青春は、これから
「そうか、そんなことがあったんだ」
翌日、私は先生にゆずちゃんとお友達になれたことを話した。
「あっあと、連絡先も交換したんですよ」
「へぇ、けっこう簡単にできたんだね」
「自分からではとても言えなかったと思います。ゆずちゃんが言ってくれたから…」
そう、お友達になれたのも、連絡先を交換できたのも、全てゆずちゃんのお陰だ。ゆずちゃん優しいなぁ…
「ゆずちゃんはとても話しやすいんですよね」
「聞き上手というやつか」
「どっちもだと思います。本当にゆずちゃんは凄いなぁ」
ふふっと先生が笑う。
「いや、なに笑ってるんですか」
「青春しているなぁ、と思ってね」
先生が苦笑しながら言う。
「私もしたかったなってね」
「先生はまだまだこれからですよ。若いですし」
これはお世辞で言ったわけではなく、実際先生は若かった。
「そうか、そう言ってもらえると嬉しいよ」
先生がそう言い終わると同時に、扉がノックされた。
「どうぞ」
そして扉が開くと、ゆずちゃんがいた。
彼女は私がいることに気づくと、すこしびっくりして外に出ようとした。しかしそこを先生に呼び止められた。
「あっゆずちゃ、ゆずちゃん」
呼びかける途中で、昨日ゆずちゃんと交わしたやり取りを思い出した。そうだ、これからは気兼ねなくゆずちゃんと呼べるんだ。
「こんにちは、蓮ちゃん」
ゆずちゃんがそう呼ぶのは分かっていたが、やはりそう呼ばれるとなんだかむず痒い。
「ほう、もうそこまで仲良くなったんだ」
先生がさっきとは違う笑みを湛えて言う。
「目覚ましい関係の進歩だね」
「これも全てゆずちゃんのお陰です!」
私は自分のことでも無いのに胸を張る。ゆずちゃんは気恥ずかしそうに微笑んだ。
目の前の少女たちは、どうやら私の予想以上の速さで歩み寄っているようだ。
とても嬉しいことだ。そのはずなのだが、なぜか私は心に引っかかるものがあった。一体この感情は何だろうか。恐怖のような…いや、焦りと言うべきか…とにかく暗くどんよりとした感情が私の中にはあった。特にゆず…この子が気になって仕方ない。
部屋でひとり物思いにふける。ゆずちゃんについて、恋愛について、具体的なものから抽象的なものまで色々と。悩んでいるわけではなく、ただ考えている。少しズレると不安になりそうだけど、楽観的な性格に今は救われている。
なかなか充実した日々だ、そう思える。今の状態がしばらく続いても良いし、急速に関係が発展しても嬉しい。でも、ゆずちゃんが離れてしまうのだけはやだな…それだけが気がかりだった。
「蓮花、ご飯!」急に呼ばれて肩が震える。考え込んでいたので尚更だ。
「今行くー」と答え体重を預けていたソファから体を起こし立ち上がる。
階段を下りてリビングへと向かう。今日は珍しく父親がいた。
「よぉ、蓮花。元気してたか?」いつも通りの、でも久しぶりの笑顔を向けてくる。
「久しぶり。おかげさまで元気にしてるよ」そう言いながら私はちゃんと笑顔になれてるだろうか。
「そうか、なら良いんだ。でも、父さんには蓮花が悩んでいる顔をしているように見えるなぁ」
勘がよいお節介焼きは厄介だ。まぁ昔からこうなので慣れてはいる、そして慣れているということは対策出来るということ。
「恋だよ恋煩い。年頃の乙女なんだから恋の一つや二つするの。人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られてなんとやらだよ」自分から結論を出して話が深くならないように、これで大丈夫…だと思ってた。
「そうか、蓮花にももう彼氏が出来る頃なんだな、父さん妬いちゃうなー」
予想外の一言だった。いや、少し考えればわかる、いや当然…そう普通は彼氏なのだ。
いや普通って何だ、何が普通なんだ。
「いや、そうでもないよ」目一杯に自然を装って出た私の言葉は、両親の顔を少し曇らせただけだった。
それ以降の夕飯のことはあんまり覚えていない。記憶にあるのは刺身の醤油がやたら薄かったことぐらいだった。そして今は自室のベッドの上だ。
「父さんは悪くないよね」顔に押し付けた枕に、何かモヤモヤとした感情ををぶつける。
そう、父親はごく一般的なウザイ回答をしただけだ。だから気にする必要はない。少し落ち着いた今なら分かる。というか気にし過ぎなのだ、何故ここまで考え込まないといけないんだ。「はぁ」一つため息をつく、よしだいじょうぶだ。
そして思考を何遍かぐるぐるした後、私は眠ってしまった。
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