四 , 少年は栄光の夢を観る

「そりゃ、きみは、新米、だけど」


息を途切れ途切れにさせながら、ルーシャが僕に話しかける。


「もう少し、ちゃんと、して。わたし、より、体力も、筋力も、あるんだから」


涙を拭う暇もないまま、ルーシャに引っ張り上げられ、僕は立ち上がる。


肩で息をしているルーシャを見ると、抜刀された彼女の剣の切っ先は、赤い血で濡れていた。おそらく、僕がトロウルに追い詰められているときに後ろから攻撃し、隙を作ってくれたのだ。


「ルーシャ、今なら逃げられるよ」


涙声で僕は言う。しかし、ルーシャは首を横に振った。


「今ここで、私達が逃げ出したら、トロウルは、私達を追ってくる」


呼吸を整えつつあるルーシャが、僕の提案を却下する。


「そうなったら、街に、被害が出る。洞窟守の、殆どは、実戦経験がない。トロウルは、止められない」


じゃあ、どうするんだ。


「ここで、トロウルを、倒そう」


ルーシャは、まるでそれが当然であるかのように言った。


その言葉が一瞬理解できず、僕は固まる。


「…本気なの、ルーシャ」


震える声で聞く僕に、ルーシャは楽しそうに笑いかける。


「なんて、ね。わたしが時間を稼ぐから。きみは、助けを呼んできて」


息を整えつつあるルーシャは、大きな深呼吸をひとつすると、鋭く叫ぶ。


「走って!」


その声に強制的に動かされるように、僕は出口に向けて走る。


―――そして、外に出た。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


肩で息をしながら、洞窟守がいる詰め所から、あくびをしながら衛兵が出てくるのが見える。走って近寄り、彼の肩を揺すりながら声を上げる。


「あの!すいません!仲間が、トロウルに襲われてるんです!助けを、助けを呼んでください!」


衛兵は一瞬呆気にとられていたが、分かった、と返事をすると、すぐに駆け出す。方角からして、僕が仲間を集めた酒場に向かったんだろう。


これでルーシャは助かるだろう。少なくとも、ルーシャはすぐにトロウルに殺されるような腕ではない。


自分の命が助かった喜びと、ルーシャの命が助かるであろう喜びから、僕は全身の力が抜け、その場で倒れ、眠った。




夢を見ていた。


森の中を歩いていて、隣にルーシャと、人狼ウェアウルフの男と、言霊妖精エコーの女の子がいて、一緒に旅をしている。ありえもしないその光景に、これは夢だ、とすぐに分かる。


ルーシャも、他の仲間も、僕も、お互いがお互いを信頼し、背中を預ける。


そんな、僕にはありえない光景。思い描くそのままの冒険が、そこにあった。


やがて、目の前に巨大な龍が現れる。そう、僕たちはこいつを倒すためにここに来た。


僕が号令をかけると、仲間たちは一斉に武器を構える。言霊妖精エコーの魔術がドラゴンの動きを阻害し、翼による飛翔を妨げる。人狼ウェアウルフは月を見上げ吠えたけり、獣の力で龍の攻撃を防いでいく。ルーシャと僕は彼らがつくる隙に、鱗と鱗の隙間に、少しずつダメージを蓄積させていく。


そして…。




「…い、おい!」


誰かが僕の肩を揺らしている。


「おい!起きろ!」


一体誰だ。こっちは龍退治で忙しいんだ。後にしてくれ。


「ぼうず!起きろ!」


肩をがくがくと揺すられ、ゆっくりと目を開ける。目の前には、険しい顔をした衛兵がいた。


「やっと起きたか!寝てる場合じゃないぞ、大変なんだ!」


大変?ルーシャは生きてるじゃないか。今も、僕と一緒に戦っている。


その瞬間、僕の脳裏に、薄暗い洞窟で血まみれで倒れるルーシャの姿がよぎった。眠気が残る頭が、最悪の想像により一気に覚醒する。そうだ、ルーシャは?


衛兵は僕が覚醒したのを確認すると、僕を落ち着かせるようにゆっくりと喋りだす。


「お前にとって最悪の知らせだ。今、すぐに動けるのはお前とそう変わらん、駆け出しの冒険者ばかりだ」


再び、血みどろのルーシャの姿を幻視する。


「そして、仕方のないことではあるが…。全員トロウルに怯えて、とてもじゃないが戦えそうにない」


続く言葉により、僕の黒い想像はさらに強まっていく。ルーシャは、死ぬのか?


「残念だが、お前だけでも助かったことを喜ぶんだ。トロウルがいることがわかった以上、この洞窟は閉鎖し、脅威を排除するまで厳戒態勢が敷かれるだろう。死んだお前の仲間も、浮かばれる」


ルーシャが、死んだ。


「…嫌だ」


記憶の中のルーシャが、少しずつ血に塗れていく。オレンジの灯りに照らされた、憂いを帯びた見顔も、僕に毒を吐いたあのときの顔も、不意に見せたあの笑顔も、苦悶の表情に変わり、口から血を流し、消えていく。


「そんなのは、嫌だ。ルーシャは死んでない。誰も助けに行かないなら…」


立ち去りかけた衛兵が、僕の方を振り向き、引き留めようと腕を伸ばす。


「僕が、ルーシャを助けに行く!」


やめろ、お前まで死ぬぞ。そんな声が、遠ざかっていく。


最悪の想像を振り切るように、ただひたすらに走る。走る、走る。


なんだか今日は、走ってばかりだと、まったく関係ないことを考えながら。ただひたすらに走った。


そして、僕は再びトロウルとルーシャの元に辿り着いた。


床に転がり意識を失っているルーシャと、彼女にとどめを刺すために両手を組み、大きく振り上げるトロウルの元に。

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