第3話
なにかをしていたほうが悲しみがまぎれるということはよくある。わたしは、彼女に頼みごとをすることにした。
初めてわたしの家にきた鏡乱は、感激していた。なんとか彼女を落ち着かせ、わたしが思いついた〈いたずら計画〉のことを説明した。
本当に実現できるのか自信がなかったのだけれど、鏡乱は、「任せてください」と、今まで見たことのない、きりりとした表情になり、パソコンの前に座った。
鏡乱は、仕事を完了させるため、家に泊めてほしいと言いだした。親には、友達の家に泊まると言っておけば大丈夫だと。
わたしは渋々承知した。そうと決めたからには、さっそく鏡乱の分の日用品や食料を買いに行った。
思ったより作業は長くかかった。わざと長引かせているのではないか、そうでなければ、そもそも不可能だったのではないかと思ったが、鏡乱によると、確実に作業は進んでいるという。鏡乱が家に来て一か月が過ぎようという時、さすがにもう家に帰れと言ったが、鏡乱は、「もう少しです。サーバーは特定できたし、個体キーも半ばまで解読しましたし、とにかく待ってください」と、わたしを見もせずに言った。
そしてついに、成功したと言ってきた。わたしはパソコンから離れ、爪やすりを置いた。
「全部首尾よくいったら、お礼をするよ。お金じゃないほうがいいよね。あんたはその気になれば、いくらでも自分で稼げるんだし。なにがいい?」
鏡乱は、ぽかんとした顔になった。
「うーんと、そうですね……あ、そうだ!今度のダイナマイトフェスのバックステージに連れて行ってほしいです。親戚の子ってことにして。直近の叶宇さんのライブがそれですもんね」
「いや、フェスの打ち上げが本番なんだから、無理だよ」
「あ、そうですね。へへへ」
鏡乱には、どうしようもなく間の抜けたところがあるらしい。今日は自分の得意料理を作ると言っては焦がし、浴室ではボディソープをこぼしたうえに滑って転んだりする。
「ワンマンでよければ、バックステージに招待するよ。フェスのあとにあるから」
「本当ですか!むしろワンマンがいいです!嬉しい!」
鏡乱は、約二か月後にまた会うことを約束し、素直に帰って行った。
「今日はみなさんのおかげで、素晴らしいフェスになりました。本当にありがとうございます。参加してくださったすべてのみなさんのご健勝を祈って、乾杯させていただきます。乾杯!」
ダイナマイト・イリュージョンのボーカルの桃木さんがグラスを掲げた。わたしもリンゴジュースのグラスを掲げて乾杯する。
特設テントの中、前に並んだダイナマイト・イリュージョンのメンバーとわたしの間には、わたしの先輩でダイナメイトの後輩であるミュージシャンが大勢集まっていた。わたしの後ろには、わたしの後輩のバンド二組。そのうちの一組は、エクスマシンだ。
エクスマシンのほうをうかがうと、メンバーはなにも持たず、ビールのグラスを持ったイーヴィーの横で拍手をしていた。
レオンは、隅のほうでほかの音楽ライターと一緒にいた。まだ今日は、わたしは彼と口をきいていない。
もう一組の後輩である、有機配列というバンドのベースの女の子が話しかけてきた。
「剣持さん、今日もとてもかっこよかったです。ずっと袖から見てました」
四十五分間、ずっと見ていたということか。
視界の隅では、ダイナマイト・イリュージョンのドラムのAkiraさんとベースのマッスーさんが積極的にほかのミュージシャンに話しかけている。紺野さんとセイヤさんのギタリスト二名は、仲良さげに談笑している。なにを話しているのだろう。
有機配列のベーシストは、わたしの歌を執拗にほめてくれた。でも、彼女の名前がどうしても思い出せない。音楽番組に出た時に、楽屋で挨拶されたことは覚えているのだが。
数メートル先では、桃木さんが別のミュージシャンと握手をしている。
「あの、剣持さんってすごく綺麗ですよね。行きつけのサロンとか病院とかあったら、教えてもらえませんか?」
彼女は素直なまなざしで言った。
