出会い

翌日、思わぬ来客があった。この部屋には普段から数人の生徒が出入りしているが、彼女はその誰とも違うところがあった。安直な表現に頼ると、とても綺麗だったのだ。髪は墨汁に浸けたような黒、顔は整い色白、身体はすらっとした細身で背も高い、その上、見るものに儚げな印象を持たせるのだから不思議だ。

そして、彼女が名乗った瞬間はっとし、頭の中が冷めていくような感覚に陥った。彼女は白井ゆずと名乗ったのだ。

そう、あの美人で人気者のゆずという子だったのだ。彼女はとても美人で完璧に見える、しかし、いや、だからこそどこか近寄りがたい雰囲気があるのだ。周りが委縮してしまうタイプの美人というわけだ、つまり蓮花の「人気者」発言も一種の恋による盲目…ということになるのだろう。

完璧にみえる彼女にも悩みの一つや二つはあるらしい、だからこそ彼女はここに来たのだろう。そして、彼女が悩んでいる理由を私は蓮花から聞いていた。それは藤村さんの件だった。

その件に関してはもうほとんど解決しているに等しいので、私はその事を彼女に伝えようとした。

「ひゃっ」

部屋の入口の辺りからだった。目の前の彼女は少し驚いているが、私はそれが誰かすぐに分かった。彼女の椅子は扉の逆を向いているが、その向かいにいる私からはバッチリ見えたのだった。

「少しここで待っていてくれるかな?」

私は彼女に断って立ち上がった。


今日は先生に事前に来ることを話していなかった。しかしあの部屋が繁盛しているようにはとても見えないし、先生以外の人がいることもないだろう。ただ問題は昨日のことで少し気まずいという事だ。いや、ばれてしまったのだ、もうそのことは忘れよう。

しかし、「扉を開ける前にノック」の張り紙を無視して開けた扉の奥には、考えもしない人がいた。

「ひゃっ」

思わず声が出る。慌てて体を引き、廊下に頭を引きずり出すように戻した。

混乱していた、なぜあの人が?先生と話してる、羨ましい、それにしても綺麗。

様々な思いが頭を埋め尽くしていく。心臓が飛び出てしまいそう。もしこの心臓が飛び出したら、それは雛鳥の様にピヨピヨと跳ね回ることだろう。あぁ一目見るだけでこんなにも思いが昂ってしまうなんて…


「こちら宮部蓮花さん、よくこの部屋に私を冷やかしに来るんだ」

「冷やかしてはいませんよ、私だって相談があって来ているんです」

「それは最初の頃だけだったと思うけど」

「いや、昨日相談に乗ってもらったじゃないですか」

「あ、あぁそうだったね」

歯切れが悪い返事だ、ひょっとしてこの先生誤魔化すのが苦手なんじゃないか?すぐに顔に出てしまいそうだな。

こんなんでスクールカウンセラーが務まるのかしら?

「もう、しっかりして下さいよ、先生」

もう、ゆずさんに変に思われてしまうじゃないか。

「二人は本当に仲がよろしいのですね」

瞬間、身体が軽く跳ねる。あぁ、ゆずさんが喋ったのか。心より体のほうが早く反応してしまっている。話し掛けられたのはこれが初めてだろうか。

「そんなことないですよ」

そう違うのだ、私は決してこのダメカウンセラーと仲良くなりたいのではない。本当はあなたと…

ふふっと彼女は小さく笑ってくれた。

「そうそう宮部さん、藤村さんの件だけどね、あなたのことを心配した同級生の子が教えてくれてたんだよ。藤村さんも強く言い過ぎたと反省してるみたいだし、許してやってくれないかな?」

「はい、もちろんです。元々私が割ってしまったのがいけないので」

「そうか、なら解決かな。そうそう、その伝えてくれた子、蓮花さんなんだよ」

えっ、急に何を言い出すんだこの人は。もう少し繊細に扱うべき事柄だろうに。

「なんでそんなこと言うんですか」私は小声で先生に言った。

先生は何か言葉を返そうとしたようだが、その前に別の声が私に飛んできた。

「宮部さん、私の心配をしてくれたんですか?ありがとう。気を使わせちゃったみたいね」

あぁ、なんて優しいんだろう。気を使わせちゃったのは私の方じゃないか。これだけで心が弾んだのだが、彼女の言葉はまだ続いていた。

「ではお礼、と言ったらよいのか分かりませんが、今度お茶しに行きませんか?おすすめのお店があるんですよ」

聞いた瞬間は何も考えられなかった、理解が追い付いていない状態だ。それでもなんとか声を絞り出した。

「ひゃ、ひゃいお願いします、です。」

自分でも何を言っているのか分からないほどだったが、彼女は大きく頷いてくれるのだった。

「それでは明後日の放課後なんてどうでしょう」

私は断るはずもなく、先ほどの彼女よりももっと大きく頷くのだった。









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