三 , 少年少女はもどかしい

店に残された僕は、目の前の鍛冶妖精ドワーフの男性と顔を見合わせる。


「それじゃあ、そういうわけで僕の剣を一振り、お願いします。えっと」


そういえば、彼の名前が分からないのでどう呼んだものか。そんな僕の様子を見て、彼は笑う。


「ドロニカだ。一応、この店を預かってる。鍛冶一筋四十年、値段に見合った仕事はするぜ」


ドロニカさんはそう名乗ると、僕の体を眺めてこう聞いてくる。


「嬢ちゃんはああ言ってたが、兄さん懐事情はどんなもんだい」


商売上、やはり気になるところだろう。相場がわからない僕は、とりあえず背負い袋からお金を詰めた袋を取り出す。


トロウルを撃破した報奨金の半額。手付かずのままだったそれをドロニカさんに渡す。


「とりあえず、手元にこれだけあります。相場がどれぐらいか分からないんですけど、足りますか」


それを受け取ったドロニカさんは、袋の中を確認して驚いたように目を見開く。


「こいつは…お前さん、見かけによらず稼いでんだな」


感心したように言われ、僕は慌てて否定する。


「これ、たまたまなんです。ルーシャ…あ、一緒に来てた女の子と一緒にトロウルを倒した時の報奨で」


そう言うと、ドロニカさんはさらに目を見開いて、カウンターから身を乗り出して言う。


「あんた、噂の二人組か」


噂の?


「そんなに噂になってます?」


思わず聞き返す。酒場では度々話題に上がっていたが、外にまで噂が及んでいるとは思っていなかった。


「鍛冶、依頼の斡旋、酒場。冒険者と関わる仕事なら、あんたらの噂を聞いたことないやつのほうが珍しいぜ」


ドロニカさんの言葉に、今度は僕が驚く番だった。


「そこまで広まってるんですね」


ドロニカさんはカウンターに袋を置き、腕を組んで頷く。


「そりゃな。トロウルぐらいの大物となると、四人ぐらいの集団で倒すのが基本だからな」


確かに、怪我が治るまでにルーシャに聞いた話にそんな内容もあった気がする。どうやら、僕は自分で思っていたよりも凄いことをしたことになっているらしい。


「兄さんにうちの剣を使ってもらえるなら嬉しいもんだ。それじゃ、いよいよ剣について話すか」


話題は本題に移る。といっても、僕は剣に詳しいわけではないので、ドロニカさんに殆ど任せることになるだろうか。


そう思っていたのだが。


「んじゃ、まずこいつを振ってみてくれ」


そう言って、ドロニカさんは剣を一振り、僕に渡してくる。


「え?あ、はい」


思わず受け取る。が、遅れて気づく。


「振るって、今ここで?」


僕の言葉に、ドロニカさんはそれ以外何があるんだという顔をする。


「そうだ。周りを見てもらったら分かると思うが、この店はカウンターの外をかなり広く取ってる。剣を振り回しても安心の設計だ」


僕が聞きたいのはそこではない。


「剣を作るのに、ここまでするんですか」


ドロニカさんは大きく頷く。


「普通はここまではやらん。が、これだけの金があればかなり細かい調整も融通を効かせられる。兄さんの体に合う剣に仕上げるためにも、しっかり兄さんの剣さばきを見せてもらうぜ」


