五 , 記憶の整理

早朝に目を覚まして、ルーシャと一緒に体を動かす。


汗を拭いて、酒場か自宅で食事を取り、その後は各々好きなように過ごす。


数日の間に習慣づいた日常は、僕の思い描いていた冒険者とはかけ離れたありふれたものだったが、これは思いの外心地よかった。


冒険者だった両親は冒険の最中に命を落とし、ひとり残された僕は後を追うように冒険者を目指した。


「なんで僕は冒険者になろうと思ったんだろう」


椅子の背もたれに背中を預け、天井を見上げて呟く。


「人助けの為じゃないの」


僕の対面でぱらぱらと本の頁をめくっていたルーシャが、顔を上げずに答える。


たしかにそうだ。両親はいつも、誰かのためになる冒険しかしなかった。魔物に困ってる人がいれば魔物を狩り、労働の人手が足りないと言われれば喜んで手を貸した。


あまり剣の腕が立つ方ではなかったが、他の冒険者からも、一般人からも頼りにされていた人格者。僕にとって、胸を張って誇れる両親だった。


だけど、その両親はもう居ない。商隊の護衛任務で、魔物に襲われて死んだと聞いている。魔物の数が想定より多く、他の冒険者や商人が逃げる時間を稼ぐために命を捨てたとも。


そんな両親の訃報を聞き、悲しみに暮れ、その日の内に冒険者になることを決めた。生きるために稼ぐ必要があったし、両親の代わりに誰かを助けたいとも思ったからだ。


両親のことを思い出していると、ふと彼らの使っていた冒険道具のことを思い出す。


「そういえば。父さんと母さんの荷物、まだちゃんと整理してなかったな」


それらは、二階の倉庫に置かれたままずっと放置されたままになっているはずだ。


家の二階には同じ間取りの部屋が三つある。それぞれが、両親の部屋、僕の部屋、倉庫として使われていた。今は、ルーシャが両親の部屋を使っている。


僕が立ち上がると、ルーシャも本を閉じて立ち上がる。


「アランのご両親、冒険者だったんだよね。わたしも興味ある」


特に断る理由もなく、僕はルーシャと一緒に倉庫へ向かう。両親の死後しばらくは整理のためたびたび開かれていた扉。


だが、今は数年間の時を経て立て付けも悪くなり、僕も少しずつ存在を忘れていったため、ずっと閉ざされたままになっていた。


ドアノブを回して引っ張る。だが扉が上下から圧迫されているように開かず、僕は一度息を吸い込んで、力を入れて思い切り引っ張る。


何度かそうしている内に扉が勢いよく開かれ、バランスを崩しそうになる。ルーシャと一緒に倉庫の中に足を踏み入れる。


左右の壁には天井付近まで伸びる背の高い棚があり、床には所狭しと木箱が置かれている。棚と木箱の両方には、様々な冒険道具や書物が納められている。


正面にある窓が取り付けられた壁には、隣接するように机が置かれており、机の上にも小さな本棚が置かれ、分厚い背表紙の本がぎっちりと詰め込まれていた。


手近な木箱に手を突っ込み、中にある道具を取り出す。綺麗に畳まれた革製の背負い袋に、水袋。火口箱やランタンもある。


予備として用意されていたものから、必要なかったから置いていったものまで、色々なものが置き去りにされていた。


埃と黴の匂いを身に纏ったそれらは、僕の両親に置いていかれたように、劣化してなおこの世界に留まっている。


「…これは捨てたほうが良さそうだ」


埃を吸い込まないよう手で口元を隠しながら呟く。ルーシャを振り返ると、彼女は本棚に納められている本を取り出し、ぱらぱらと中身を確認している。


ルーシャはよく本を読む。僕の家に住むようになってからは、両親の部屋に置いたままになっていた本を読んでは戻して時間を潰していた。


読む本の方向性はまちまちで、創作の冒険譚を読んでいることもあれば、冒険者の伝記を読んでいることもある。


ときたま、酒の席で語られるような魔術に関する眉唾な内容の本を読んでいることすらあった。


読書家というのはある程度好む本が決まっているように思っていたが、どうやらルーシャはそうではないらしいのだ。


「ルーシャ、何か気になる本があった?」


気に入ったものがあったら読んでもらうほうが、本にとっても良いだろうと思う。だがルーシャは、僕の質問には首を横に振る。


「わたしが気になるのは、アランのご両親のほうかな」


冒険者が同業者の道具や技術に興味を持つことは多い。技術と信用で生計を立てる全ての人間はおおよそそうだろうが、ひとつのミスが死につながる冒険者はなおさらだ。


「アランのご両親が持っていた本、どうにも決定的なものが欠けていた。でも、ここにならそれがあるのかも」


そう言いながら、ルーシャは本を流し読みしては本棚に戻し、また新たな本を手に取る。


「決定的なものって?」


僕の両親は普通の冒険者だったと記憶している。それとも、ルーシャは彼らの持っていた本から、隠された本の趣味を暴いてしまったのだろうか?


「えっと。もしかしたらアランのご両親、魔術に造詣が深かったんじゃないかと思って」


ルーシャの言葉に、僕は脳内で疑問符を浮かべる。魔術?


魔術は、自然に満ちるマナと生命に宿るマナを混ぜ合わせ、命を持たないものを変異させる技術のことを指す。


しかし、父も母も、魔術などという高度な技術を使っていた記憶はない。彼らはずっと剣一本で戦っていたはずだ。


僕の両親について、僕の思っているそれとはまったく違う感想を抱くルーシャ。また次の本に手を伸ばして、それから本の背表紙に指をかけたまま固まる。


「この本」


呟きながら、本棚から抜き取る。他の本とそれほど異なるようには見えない。本の題名は、


「捨てられた魔術」


僕が心の中で読み上げるより先に、ルーシャが読み上げる。


僕は魔術に関する知識は殆ど無いに等しい。しかしルーシャは何かその本に思うことがあるのか、本の表紙を見て固まっている。


ゆっくりと表紙の端に指をかける。しかし、いつまでも表紙が捲られることはない。


「アラン。この本、借りてもいいかな」


表紙を捲る代わりのように。指を表紙にかけたまま、顔だけを隣の僕に向けて、ルーシャは問いかける。


「いいよ。元々、旅に出る前に殆どのものは捨てるつもりだったし」


僕がそう言うと、ルーシャは表情を動かさずに、ありがとう、と小さくお礼を言った。


いまだ本の表紙にかかったままのルーシャの指は、少しだけ震えていた。

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