第二章
一 , 目覚めて
腕を広げ、肺いっぱいに澄んだ空気を吸い込む。
小さなこの街で、唯一外の世界と繋がる門の真ん中。朝焼けを眺めながら、僕はこれまでの出来事を振り返っていた。
酒場の二階にある、清潔感のある部屋で僕は目を覚ました。ベッドから起き上がり、立ち上がる。その場で簡単な柔軟。痛みはなく、多少の倦怠感はあるが、体を動かしている内に消えていくだろう、と思える程度だ。
時刻は朝。なし崩し的に暫く同じ部屋で生活を共にすることになった仲間のベッドを見るが、そこには彼女の姿はなかった。
どこに姿を消したのか考える間もなく、部屋のドアが開かれ、二つ結いにした銀髪を揺らしながら、彼女が部屋に戻ってくる。
「アラン、やっと起きた。もうすぐお昼だよ」
やや棘のある声音で、ねぼすけ、と彼女は続ける。しかし、それとは裏腹に彼女の表情は穏やかだ。
彼女の名前はルーシャ。僕と同い年の、しかし僕より三年長いキャリアを持つ先輩冒険者で、同時に命を何度も救ってくれた恩人でもある。
怪我の完治に一週間を要した僕とは違い、ルーシャは三日程で体を動かせるほどに回復し、時折僕の様子を確認して適切な看病をしながら、毎日どこかに出かけていた。
「お陰様でもう万全だし、今日からはまた体を鍛え直さないと」
そんな事を言いながら柔軟を終えた僕に、ルーシャが大きな袋を差し出してきた。
「ルーシャ、それは?」
袋を指差して問いかける。
「トロウルを倒した報奨金。二人で倒したから、半額はアランの取り分」
答えながら、ルーシャは不満げな顔で、袋をさらに僕の方に突き出す。
「はやく受け取って、これ、重い」
いや、不満げというのは間違いだ。ルーシャの腕はぷるぷると震えていて、明らかに重さに耐えかねている。
「ご、ごめん。とりあえずもらうよ」
慌てて両手で受け取る。確かに重い。
「でも、僕はほとんど役に立ってなかったと思うけど、半分も貰っちゃっていいの?」
そもそも僕はとどめを刺すチャンスを作っただけで、トロウルと戦ったのはほぼルーシャひとりだ。
「わたしひとりなら、間違いなく死んでたから。それに、アランが作った一瞬は、あの戦いで何より価値のある一瞬」
一呼吸おいて、ルーシャは僕の目を真っ直ぐ見て、はっきりと告げる。
「誇っていい」
そんな視線を受けて、僕は思わず顔を背ける。恩人であり、短いながら仲間であるルーシャにそこまで言われて、嬉しくないはずはない。だが、少し照れくさかった。
「あ、ありがとう。そういうことなら、ありがたく貰うよ」
お金が入った袋を、背負い袋に仕舞う。ルーシャの用事も済んだだろうし、これからどうしようか。
今日のこれからの用事、暫く先を見据えた上での行動目標。それぞれを考えていると、同じように荷物を整理したルーシャが僕に声を掛ける。
「アランも動けるようになったし、わたしはこの部屋から出るよ」
顔を上げて答える。
「僕のことなら気にしなくていいけど」
そう言うが、ルーシャはじっとりとした目をこちらに向ける。
「わたしが気にするの」
それもそうか。
「それに、どうせもうすぐこの街を出るから。街に滞在する間ずっと借りてた部屋があるから、そっちの荷物も整理しなきゃ」
部屋がふたつあると云々、といった話をルーシャは続けるが、ほとんど僕の耳には入ってこなかった。
思わず、ルーシャに詰め寄るように近づく。
「ちょ、ちょっとまって!ルーシャ、この街出てっちゃうの!?」
ルーシャは目を丸くする。
「言ってなかった?」
対して僕は、頭を抱えて蹲る。
「言われてないよ…」
くすり、とルーシャが笑う。その静かな笑い声を聞くと、波立っていた心が少し静まる。
「そういえば、そうだね。じゃあ、少しわたしの話を聞いてくれる?」
そう言って、うなだれる僕に右手を差し伸べる。手袋をはめていない、透き通るような白い手を。
僕がその手を受け取ると同時に、僕とルーシャのお腹が同時に、ぐぅ、と大きな音を鳴らす。
立ち上がった僕は、ルーシャと顔を見合わせて、どちらからでもなく、お互いに笑った。
「お昼でも食べながら、どうかな」
笑い涙を指で拭いながら、ルーシャが僕に。
「そうだね、お昼でも食べながら、話してよ」
僕も、ルーシャに言葉を返す。
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