二 , 語らい

周囲を剥き出しの岩肌に囲まれた洞窟内部を、僕とルーシャは無言で歩く。


じゃりじゃりという足音だけが鳴る中、つい沈黙に耐えられず、僕はルーシャに話しかける。


「ルーシャって僕と同じぐらいの歳に見えるけど、冒険者になってからどれぐらい経つの?」


地図とランタンを持って前方を歩くルーシャは、暫く無言だったが、返答を待つ僕の気配に根負けしたように口を開く。


「だいたい、三年ぐらい。育ての親が元冒険者だったから、冒険の基礎はずっと小さい頃から教えてもらってたけど」


僕が先月十五歳になったから、ルーシャも同い年だとしたら、おおよそ十二歳の頃に冒険者になった計算だ。


「それじゃ、剣術もその人に習ったんだね。さっきのゴブリンとの戦い、凄かったよ」


僕の言葉に反応して、ルーシャは足を止め、こちらを振り返る。


「それは違う。私の剣は我流」


その言葉に、僕は少なからず驚いた。ルーシャは言葉を続ける。


「私を育てた人は、たぶん私に冒険者になって欲しくはなかったんだと思う。どうしたって危険がつきまとうし、それに」


ルーシャは言葉を区切るが、そこで口を閉ざしてしまう。


「それに?」


僕は続きを促したが、ルーシャはぷい、と再び前を向くと早足で歩き出してしまう。


「初対面のきみに話すような事じゃない。今のは忘れて」


そう言いながらもずんずんと進み、僕との距離を空けていく。


「そう言われても、こんな所でお預けされたら忘れようにも忘れられないよ」


呟きながら、僕はルーシャの後を追う。今彼女から離れたら生きて外に帰れない。




それから暫く歩いてから、ふとルーシャが立ち止まる。どうしたの、と声をかけようとしたが、彼女の持つランタンの灯りに照らされたものを見て、得心が行く。彼女の前には、岩肌が剥き出しの壁がある。行き止まりだ。


「もしかして、道を間違えた?」


地図を見間違えたのかと思いルーシャに声を掛けるが、彼女はこちらを振り返ると、首を横に振る。


「違う。ここには元々来るつもりだった」


そう言うと、ルーシャは麻袋からランタンを取り外して通路の真ん中に置き、壁を背に座り込む。


「少し、休憩しよう。暫く歩き通しだったし、疲れてるでしょ」


その言葉に、僕は少し不快感を覚え、反論する。


「待って。たしかに僕は冒険者になりたての未熟者だよ。だけど、ちゃんと今日まで鍛えてきたんだ。これぐらい、なんともないよ」


だが、ルーシャは首を縦に振らない。


「なんともない、と思ってるときが一番危ないの。いいから、休もう」


どうにも納得がいかないが、今の僕はルーシャに守られている身だ。渋々、彼女の対面に腰を下ろす。


座り込んだまま、僕はランタンの灯りに照らされたルーシャの姿を改めて眺める。やや高めの位置で二つに結われた、透き通るような細長い銀髪。気だるげな目、長く伸びるまつ毛。顔立ちは美しく、今は洞窟の埃によって薄汚れているが、肌も白くきめ細かい。


軽々と長剣を振り回していたとは思えないほどに腕も細く、剣や革鎧を身に着けていなければ、街を歩いてもとても冒険者には見えないだろう。


ふと視線を上げると、ルーシャと目が合った。


「わたしの顔になにかついてる?」


ルーシャが、やや不快そうに僕に問いかける。君が可愛いと思ってました、なんて言えるはずもなく、しどろもどろになりながら、僕はやっと声を絞り出す。


「い、いや。そうじゃなくて。ルーシャの腕、凄く細いけど、長剣ロングソードを軽そうに振り回してたな、って思ってさ。やっぱり、なにかコツとかあるのかな」


少し声が上擦ったが、どうにか誤魔化せただろうか。ルーシャは納得したのか、腰の長剣ロングソードをベルトから外し、僕に渡してきた。


「持ってみればわかる」


両手で受け取ったそれは、驚くほど軽かった。片手でも軽々と振り回せるほどで、これならルーシャの細腕でも問題なく扱えるだろう、と得心が行く。僕が鞘に収められた剣を眺めていると、ルーシャが剣について教えてくれた。


「軽量金属を使ったオーダーメイドの長剣ロングソードだよ。強度は一般的なものの半分以下だけど、重量はおよそ半分。鞘も金属製じゃなくて革製だから、より軽くなってる」


「そういえば、ルーシャはゴブリンとの戦いのとき、直接剣で受け止めずに後ろに流すみたいに攻撃を防いでたよね。やっぱり、普通の剣と違ってまともに受けたら折れちゃうから?」


僕の疑問に、ルーシャはランタンの灯りを眺めながら、静かに答える。


「そうだよ。でも、普通の剣を使ってた頃から私はそうやって戦ってた。どちらにせよ、私の筋力じゃまともに攻撃は受け止められないから」


ルーシャの言葉に納得する僕。


「最後に、もう一つだけ聞いていいかな」


もしかして、ルーシャは意外と僕のことを信用してるんじゃないか、と思った僕は、それを確かめたくなってこんな質問をしてみた。


「会ったばかりの僕に武器を渡してよかったの?」


少しどきどきしながらルーシャの返答を待ったが、ルーシャは溜息をつくと、気だるげな細目を更に細め、僕に現実を突きつけた。


「アランなら、素手でも倒せる」


そりゃないよ。

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