台風とその前兆

期末試験が終わり、夏休みに入る。しかし、ゆずちゃんとは何度か遊んだだけで、特に関係の進展とかないまま夏休みは終わった。こちらから何度か誘ったのだけど、どうやら両親の都合などあって、夏休みにあまり時間が取れないらしいのだった。そして夏休み明けの朝、久々に会った彼女の顔はいつも通り美しいのだった。

「おはよー、久しぶり」

「お久しぶりです。すみませんお会いする機会をなかなか作れなくて」

「ゆずちゃんが謝る必要なんてないよー」

どうやら彼女は美しさだけでなく、その性格も変わっていないようだ。彼女のその性格は変えるべきだと思っていても、今はその変化の無さに安心している自分がいた。


「久しぶりだね、もう来ないものかと思っていたよ」

その日の放課後、私は先生の相談室に向かった。勿論久々に会えたのだからゆずちゃんと一緒にいたかったのだけど、ゆずちゃんは今日は親戚の都合で帰宅を急がなければいけなかったのだ。

「要件はなんでしょうか」

「お悩み相談ですよ」私は後ろ手に扉を閉め、席に座りながら言う。9月と言ってもまだ暑いので、クーラーの冷気を逃がさないためにも扉は丁寧に閉めておいた。

「最近、ゆずちゃんとの時間が取れないんですよ。親の都合とからしいんですけど」

「なるほど」

「夏休みもなかなか会えなかったし、それで集中できなくて宿題は手につかないし」

私は一気にまくしたてる。相談しに来たというより、愚痴を言いに来たわけだ。ゆずちゃん関係だと、愚痴を言えるのがこの教師ぐらいしかいないのだ。はぁ、早く人々の同性恋愛への意識が変わると良いのだけど…

「そうか、そうか、それは大変だ」

そしてこの教師、私が愚痴を言いに来たと悟ると適当に流してきた。これではつまらないので、体を乗り出して溜まったストレスと共に吐き出す。「酷いと思いませんか?」

「顔が近い」

目の前の教師は苦笑する、しかし次の瞬間に少し顔を歪めた。

「すみません、急用を思い出しました」

「急にどうしたんですか?」

あまりに表情や声色が変わったものだからこちらもつられて敬語になってしまった。

「ですから、急用です。申し訳ないけど今日の相談室はここまで、今度来た時は扉をしっかり閉めて下さいね」そういうと、先生は追い出すように私を外に追いやってしまった。カラカラと目の前で扉が閉じられる。見知った声に名前を呼ばれたのはその直後だった。

「あっ蓮花さん、探しましたよ」

「ゆずちゃん、用事があったんじゃ…」

ゆずちゃんがいた。帰ったはずのゆずちゃんがいたのだ。

「学校を出た直後に親から連絡がありまして、予定はキャンセルだと」

「そうだったんだぁ」

急なことで驚いて間抜けな声が出たけど、すぐに私はゆずちゃんをお誘いする為の言葉を頭の中で並べて、発しようとした。が、お誘いを伝えようとした瞬間、ゆずちゃんが口を開いた。

「今から時間取れますか?ちょっとお出かけしましょう」

なんだか今日のゆずちゃんは積極的だ。いや、よく考えたら最初に名前で呼び合おうと言い出したのもゆずちゃんだ。実はけっこう自分から動くタイプなんだ…ゆずちゃんて。

「あー、大丈夫、予定は無いよ」

あー、などと一瞬考えるような素振りをしたが、実際は何も考えていない。最初から予定などすっからかんにしてある、全てゆずちゃんと一緒にいるためだ。

「なら今すぐ行きましょう、時間もそんなに無いですから」

「うん」

なんかゆずちゃん焦ってる?いつもと雰囲気が違うように思える。しかし、そんな小さな疑念は、喜びと期待にかき消されてしまい、校門を出る頃にはすっかり頭から消えてしまっていた。


ゆずちゃんに連れられて着いたのは、駅近くの噴水がある小さな広場だった。噴水の周りにはベンチが設置されており、何組かのカップルが座っている。そして円形の噴水は、空間に立体的な水のカーテンを作りしばらく夕陽を映した後、その幕を下ろし、沈みゆく太陽の姿を露わにしたりしていた。

「そこのベンチに座りましょうか」

私は軽く頷いてゆずちゃんの後を追う。ここに来てやっと確信を持てたが、やはりゆずちゃんは少しいつもと違う。そしてその雰囲気に飲まれた私は、初めてゆずちゃんとお茶した時と同じように上手く話せないでいた。

二人並んでベンチに座ってから、ゆずちゃんが再び口を開いたのは、噴水が二度上がり、二度崩れ、更に淡い赤色になった太陽が姿を見せた後だった。

「急にこんなこと言うと驚かれるかもしれませんが、私…」

そう言うとまた黙ってしまう、そして私が「どうしたの」と言いかけた瞬間。

「私、本気で蓮ちゃんが好きです、愛してると言っても良いです」

「えっ」思わず口に出てしまう。そして回らない頭で何かを言おうとゆずちゃんの方を向く。

一瞬何が起こったか理解出来なかった。気づけば私の唇は、ゆずちゃんの薄桃色の花弁に包まれ、揉まれていた。私の頭は回らないどころではなく、何も考えられず真っ白になっていた。しかし、まだその時はそんなに嫌悪感は無かったのだ。ただ次の瞬間に、私の唇は花弁になり、彼女の花弁からはナメクジが現れていた。美しい花弁をナメクジが蹂躙する、そんな嫌悪感が生まれていた。そして気が付けば私は逃げ出していた。「おい、ゆずと何があったんだ」聞き覚えのある声が聞こえた気もするが無視し、走り、走り、ただ走った。











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