三 , 遭遇
あれから、ルーシャはたびたび行き止まりに足を運び、小休止を挟んだ。
そのたびに必要ないよ、と僕は言ったが、ルーシャは引き下がってくれない。四度目の小休止で、ついに僕は何も言わなくなった。
最も、休憩の合間合間にルーシャは僕に様々な冒険のいろはを教えてくれたので、それは非常にありがたかったけど。
既に知っている知識もあったが、僕は独学だったので、やはり冒険の経験を積んだルーシャに直接教えてもらうことでより理解が深まることも多く、洞窟から生還した後に僕が一人でやっていけるよう計らってくれているのか、とも思ってしまう。
そんな四度目の小休止を終えて立ち上がると、ルーシャは僕に明るい知らせを教えてくれた。
「もう休憩は挟まない。あと五分もあるけば、出口に辿り着くよ」
その言葉に、僕は思わず顔を上げる。
「やっと外に出られるんだ。魔物に会わなくてよかった」
僕の弱気な発言に、ルーシャは少しだけ笑う。
「私は、ゴブリンなら儲けが増えて嬉しいけど」
冗談めかしたその言葉に、釣られて顔が綻ぶ。何度も言葉を重ねていくうちに、ルーシャは少しずつ笑顔を見せるようになってきた。僕としては、嬉しい限りだ。
ルーシャが道の先を指さして歩き出す。
「行こう。あの丁字路を左に曲がったら、出口が見えるよ」
荷物を背負い直し、僕もそれに続く。
突き当りに来たが、ランタンの灯りは左側の道だけを照らしている。ルーシャは丁字路だと言っていたが、右側の道は茶色い壁に覆われていて、道がない。
ルーシャが不思議そうに壁に手を触れ、僕もそれにならう。
「ねぇルーシャ、ここって丁字路なんじゃないの?」
僕の疑問に、ルーシャも不思議そうに答える。
「そのはず。私がここに入ったときも、ここには道があった」
土砂崩れか、記憶違いかと思ったが、どちらもありえないだろう。前者であればこれほど綺麗に通路は塞がらないし、僕もこの道には見覚えがある。僕とルーシャ、そしてルーシャが
だが、出口はもう目の前だ。
「ルーシャ、とりあえず今は外に出ようよ。悩むのはそれからでも遅くないよ」
そう言うと、僕は壁に背を向け、出口に向けて歩き出した。その直後だった。
じゃりじゃりという、まるで洞窟を歩く足音のような音がして、僕は振り返ろうとする。だが、それよりも早く。
「危ない!」
軽い衝撃とともに、ルーシャが僕に全身でぶつかり、出口の方に弾き飛ばす。
地面に体を激しくぶつけ、一瞬僕の息が詰まる。
「急にどうしたの、」
ルーシャ。そう言おうと口はぱくぱくと動くが、目の前の光景に呆気を取られ、僕の体は一瞬の間だけ、息をするのを忘れていた。
謎の壁――いや、僕たちが謎の壁だと思っていたもの。
二メートルを超える巨体。腕、腹は筋肉と脂肪で大きく膨れ上がり、縦と横の長さはおおよそ同じぐらいになっている。酒場で出会った仲間を殺した張本人。小さな巨人、トロウルがそこにいた。
僕を突き飛ばしたであろうルーシャは、トロウルの豪腕に弾き飛ばされ、僕たちが元来た道の方に弾き飛ばされている。そして、丁字路の真ん中には、トロウルがいる。
やばい。
やばい、やばい、やばい。やばすぎる。
ルーシャの声が、僕の脳内を反芻する。
「わたしはきみよりは強い。それでも、まだ弱い。一人じゃトロウルは倒せない。だから、きみの手助けもできない」
ルーシャを助けなければ。
「誰かを助けたいなら、強くなるしかない」
助けなければ。
「自分の手の届かないものまで守ろうとすると、命を落とすことになる」
命を落とす。
目の前に立ちはだかる死そのものに、ゴブリンに囲まれたあのときの恐怖を体が思い出す。
トロウルはルーシャの方を向くと、ずしり、ずしりとその重量に見合う足音を響かせながら、ゆっくりと彼女に近づいていく。
その時、ルーシャの様々な表情が、僕の脳裏に駆け巡る。
「ま、待て、トロウル!僕が相手だ!」
吹けば消える、蝋燭の灯りほどの勇気を振り絞り、剣を抜いて構える。
人間の言葉がトロウルに通じるのかは知らないが、言葉が通じたか、はたまた僕が向ける敵意に気づいたのか、それとも吠える犬に気付いたようなものなのか。とにかく、トロウルは僕の方を向いた。
そして、トロウルと目が合った。
きらきらと輝く、子供のような瞳。殺すために殺すゴブリンとはまた違う、殺意のない瞳が僕に向けられている。
「うわあああああああ!」
叫びながら駆け出し、とにかく思い切りトロウルの腹に剣を叩きつける。が、硬い皮膚と柔らかい脂肪、その奥にある筋肉の感触。肉体の鎧に弾かれ、体勢を崩される。
すかさずトロウルの左腕が僕を横に薙ぎ、壁に叩きつけてくる。
げほげほと咳き込みながらトロウルに視線を戻すと、それは僕の目の前にいた。
僕は死ぬ。自分を助けてくれたルーシャも守れず、あまつさえ僕をかばったルーシャの犠牲を無駄にして、死ぬ。
そんなのは嫌だ。嫌だ、嫌だ、嫌だ。だけど。
「どうしようもないじゃないか、こんなの…」
思わず、声が漏れる。瞳から涙が溢れ、頬を伝う。ぼやけた視界の中で、トロウルが腕を振り上げるのが微かに理解できた。
だが、腕は振り下ろされなかった。
「グギャアアアアアアアアア!」
代わりに、トロウルの叫び声が僕の耳をつんざく。
トロウルは叫びながら滅茶苦茶に腕を振り回し、反射的に僕は身を丸めしゃがみ込む。直後、僕が背を預けていた壁が深く抉れる。
恐怖に身を竦ませていると、誰かが僕の襟首を引っ張り、トロウルから引き離した。
「どうしようも、ない、なんて、そんな、簡単に、諦め、ないで」
ぜぇぜぇと激しく呼吸を乱しながら、再び僕の命を救ったルーシャが、そこにいた。
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