六 , 後日譚

僕は、ゆっくりと目を開く。ぼやける視界が少しずつクリアになっていき、視界いっぱいに広がっていたものが、木製の天井だということに気付いた。


「ルーシャ!」


思わず飛び起き、周囲を見渡す。すると、右隣のベッドで横たわる、ルーシャの姿を見つける。


傍に寄ろうと体を曲げると、全身を針を刺すような痛みが襲った。


「い、いててて…」


思わず蹲り、そのまま横になる。落ち着いて周囲を確認すると、僕もルーシャと同じように、簡素なベッドに横たえられていたらしい。


今の位置から動かずにルーシャの様子を確認すると、二つ結いにしていた髪が解かれていることと、顔のあちこちに白いガーゼが貼り付けられていることを除けば、どうやら僕の知っているルーシャそのもののようだ。すーすーと規則正しい寝息を立てていることから、少なくとも大事はなさそうにみえる。


ルーシャの無事に僕が胸を撫で下ろしたとき、ドアが勢いよく開かれ、ひとりの女性が部屋にずかずかと入ってくる。


「おっ、アラン〜、目が覚めたんかぁ。このまま永眠したらどないしようかと思ったわぁ」


独特の訛りと、歯に着せぬ物言いから、すぐにその女性のことが思い当たる。


「もしかして、酒場の女将さんですか?」


彼女は、僕が初めて仲間を集めた酒場の若女将だ。まだ三十手前だと聞くが、一人で酒場を切り盛りしているしっかりもの、らしい。


「そやそや!よう覚えとったなぁ!冒険者に大事なのは記憶力!なんつってなぁ〜」


ひとりでからからと笑う女将さんは、そんなしっかりものにはとても見えない。思わず、緊張の糸が緩む。


「それで、僕は…僕とルーシャは、どうなってたんですか?それに、僕と一緒に洞窟に入った二人は…」


それから、僕は女将さんに一通りの事の顛末を聞いた。


僕が洞窟守を振り切って洞窟に入っていった後、そのことがすぐに酒場に報告され、酒場に居た駆け出しの冒険者総勢四人が、トロウルに遭遇したらすぐに帰ってくる、という条件付きで捜索隊として派遣された。


そして、目に長剣ロングソードが突き刺さり絶命していたトロウルと、ぼろぼろの状態で気絶していた僕とルーシャが捜索隊の四人に保護され、酒場の二階の、医務室兼宿部屋のここで女将さんと、数名の冒険者が入れ替わりで看病をしていた。


僕は三日も眠りっぱなしで、その間に洞窟内の探索が改めて行われ、僕と一緒にゴブリン退治を引き受けた二人組は、洞窟内で死体で発見されたそうだ。


「そう、ですか。二人は助からなかった…。でも、死体だけでも見つけられて良かったです。動く死体アンデッドにはならずに済んだんですね」


「ま、冒険者として生きて、死んだんや。悔いはあったかもしれんけど、誰もあんたたちを咎めたりせんよ」


女将さんは、僕を気遣うように優しく言う。


「それから、トロウルについてまだちゃんと報告を受け取らんからな。あんたたちが倒したんやから、そっちの顛末も聞かせてくれんか?」


女将さんが僕に問うが、そもそも僕はトロウルの蹴りを受けて気絶していたので、説明できることはほとんどない。


「えっと、その、トロウルにとどめを刺したのはルーシャで、僕は攻撃を防いでルーシャが攻撃する隙をつくるのが精一杯で…。攻撃を防いで、そのまま気絶しちゃいました。だから、最後にどうなったのかは分からないです。改めて思うと、情けないですね」


おもわず頬をかきながらそういうと、女将さんはまた、からからと笑う。


「まぁまぁ、ええやないの!持てる手を全て使い、強敵を打ち倒す…冒険者っぽいやんかぁ〜、憧れるわぁ」


女将さんはそう言うと、思い立ったように振り返り、部屋を出ていこうとする。


「アラン、お腹すいとるやろ?特別に今日はうちが奢ったるけん、腹いっぱい食べりや!」


部屋を出る際に女将さんがそう言うと、僕のお腹は大きな音を立てる。


「お、お腹の方は受け入れ体制万全です」


少し恥ずかしくなりながらそう返すと、女将さんは嬉しそうに笑って部屋を出ていく。


女将さんが出ていった後、ベッドの上で、体の痛みに気をつけながら全身を伸ばす。


「そっか…終わったんだなぁ」


思えば、冒険そのものはあっというまだった。仲間と一緒にゴブリンの巣を見つけて、トロウルに襲われて、ゴブリンに追われて、ルーシャに助けられて。それからルーシャといろんな話をしながら出口に連れて行ってもらって、またトロウルに襲われて、また助けられて。


「なんだか、ルーシャに助けられてばっかりだったなぁ」


僕がそうぼやくと。


「でも、最後はわたしが助けられちゃった」


ずっと聞いていた、久々に聞く声が聞こえた。


思わず体を起こし、痛みでまた蹲る。


「駄目だよ、急に動いちゃ。どうせ、全身ぼろぼろなんでしょ」


気だるげな表情で、静かに笑いかけるルーシャがそこにいた。


「ルーシャ、気がついたんだ。良かった」


「本当は、アランと女将さんが話してるときに気がついてたんだけど。起きるタイミング、見失っちゃって」


恥ずかしさと嬉しさが混在したルーシャの笑顔を見て、改めて、生還したという感覚が湧いてくる。それに伴って、とてつもない眠気が僕の全身に広がる。


「ルーシャ、もうすぐ女将さんがご飯持ってきてくれるからさ。僕のぶん、食べちゃっていいよ」


ベッドに寝転がり、隣のルーシャにそう言った。


「アランは、食べなくていいの?」


ルーシャがそう言うが、今はとにかく眠かった。二度寝は行儀が悪いが、命を賭けた後ぐらいは構わないだろう。


僕は目を瞑り、夢の世界に落ちていく。


ルーシャの、くすりという静かな笑い声と、ありがとう、という言葉が、最後に聴こえた。

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