八 , 襲撃

太陽が丁度、空の真ん中に差し掛かった頃。玄関のドアが数度叩かれ、訪問者が自らの来訪を告げる。


「御免。こちらはアランさんのご自宅で間違いないでしょうか」


男性の声。僕より少し年上だろうか。


僕は椅子から立ち上がって、玄関へ向かう。


「どちら様ですか」


いざという場合に備えて腰の剣に触れながら、ドア越しに問いかける。尤も、それなりに人通りのある時間なので最低限気を払っているだけだ。


「俺は、師匠…ではなくて、店主ドロニカの使いの者です。剣が打ち上がりましたので、お届けに参上した次第です」


堅苦しい雰囲気の喋り方だ。しかし、敵意は感じられない。


「今開けます」


ドアを開け、扉に備え付けていた鈴がちりんちりんと軽快な音を立てる。その奥から現れたのは、真っ黒な長髪を後頭部でひとつ結びにした、精悍な顔つきの青年だ。


「アランさん、ですね」


僕の目を真っ直ぐに見つめて問う青年に、頷いて応える。


「僕がアランです。あなたは」


「申し遅れました。俺はアサギと言います」


アサギと名乗った青年は、胸に手を当てて一礼する。目線は完全に足元だが、どうにも隙が感じられない。


「東方より流れるままに修行の旅をしている最中、店主に出会い、鍛冶の技を学ぶために弟子のひとりとして置いてもらっています」


そう聞くと、彼の隙のない所作に納得がいく。


「旅人だったんですね。それでどうにも隙がないんだ」


そう言って褒めると、アサギは頬を掻いて照れた様子を見せる。


「俺などまだまだです。それを言うのであれば、アランさんこそ」


不意に、アサギの視線が鋭さを見せる。


「その歳でトロウルを狩ったそうじゃないか」


ぞくり。


不意に、目の前の青年から放たれた殺気に背筋が凍る。


咄嗟に後ろに跳び、腰に挿していた剣を抜く。


「…ドロニカさんの弟子だって話、とても嘘には思えなかったけど」


アサギの動きに注意を払いながら問いかけると、彼は余裕のある所作で背中の反りのある剣を抜き放つ。


「嘘じゃないさ。俺は嘘が嫌いだ」


床に剣を投げ置き、両手で剣を構えるアサギ。


「俺の話に嘘などない。おっと、お前が誤認するよう、わざと胡乱な言い方をしたというわけでもないさ」


そう言いながら、玄関から中へ踏み込んでくる。


「ただ、お前を斬る理由は言えん」


愉しそうに言葉を放ち、アサギは姿勢を低くすると、剣を水平に構える。


とにかく、今は戦いに集中するしかない。


目の前の青年を観察する。


まず、真っ先に注意が惹かれるのは独特な形をした剣だ。


僅かに剣先が曲がった片刃の剣は、曲刀シャムシールのように見える。


だが、通常片手で扱われるそれと違い、アサギの持つ剣は明らかに両手で使うことを想定した大きさをしている。


刃渡りはおよそ僕の腰から上ほどの長さがあり、刃は研ぎ澄まされた銀。


持ち手は握りこぶし三つか四つほどの長さで、左手は小指で柄を握り込むようにしっかりと握られ、右手は平たい丸型の鍔に密着するように添えられている。


「そういえば、俺の獲物は西方では珍しいんだったな」


どこか楽しそうにアサギが言う。


「こいつについても、後で教えよう。今は、ただ戦おう」


その言葉に、僕は得も言われぬ違和感を感じる。


「はっ!」


だが、正面から突進してきたアサギによって、思考は強制的に打ち切られる。


突き出される剣を、左に軽く跳んで躱す。着地と同時に逆袈裟に振るわれた斬撃をしゃがんで避ける。


髪が数本宙を舞い、背筋が凍る。


続けざまに、手首を返して右に切り上げ。首を狙ったそれを、咄嗟に剣で上に受け流す。


「今だ!」


体制が崩れた瞬間を狙って、アサギの懐に飛び込む。


片手用の僕の剣はアサギの持つそれに比べてリーチでは劣る。