確かに納得の行く説明だが、まじまじと剣を振っているところを見られるのはなんとなく恥ずかしく感じ、気後れしてしまう。


だが、ドロニカさんは構わず、店の奥から金属鎧を着せた案山子を運んでくる。


「納得してもらえたみたいだし、さっそく見せてもらうぜ。あぁ、その剣は弟子や俺が練習で作ったもんだからな。使い潰してもらって構わねぇよ」


見事な出来栄えだが、これでも練習品らしい。それだけ、ドロニカさんの鍛冶へのこだわりは強いということだろう。


それでもやはり気は進まないが、それほどの職人に剣を打ってもらう機会もそうないだろう。


僕は剣を構え、案山子との間合いを測る。


――――――――――――――――――


毛布を二枚、薄手のものと厚手のものを買う。それから、テントや外套、ランタンなど、アランの持ち物を思い出しながら不足しているものを買っていく。


最後に持ち運びに困らない程度の金額を残し、手持ちの金の大部分を使って宝石や装飾品を買い込む。


小さく、軽く、高価な宝石は持ち運びに適している。装飾品はそれに比べるとやや嵩張るが、特徴のあるものは街や国が違えば買値より高く売れることも多くある。


宝石店を出て、鍛冶屋に戻る。その途中で、小さめの装飾品を扱う露店が目に留まった。


しゃがんで、小さな髪留めを手に取る。ちょうど、わたしが使っているものと同じぐらいの大きさだ。


眺めていると、店番の青年に声を掛けられる。


「お嬢さん、気に入ったかい?ひとつ銀貨十枚だよ」


わたしより一回り年上に見える青年と一瞬目を合わせて、髪留めをもう一つ手に取る。


「見ての通り、二つ結いにしてるの。銀貨十五枚でふたつセット、どう?」


少し悩む素振りを見せるが、やがて返事が返ってくる。


「銀貨十八枚でどうだ」


銀貨を十八枚取り出して青年の手のひらにじゃらじゃらと載せる。


「じゃあ、これで」


青年は銀貨の枚数を数え、売上を袋に仕舞う。露店の中では、そこそこ売れているように見える。


「毎度。またよろしくな」


髪留めを仕舞って、青年に別れを告げて歩く。


鍛冶屋の前に到着したところで、髪留めを新しいものに差し替える。


そうして立ち止まっていると、鍛冶屋から金属と金属がぶつかりあう音がする。それは、普段鍛冶屋から響くそれとは異なる、剣と鎧がぶつかり合う音だった。


扉を開けると、店の一角で、アランが鎧を着た案山子に向かって剣を打ち付けているところだった。


汗を流しながら一心に剣を振るアランの姿を眺める。落ち着いた状態で改めて見ると、今まで気づかなかったアランの剣さばきの癖が少しずつ分かってくる。


「はっ!」


鋭い発声とともに、アランが剣を斬り上げる。鎧の隙間である脇を狙って放たれたそれは、案山子の腕を両断する。


「あっ」


アランは間の抜けた声を上げる。遅れて、鎧を身に着けた案山子の腕が木製の床に落ちる。


「ドロニカさん、すみません!」


慌てて鍛冶妖精ドワーフの男性――どうやら、ドロニカというらしい――に頭を下げる。だが、ドロニカはまったく気にしてないようで、豪快に笑う。


「がはは!良いってことよ。むしろ、兄さんに斬られたなら案山子も本望だろうぜ」


そう言って、彼はわたしのほうに目を向ける。


「嬢ちゃんも戻ったみたいだな。兄さんの剣の癖はだいたいわかったぜ」


どちらに言うでもなくドロニカは言う。


アランは手拭いで汗を拭きながら、わたしをちらりと見て。それから、間の悪そうに顔を布に埋める。


「どうかしたの」


そんな様子が気になったので、わたしはアランに声を掛けた。彼は息を大きく吐いてから、頬をかきながら答える。


「改めて見られると、なんか恥ずかしくて。実践練習だと、まじまじと見られるようなことはないからさ」


照れているアランが珍しくて、わたしはついからかうように笑ってしまう。


「アランの剣さばきの癖、わたしも分かったから」


下から覗き込むようにアランの顔を見つめると、ばつの悪そうに目を逸らす。


「勘弁してよ」


本当に恥ずかしがっている様子なので、からかうのをやめる。案山子を片付けたドロニカさんが、わたしたちに話しかける。


「それじゃ、今から兄さんの剣を打つぜ。手元に重心を寄せて、持ち手も重たくするつもりだ」


アランにはおそらく合っているだろう。やはり、ドロニカは信頼できる腕を持っているようだ。アランも、それに頷く。


「そのあたりはお任せします。お金は先払いですか?」


「いや、後払いで頼む。さすがに一見だと店への信頼もあるだろうし、木材の仕入れ値によっても変わってくるからな」


流通量はいいんだが、値段がどうにも不安定なんだ、とドロニカがぼやく。


「じゃあ、今日のところは引き上げます。あとは、保存食とかを選んで終わりだよ」


前半はドロニカに、後半はアランに向けて。わたしの言葉を受けて、彼らの間にも一時の別れの空気が流れる。


「それじゃドロニカさん、楽しみに待ってます」


ドロニカもそれに答える。


「おう、任せときな。最高の一振りを届けてやるぜ」


ところで、とドロニカが言葉を続ける。


「完成したらどこに持っていけばいい?出来上がるタイミングも分からんだろうし、直接届けるが」


彼の疑問に、わたしが答える。


「南に見える川を上流に登っていったところにあります。一番川に近い建物です」


その説明で理解したようで、ドロニカは頷いた。


「分かった。最低でも二日はかかるだろうから、のんびり待ってな」


そう言って手を振るドロニカにアランと二人でお礼を言って、店を出る。


「それじゃ、行こうか。保存食って一口で言ってもいろいろ種類があるから、好きなの選ぼう」


そう言って、食料品店が並ぶ区画を指差す。アランの手を取って、わたしは歩き出した。


やっぱり、アランといるとなんとなく足取りが軽くなる。


――――――――――――――――――


若き冒険者が後にした鍛冶屋の中で、初老の店主は髭を撫でながら思案する。どうにも、店を出る直前の少女の様子が気にかかっていた。


やがて、ある疑問が口から漏れる。


「兄さんに家の場所を聞いたんだが、嬢ちゃんが答えた。つまり、ひとつ屋根の下ってわけか」


だが。


「それでいて男女の関係にも見えん。なんとも不思議なもんだ」


尤も、少年のほうは少女に惹かれているように見えたが。少女の方は…。


「そういや、店に戻ってきた時、髪留めに飾りみたいなのがついてたな。ってぇことは」


なんとももどかしい二人だということらしい。


「若いねぇ」


ぼやきながら、愛用の金槌を手に、店主は店の奥に移動する。弟子たちに声を掛け、金床をひとつ空けさせる。


もどかしく若い冒険者たちのために、年寄りの腕を振るうとしよう。

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