二 , 命を守るためのもの

黒パンを指で裂き、炙った燻製肉を間に挟んで口に含む。乾いた黒パンに肉の油が染み込み、多少は食べやすくなる。


パンの質もそうだし、スープやサラダなどの副菜がない食卓は寂しいものだ。酒場での食事は、どれだけ安くともそういったものが付属するので、正直なところ僕はあまり家で食事を取りたいとは思っていなかった。


ルーシャもそうだろうと思っていたのだが、今日のように、彼女は度々酒場ではなく家で食事を取ることを提案してきた。


断るほどの理由もないので毎度了承しているが、わざわざそうする理由も気になってはいた。


「ルーシャ、たまに家でご飯食べたがるけどなにか理由があるの?」


なので、聞いてみた。


ルーシャはちらりとこちらを見ると、喉をこくりと小さく動かして、口の中の食べ物を飲み込んで答える。


「アランと仲良くなりたくて」


さらりと言うルーシャ。予想外の返答に、僕はパンを喉に詰まらせる。


「冗談。別に、家に食べるものがあるうちはわざわざお金使わなくてもいいかなって」


ルーシャはグラスに水を注いで僕に渡しながら、淡々とした口調でそう言った。


「…ルーシャって、たまにしか冗談言わない代わりに、ひとつひとつが大きいよね」


水でパンを流し込んで、一通り咳き込んでから憎まれ口を叩く。


「こういうのはギャップが大事」


言いながら、パンを小さく千切ってもそもそ食べる。僕も、ため息をついてから食事を再開する。


「ちなみに、今日はちゃんと目的があるよ」


行儀よく、しっかりとパンを飲み込んでからルーシャは再び口を開く。僕は口にパンが詰まっている状態なので、目線で話の続きを促す。


「アランの剣もだいぶ上達したし、旅に出られるかなって。だから、そのために必要なものを買いに行こう」


免許皆伝とはいかないが、それなりにさまになってきたということか。


「いよいよだね。ちなみに、何を買うの」


食事を終え、一息ついてからルーシャに問いかける。


「色々ある。行ってみてからのお楽しみってことで」


いつも通りの静かな笑みを浮かべて、ルーシャは立ち上がる。だけど、いつもより少し楽しそうにも見える。


続くように僕も立ち上がり、背負い袋に必要なものを入れて準備を整える。僕がそれを終えた頃には、ルーシャはもう玄関で僕を待っていた。


「じゃ、行こっか」


扉を開きながら、ルーシャは僕を促す。小走りで彼女の横まで移動して、ふたりで並んで街を歩き始めた。


――――――――――――――――――


「まずは大きいものから揃えよう」


わたしは、隣を歩くアランに声を掛ける。彼とふたりで街を歩くと、なんとなく足取りが軽くなって良い。


「大きいものを持って歩くと疲れそうだけど」


歩幅の小さいわたしに合わせてゆっくり歩きながら、アランが返事をする。


「大きいものといっても、重要度の高低だよ。そもそも旅で持ち歩くんだし、全部持ち運びに便利なものばかり」


「なるほど」


わたしの返答に得心がいったように頷き、前を向き直るアラン。


そうしている間に、わたしたちは最初の目的地に到着する。


鉄と鉄がぶつかりあう音と、職人たちの号令が響く建物。


「まずは剣を買わないとね」


アランと連れ立って鍛冶屋に入ると、カウンターに立派な髭を蓄えた子供ぐらいの背丈の亜人―鍛冶妖精ドワーフの男性が目に入る。


「剣を一振り、お願いします」


その鍛冶妖精ドワーフの男性に声を掛けると、彼はわたしの体を隅々まで眺めた後、隣に立つアランをちらりと見て言う。


「嬢ちゃんのほうじゃねぇな。そっちの兄さんの剣かい」


鍛冶妖精ドワーフの男性の言葉に、わたしは頷く。この人の腕は信用できそうだ。


「はい。さすがに分かりましたか」


髭の隙間から白い歯を覗かせながら、にかっと笑って頷く。だが、わたしたちのやり取りにアランが口を挟む。


「ちょっとまって、ルーシャの剣を買うわけじゃないの?」


彼の疑問にわたしが答えようと口を開きかけると、鍛冶妖精ドワーフの男性がそれよりも早く答える。


「嬢ちゃんの剣、手入れが行き届いてるし、重心もよくある量産品とはかなり変えてある。まだ長く使えそうだし、手放すのは考えにくい」


見透かしたような言葉。一呼吸おいて、さらに言葉を続ける。


「対して、兄さんのほうはよくある量産品みたいだし、手入れもしっかりしてるが剣に合ってるとは言い難い。うちみたいな鍛冶屋じゃなくて、量産品を扱う店で仕入れたもんだろう」


そういって、アランをちらりと見る。


「そうです。凄い、鍛冶屋さんってそこまで分かっちゃうんですね」


感心した様子でそう言うアランに、わたしは付け加える。


「かなりの腕がないとそこまでは分からないと思うよ。だから、この店は信頼できると思う」


わたしの言葉に、鍛冶妖精ドワーフの男性は再び白い歯を見せながら笑う。


「剣ってのは、嬢ちゃんがそうしてるみたいに使い手に合わせて作るのが一番なんだ。金型を使った量産品は安く大量に作れるが、個人個人に合わせた調整ってのがし辛いのが難点だな」


説明が一段落したところで、わたしは口を開く。


「じゃあ、わたしは外で待ってるから。何かあったら呼んで」


わたしの言葉に、アランは頷く。


「わかった。それじゃ、また後で」


返事を聞いて、店を出る。その前に、振り返って、アランに先輩としてアドバイスしておこう。


「お金、どうせ余っちゃうと思うから糸目をつけずに使ったほうが良いよ。剣は命を守ることに直結するから、なおさらね」


そう言って、扉を閉める。




店の壁に背中を預けて通りを眺めると、様々な小物を揃えた店もあるようだ。


店から見える範囲で、少し見て回ろうかな。


そう思って、壁から背中を離す。手持ちに余裕がかなりあるし、換金用の宝石や装飾品なんかも探したほうが良いだろう。


アランの剣の出来上がりを楽しみにしながら、わたしは立ち並ぶ店を眺めていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る