しかし、懐に飛び込めば両手で扱う武器では不利な立ち回りにならざるを得ない。


「はぁっ!」


左手で、剣を水平に薙ぐ。上に跳ね上げられた武器を戻していては間に合わない速度だ。


――ざくり。


ぽたぽたと、血が流れ落ちる音がする。


だが、僕の剣は、アサギの腹部に届く前に止まっていた。


「新米だと聞いていたが、良い腕をしている。天賦の才か」


僕の目の前で余裕の表情を見せるアサギ。



アサギの背後で、からからと金属音がする。


彼は剣が弾かれた瞬間にそれを手放し、さらにあろうことか無手のまま僕の剣を受け止めたのだ。


「負けました」


素直に敗北を認める。


アサギの態度で、先程感じた違和感の正体も掴めていた。


「あれだけ殺気をぶつけてやったのに、やけにあっさりと負けを認めるんだな。命が惜しくないのか」


僕が剣を手放すと、アサギも両手の力を抜き、剣を地面に落とす。


「君からは、最初以外まったく殺意を感じなかった。むしろ、最初にありもしないそれをぶつけて僕をその気にさせただけかなって」


その言葉を聞いて、アサギは笑う。


「そこまで分かってたか。やはり、新米といえど死線をくぐった人間は強くなるものだな」


「それで、君は何者なんだ」


嘘を吐いている様子はないが、しかしそれだけでは彼の行動は説明がつかない。


「実は、師匠の話を聞いてアランに興味が湧いてな。少し手合わせをしたくなったのさ」


「それだけの理由にしては、芸が細かったけど」


わざわざ殺す振りをしなくても、言われれば練習相手になるぐらいなんてことはない。


だが、アサギは両手をひらひらと振って僕の考えを打ち消す。


「いやいや。本当の強さってものは、命をかけた戦いでしか磨かれないものだ」


それに、と一呼吸置いて、アサギは続ける。


「実際、本気だっただろ?」


そう言われて、言葉に詰まる。


事実、最後の攻撃を防がれる時まで、命のやり取りをしているつもりで戦っていた。


だが、それでも殺す気なしで戦ったアサギに負けたのだ。


「アサギは、強いんだね」


アサギの方がずっと戦いの経験を積んでいることは分かっている。が、それでも悔しさは隠せない。


「そこは経験の差だな。どれだけ努力を重ねても、死にかけた中で得たものには勝てん」


その言葉で、先程の技を思い出す。


「さっきの、素手で剣を受け止めたのも"死にかけて得たもの"なの?」


僕の問いに、アサギは大きく頷く。


「あぁ。護衛の依頼の最中に、敵の数が多すぎて刃が駄目になってしまってな。無手で戦う必要に迫られて、その時にな」


「元々、さわりだけは俺に剣術を教えてくれた人に習っていたんだが。結局うまくいかず、死にかけて初めて成功したんだ」


こともなげに言うアサギだが、とんでもないことを言っているように思える。


やはり、実戦経験こそが強くなるために必要なことなのだろうか。


「アランも、興味があるなら覚えると良い。仕組みは単純、相手の剣閃が走る場所を読んで、ちょうどよく手のひらで挟み込むんだ。手のひらの皮は駄目になるが、それで命が助かるなら些細なことだ」


「…とんでもない技だっていうのは分かったよ」


いつかこの技が僕の命を救うことがあるんだろうか。


…ないと思うが。


「まぁ、なんだ。とにかく驚かせてすまなかった。師匠から話を聞いてどうしても手合わせしたくなったんだ」


本当にすまなさそうに、だが後悔もなさそうにアサギは言う。


「詫びといってはなんだが、困っていることがあったら手を貸すぞ」


困っていること。


頼み事ができるというのであれば、アサギに頼むことは決まっていた。


言葉を選びながら、僕は口を開く。


「それなら――――」

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