三 , 強さを求めて

ルーシャが出ていった後、僕はひとり部屋に立ち尽くす。


誰かを危険な旅に巻き込まないため、ひとりになることを選び続ける。


それがどれだけ辛いことだろうか。


ふと、父と母の死を知らされた時のことを思い出す。あの時に感じた孤独感に似ているだろうか。


だが、と思い直す。あの時の僕は、不意にひとりきりになっただけだ。不幸な事故は大きな衝撃を与えるが、同時に時間が癒やしてくれるものでもある。


ルーシャの選んだそれは、自分で自分をゆっくりと苦しめる、毒のようなものだ。


ひとりでいることは、辛い。


冒険者になってからの三年間、ルーシャはずっとひとりでいたんだろうか。それとも、はじめは誰かと行動を共にして、やがてひとりになることを選んだんだろうか。


どちらにせよ、今のルーシャは、人と共に旅をすることを諦めてしまった。無理矢理僕が着いて行こうとしたところで、彼女はきっと喜ばないだろう。


自分だけが誰かの悲しみを癒せるなんて、思い上がりだ。そんな思い上がりを押し付けても、きっと誰も幸せになれないだろう。


「僕がもっと強ければ…ルーシャを守ってあげられるぐらい、強ければ良かったのに」


ベッドに倒れ込みながら、誰もいない部屋で呟く。


強くなりたい。だけど、僕ひとりで強くなれるわけでもない。


冒険者になりたくて、ずっと鍛えてきた。それでゴブリンにすら勝てなかった。ルーシャとの出会いや、トロウルとの戦いの衝撃で忘れていた悔しさを、改めて思い出す。


ゴブリンが僕にぶつけた純粋な殺意を思い出し、じわりと体に恐怖が広がる。


だけど。


「怖がってばかりじゃ、駄目なんだ」


僕は荷物を纏め、部屋を飛び出した。


――――――――――――――――――


地図を広げて定期的に現在地を確認しながら、暗い洞窟を歩く。


松明の灯りが目の前を照らしているが、左右の壁以外は全てが暗闇に染まっていた。


タイムリミットはそう長くない。ルーシャは、明日にでもこの街を出発してしまうかもしれない。


それまでに、できる限り強くなる。そして、ルーシャにまた会って、一緒に旅に出よう、と言いたい。


ルーシャは何度も僕の命を救ってくれた。今度は、僕がルーシャの寂しさを埋めてあげられたら。


そう思って、僕は再びこの洞窟にやってきた。少なくとも、今日中にゴブリンの数体は倒せるぐらいになるつもりだ。


地図に印がついた場所、ゴブリンの巣にやってきた。岩陰から覗くと、数体のゴブリンの声が聞こえる。


聞き流しただけではわからないが、ゴブリンにも当然個体差がある。集中して聞き分ければ、ゴブリンが何体いるのか、声だけで把握することは可能だ。


僕は耳に意識を集め、ゴブリンの声を聞き分けていく。


――六体だ。


ルーシャの鮮やかな剣捌きを思い出す。彼女ならきっと、ゴブリン程度なら六体を同時に相手取れるだろう。


いや、むしろ。


ルーシャの言葉を思い出し、改めて考える。


彼女は、二体のゴブリンと三回戦うよりも、きっと六体のゴブリンと一度戦うことを選ぶだろう。それは、六体のゴブリンを同時に相手取れる強さがあるからではない。彼女にとって、それが一番よいやり方だからだ。


ならば、僕も、僕にとって一番よいやり方で、この六体のゴブリンと戦おう。


僕は地図を広げ、曲がる順番を覚えていく。


そして、僕が隠れている場所まで光の届かない位置まで戻り、そこに松明を置いて戻ってくる。


始めは何も見えなかったが、少しずつ暗闇に目を慣らすと、だんだんと近くのものが見えるようになってきた。


これで準備は整った。


次に、足元のやや大きめの石を拾い上げる。


深呼吸をして心身を落ち着かせてから、僕のいる場所よりやや遠くへ投げる。


物音に、ゴブリンが騒ぎ出す。心臓が少しずつ早鐘を打ち始める。必死にそれを抑え、再び耳に意識を傾ける。


足音からして、二匹のゴブリンがこちらの様子を見に来たようだ。腰の剣に手をかける。


はやる気持ちを抑え、ゴブリンの足音が近づいてくるのを待つ。僕が隠れている場所に辿り着くまで、あと三歩。


二歩、一歩。


「今だ!」


自分を鼓舞するために声を上げ、ゴブリンがいるであろう場所を袈裟斬りにする。


「グギャァッ!?」


驚愕の声。だが、まだ仕留めきれていない。咄嗟に手首を返し、そのまま左に斬り返す。


「グギッ…」


これで一匹。だが、もう一匹のゴブリンは既に臨戦態勢に入っている。


「テキダ!テキダ!オマエラ!テツダエ!」


暗い洞窟の中で、ゴブリンが持つ棍棒の先が辛うじて見える。


当然、こんな暗闇の中で夜目が効くゴブリンと戦うことはできない。


ならどうするか?


増援が来るまで距離を取るつもりなのか、ゴブリンは襲ってくる気配はない。


僕は剣を構えたまま少しずつ距離を取ると、増援が到着したタイミングを見計らって、踵を返して走り出す。


「さぁ、ここからは追いかけっこだ!」


松明を拾い上げ、再び走る。背後からは、ゴブリンの喚き声と足音が五体分。


頭に叩き込んだ順番どおりに、曲がり角を折れていく。しばらく走ったところで体を反転させ、ゴブリンたちに向き直る。


目の前には二匹のゴブリン。彼らの背後からは、どたどたと走る足音が聞こえる。


どうやら、上手くいったようだ。


ゴブリンの個体差は、声色だけではない。


腕力、知能、器用さ。そして、走力。


しばらく逃げ回っていれば、足の早いゴブリンと遅いゴブリンに分かれていく。そこを各個撃破していけば、ルーシャのような剣捌きを持たない僕でも、複数のゴブリンと戦うことができる。


最も、この戦術は走り続けられる体力があってこそ成り立つ。ルーシャが同じことをすれば、すぐに体力を使い果たし、ゴブリンに袋叩きにされるだけだ。


ルーシャには、ルーシャの戦い方がある。僕には、僕の戦い方がある。


「僕は、強くなる。僕なりの戦い方を探して、とにかく強くなるんだ」


自分に暗示をかけ、僕は目の前のゴブリンに斬りかかる。

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