第三章
一 , 旅立つために
「やっ!」
僕に向かって跳ねるように跳び、落下の勢いと共に、ルーシャは左手に持った剣を大きく振り下ろす。それを右に小さく跳んで躱し、着地と同時に地面を蹴る。
「ふっ!」
お返しとばかりに、僕は右上段から振り下ろす。だが、素早く体を折りたたみ、ルーシャはそれを避ける。
これまで数度、同じように反撃を躱されてきた。だが、避けられっぱなしではいられない。僕は振り下ろした左手の手首を返し、体を畳みきったルーシャの肩を狙って横薙ぎにする。
だが、ルーシャは左手の剣で難なくそれを受け止め、勢いを斜め上に逃がす。それによって、僕の左手は弾かれるように空に伸びる。
直後、しゃがんだ姿勢のまま、僕の剣の勢いをのせてルーシャは独楽のように回転し、僕の胴体に向けて剣を横に薙ぐ。
足首の動きだけで跳躍し、躱す。
だがルーシャはその隙を逃さず、回転の遠心力で剣を大きく振るい、今度は縦に剣を叩きつけてくる。
ぎりぎりで剣を合わせるが、跳躍した姿勢のまま地面に叩きつけられ、そのまま体重をかけられる。
ルーシャの重みで、少しずつ僕の剣が肩口に迫る。
このままではまずい。一か八か、ルーシャが普段そうするように、持ち手を高く上げ、剣を斜めにして受け流すことを試みる。
すると、僕の剣の腹を滑るように、ルーシャの持つ剣が地面へと向かっていく!
「今だ!」
その隙を逃さないよう、さらに左手を高く持ち上げ、抑えつけられる勢いを利用してルーシャの右肩目掛けて剣を勢いよく振り下ろす。
だが。
左手首に衝撃が走る。その正体を認識する暇もなく、僕の目の前にルーシャの顔が迫る。
そして。
「終わりね」
僕の首筋には、ルーシャの剣が突きつけられていた。
左手を見ると、ルーシャの右手に握りしめられ、親指で血管を圧迫されている。
息を吐き出す。
「まいった」
全身の力を抜き、自然な上体に戻す。僕の言葉を聞き、ルーシャは息を大きく吐き出して後ろに倒れこみ、そのまま大の字に寝転んだ。
「練習はこれで終わり。疲れた」
ルーシャはそう言うと、乱れた呼吸を落ち着かせるために大きな深呼吸を繰り返す。
「戦ってるときは、全然疲れてるふうには見えなかったけど」
そう言いながら、ルーシャに右手を差し出す。
「相手に不調を悟られちゃまずいでしょ。我慢してるの」
そう言いながら、彼女は僕の手を取り、立ち上がる。
「それにしても、アランの動きは凄く良くなってきた」
汗を左手で拭いながら、ルーシャは僕を褒めてくれる。
「ありがとう。ルーシャのおかげだ」
言葉を返しながら、ルーシャと共に桶に張っていた井戸水で顔を洗う。
「最後の攻撃、わたしの真似?」
布で顔を拭きながら、ルーシャが問う。
「うん。ルーシャは軽いけど、それでも上から抑えつけられたら押し返せないから。咄嗟に見様見真似でやってみたんだ」
立ち上がって裏庭を後にし、ふたりで歩きながら玄関へ向かう。
「ぶっつけだと、やっぱりまだ粗いね。直前の変な力の動きで分かっちゃった」
こともなげに言うルーシャ。そんなやり取りをしていると、遠くから僕らを呼ぶ声が聞こえる。
「おぉ〜い!ふたりとも、元気かぁ?ちょうど体も動かし終わったみたいやし、店でご飯食べてかん?」
独特な訛り大きな声量で、声の主が女将さんだとすぐに分かる。
「ルーシャ、どうする?」
旅の準備に取り掛かってからずっとそうだし、今日も酒場で食事を摂るかな、と僕は思っていたのだが、ルーシャは首を横に振った。
「今日は、ちょっと」
間の悪そうな表情を浮かべるルーシャに驚きつつも、僕は少し離れた場所にいる女将さんに声を張る。
「すみませーん!今日は遠慮しておきます!」
視界の奥に小さく映る女将さんはやや面食らったようだが、すぐにいつもの笑顔に戻る。
「りょーかい!気が変わったらいつでもええけんな〜!」
ぶんぶん手を振りながら去っていく。いつもながら賑やかな人だ。
「じゃあ、今日は家で食べようか」
無言で頷くルーシャと共に、玄関をくぐって家の中に入る。
「今日は負けたから、僕がご飯当番か。酒場で食べればまたやらずに済んだんだけどな。」
ぼやきながら、黒パンと、燻製にした兎肉を取り出し、ナイフで切り分ける。
「僕が言い出したことだけどさ。せっかくならルーシャに作って欲しいなぁ」
ルーシャの手料理が食べたいという下心ももちろんある。
返事がないので、パンを皿に載せながらルーシャのほうを見る。彼女は、難しそうな表情で僕のほうを見つめていた。
やがて顔の力を抜き、見慣れた静かな笑顔を作ると、彼女は食卓につきながらこう言った。
「いつか、アランがわたしより強くなったらね」
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