撮らせるとは実にタバ姉らしい。


「あれ。撫子なでしこ先輩と林檎りんご先輩もレジェンドか」

 

 俺の周りレアリティ高いな……。黙っていないと不都合な事も色々と出てきそうだった。


「国立」

「ああ、写模。これを俺たちに見せたかったのか?」

「是。本来、一年は二学期まで参加のできぬ行事。しかし拙者に免じて参加が許可。寮生以外でも認可されたものは在籍可。悪くはない集いだが、どうだ」

「ちなみにサンジュウシってのは、先輩寮生か? 三つの獣の士で〈三獣士〉?」

「是であり否。サンジュウシは先輩寮生であるが、三つの重い死で〈三重死〉」

「なんで三回も死んでんだ」

「早漏→留年→幼女好き」

 

 ダークサイドに落ちていた。


「金太は入ると思う。こういうノリは意外と好きだからな。あいつも入会条件を満たしていることは、俺が保証する」

 

 俺もだけどね……。


「了解した」

 

 雰囲気からして俺が入会しないことは理解したようだ。どうもタバ姉の顔を見せられると、欲望スイッチがオフになってしまう。姉のハダカを見ると萎えるときと同じ法則だろう。いや、見たことはないけど。


「じゃあ俺も行くよ、ありがとな――って、あれ?」

 

 出口に向かおうとした所で、ばら売り一〇〇円と書いてある壁掛けブロマイド群の一枚に目が留まった。思わず立ち止まり、まじまじと見てしまう。


「売り上げは運営費。営利目的に非 あらず」

「いや、そうじゃなくて、この写真に写ってる子……」

 

 メイド服姿の少女の写真だ。ぱっと見、学生服の時と印象が違うので見逃しそうだったが、じっくりと見てみれば間違うこともない。写真のメイドは――〈おしり神〉だった。


「現時点で名は不明。ランクはレア以上は確定。カード化前のため一律一〇〇円でござる」

「よし買った」

 

 俺はじっとりとした熱がこもったDVD本部を後にすると、若干遭難しかけながらも一人で部屋に戻った。猪助はすでに寝ているようだが、二人の決まり事で二三時三〇分までは電気をつけていいことにしている。

 

 布団に寝転んで、透かすように写真を掲げた。


「メイドだったんだな。学生服を着てたし、学生メイドってことになるのか」

 

 俺は写真に語り掛けた。名前も知らぬ助け人。そして可愛い。タイプだ。


「……勢いで買っちまったが恋に見つかったら面倒だな」

 

 考えた挙句、未使用のノートに挟んでおくことにした。これで一安心。

 

 ガールズ×ルーラーのエントリーデッキを満足そうに買って帰ってきた金太をやさしい目で見守ってから、俺は夢の世界へと旅立った。


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