「特にないですよ。整形もしてないですし。ただ、細かいことには気をつけてますね」
わたしは正直に答えた。彼女が熱心にうなずくので、使っている化粧品の種類だとか、意識して食べているものなどを惜しげなく教えた。その間、エクスマシンのメンバーも、ほかのミュージシャンたちの間に交じり始めた。そして、桃木さんとリサが話し始めた。
「ちょっとごめんなさい」
わたしは携帯端末で、鏡乱にメッセージを送った。
桃木さんはジョーンと話していて、リサはその隣で、笑顔でうなずいていた。
有機配列のほかのメンバーもわたしに話しかけてきた。しばらくすると、歓談とは違う種類のざわめきが聞こえてきた。
目をやると、リサが左手にシャンパングラス、右手にシャンパンのボトルを持っていた。グラスは満杯で、リサの手を伝い、地面にぼたぼたと零れ落ちている。
「ごめんなさい」
リサは狼狽したように言い、グラスをテーブルに置こうとした。その一方で、右手はボトルを傾け、リサの体の前の空間にシャンパンを注いだ。芝生にバシャバシャとシャンパンが落ちる。グラスはテーブルに載り損なって落ちた。
ジョーンがボトルを取り上げ、テーブルに置いた。
「リサ、大丈夫?」
ジョーンがリサの顔を両手で挟み、目をのぞき込む。
「大丈夫じゃない。まずいよ。救急隊を呼んで」
リサが言うと、近くにいた、名前のわからないミュージシャンが笑った。冗談だと思ったのだろう。
「みなさん聞いてください。わたしは本当は人間なんです。体の具合がおかしいので、救急隊を――」
そう言ってリサは倒れ、びくびくと痙攣しだした。イーヴィーが悲鳴を上げ、リサに駆け寄る。
「リサ!しっかりして!誰か!」
「救急隊を呼びました」
なにもしていないように見えるジョーンが言った。通信したのだろう。ほかの人々は、戸惑ったようにざわつく。ほかのエクスマシンのメンバーは、氷のような目でリサを見下していた。
「どうすればいいの?」
イーヴィーは、エクスマシンのメンバーを見上げた。
「わかりません」
とジョーン。キム、アシタス、カールも首を振った。
数メートル離れたところにいるレオンが、ぽかんとした間抜けな顔でリサを見ていた。
数分後、ヘリで救急隊が到着し、リサはイーヴィーに付き添われて搬送されていった。
テントの外でヘリを見送るわたしに、有機配列のベーシストが言った。
「驚きましたね。どういうことなんでしょう?」
「わからない」
見ると、ほかのエクスマシンのメンバーは、駐車場のほうへ引き上げていくところだった。鏡乱からメッセージが届いた。
『なんか途中で接続が切れちゃいました。すみません!どうでしたか?』
わたしは、もうなにもしなくていいと返信した。
そのあと、わたしは車の中で鏡乱に電話した。
「鏡乱、リサに、わたしは本当は人間なんだって言わせた?」
「いいえ。ちょっと故障したような動作をさせただけです。実は、言語野に侵入するのは難しくて。すみません、もっと派手なことをさせたほうがよかったですよね」
「そんなことはいいの。言わせてないのね?」
「はい。どうしてですか?」
「なんでもない。あのね、念のため、国外に逃げたほうがいいかもしれない。わたしが車で空港まで送るから、しばらく海外旅行に行くとでも思って――」
「どうしたんですか?急にこわくなったんですか?大丈夫です。絶対に痕跡は残してませんから」
「念のためだよ。親御さんには、また友達の家に泊まるって言っておけばいいでしょ?」
「お気持ちは嬉しいですけど、本当に大丈夫ですよ。わたしを信じてください」
「お願い。わたしの言う通りにして」
「なんかあったんですか?」
「なにもない。大成功だよ」
「みんな驚いてくれましたか?」
「うん、大驚き。あと少しだけわたしの言うことを聞いて。あのね、ニュースは見ないで。ネットもテレビも全部」
「どうしてですか?」
「どうしても。わたしのファンでしょ?わたしの言うことには従うよね」
