四 , 僕らの関係

ルーシャと一緒に市場を歩きながら、乾燥させた肉や果実、パンなどの日持ちし、かつ持ち運びに適した食材を買い込んでいく。


どうやらルーシャは酸味の強めな果物が好きなようで、甘い果物が好きな僕とは好みが異なるらしい。


僕は食料が入った紙袋を持って歩く。隣を歩くルーシャはというと、先程買った柔らかいパンに、油が乗った豚肉と新鮮な野菜を挟んだサンドを両手で掴み、頬張っている。


喉を小さく動かして飲み込んだ後、唇についた油を舌で舐め取る。


その何気ない動作が、数日前のルーシャの行動を僕に思い出させる。


僕の唇が、シーツ越しの体温を思い出す。ルーシャを見つめたまま僕が赤くなっていると、彼女は不思議そうな目で僕を見返す。


「わたしの顔、何かついてる?」


きょとんとした顔でそう聞くルーシャに、なんでもない、と返し、紙袋で顔を隠して歩く。


ルーシャは首を傾げているが、やがて僕への興味より目の前のサンドへの欲求が勝ったらしい。やがて、再びそれを頬張りだす。


最後の一口を食べ終わり、ルーシャは満足そうにお腹に手を当てる。


「おいしかった」


そんなルーシャに、良かったね、と返してから、先程の熱を忘れないうちにルーシャに問いかける。


「ルーシャ。えっと、答えたくなかったら答えなくていいんだけど」


そう前置きしてから。


「あの時、僕が目を覚ました日にさ。その」


恥ずかしさから僕が口ごもっていると、ルーシャが僕の言葉を遮る。


「その話。帰ってからでいいかな」


隣に立つルーシャの表情は、どこか硬い。


「分かった」


それからは、僕らは言葉を交わさず、ただ歩く速度だけを合わせて、ゆっくりと家に帰った。


――――――――――――――――――


家に帰り着くなり、ルーシャは口を開く。


「あの時の…シーツ越しのあれは、忘れて」


僕に背を向けたまま、ルーシャはそう言う。


「わたしね。アランのこと、好きだった。ううん、今でも好き」


振り返り、静かに笑いながら。


「アランは、わたしが知ってる人間とは、まったく正反対の心を持ってた」


だけど、いつもの見惚れるような美しい笑顔ではなくて。


「だからかな。アランのこともっと知りたくなって、もっとアランのそばに居たくなって」


それは、自分の気持ちを抑えるために無理矢理浮かべているような、苦しそうな笑顔に見えた。


「だけど。わたしに、誰かを好きになる資格なんてないの」


笑いながら、悲しそうにルーシャは目を伏せる。


「だから、あの時わたしがしたこと。今わたしが言ったこと。全部、忘れて」


一筋の涙がこぼれる。


「全部忘れて、ただそばにいて」


静かに泣きながら僕に微笑むルーシャ。


「誰かを好きになってはいけないなんて。そんなことがあるの」


やっと出た言葉は、きっと今のルーシャが求めている言葉ではない。


「わたしは、他のみんなと違うから。生きてきた過去も、これから生きる未来も」


表情を崩さないまま、ルーシャの涙はぽろぽろとこぼれ続ける。


「ルーシャ。君が何を抱えているのか、僕には分からない」


ただ、ルーシャの心に希望を残したくて。必死に言葉を探し、彼女に伝える。


「君が話したくないというのなら、それでいい。だけど」


言葉を区切り、彼女の目を見つめて。


「君がそばに居て欲しいというなら、僕はそばに居る。君が笑えというのなら、笑ってみせる」


ルーシャの手を取って、包むように握りしめる。


「いつかきっと、君が全てを話せるように、僕がそばに居る。今は、これでいいかい」


僕の言葉を噛みしめるように、ゆっくりとまばたきをして。


「ありがとう、アラン」


ルーシャは、嬉しそうな、静かな泣き笑いを浮かべる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る