「はい、従います!」
わたしは、鏡乱を某国のホテルにしばらく住まわせた。結局、鏡乱もわたしも逮捕されなかった。疑われもしなかったらしい。
数か月後、何事もなかったかのように、エクスマシンは復活した。彼らは世界中を飛び回り、わたしも、新たな市場を開拓し、海外を回るようになった。しかし、彼らと会うことはなかった。
鏡乱は、ホテルにかくまわれている間、地元のライブハウスで、お気に入りのバンドを見つけたらしい。わたしのライブのバックステージに招待するという話は、うやむやになった。彼女から言い出せば、わたしは断るつもりはなかったのだが、彼女は、もうわたしのファンではなくなったようだ。バンドの追っかけをするため、某国の医療機器メーカーに就職することにしたという報告をしてきて以来、連絡はない。
そして、あのダイナマイトフェスから、十年以上の時間が過ぎた。そのことに気づいたのは、ある国で、バカンスを楽しんでいる時だった。同行していた佐藤が、ある情報をつかんできたのだ。わたしは結局、新たな人間関係を結ぶのが下手らしく、慣れた人間を様々な用途に利用することが上手いらしい。
「元エクスマシンのリサが、パブで歌ってるらしいよ」
シャワーを浴びていると、佐藤がBCで呼びかけてきた。ここ数年で進化したテレパシー技術だ。
「え?エクスマシンって、もうなくなったでしょ?」
わたしがBCで返事をすると、佐藤は画像を送ってきた。
「でも、これはリサだろう」
わたしの脳裏に表示された画像の女性は、黒髪だったが、確かにリサに似ていた。ウクレレを抱えて歌っている。リサがウクレレ?
「ここから三百キロほどのところにある、肉体主義者が集まる町にある店だそうだ。行ってみるか?エクスマシンのこと、好きだっただろ?」
佐藤は、わたしの態度を、エクスマシンの音楽性を評価しているものと思い込んでいたらしい。
わたしは少し迷ったけれど、肯定の意思を返した。
そこは、古代に迷い込んだかのような錯覚に陥る場所だった。木のテーブルと椅子が並び、人間の従業員が料理やビールを出している。
佐藤とBCで注文を送って待っていると、低いステージに、リサとしか思えない女性が出てきた。今日は暑いですねなどと挨拶したのち、ウクレレを弾きながら歌い始めた。
その声には、かすかにリサらしさが残ってはいるが、バンド時代とはまったく違っていた。ソプラノボイスではあるものの、キーがぐっと低くなっている。しかし、低音はカットされたように消えていて、ごく普通の声域。もちろん、すべてノーマルな声で、かすれている。かつてあった透明感は消え、声量もなく、マイクを使って歌っている。倍音は増え、深い声になっているように感じた。
以前の彼女と、どちらがより優れているのか比べることは難しかった。まったく別物だからだ。
歌っている途中、彼女と目が合ったような気がした。個人フィールドを不可視モードにしたいところだが、あの技術は数年前にすたれてしまった。突破する技術が浸透し、意味をなくしてしまったのだ。
リサは、約一時間歌い続け、いったん袖に引っ込んだ。フロアに姿を現すと、まっすぐにわたしたちのほうへやってきた。
「こんばんは。もしかして、剣持叶宇さんですか?」
「ええ」
わたしはうなずいた。
「お久しぶりです。覚えておられないかもしれませんが――」
「リサさんですよね?」
「ああ、覚えていてくださったんですね」
わたしは、嬉しそうにする彼女に席を勧めた。
佐藤が、リサのことを知って会いに来たと説明した。リサの話によると、三年前に引退してからしばらくして、この店で歌うようになったという。
「ここは肉体主義基本派の人たちが集まっているので、居心地がいいんですよ」
「少し意外です。あなたは肉体主義者なんですか?」
佐藤が言うと、リサは微笑んだ。
「ええ。もともとわたしは肉体主義です。でも、同時にテクノロジーの信奉者でもありました。基本派になったのは、数年前です」
「基本派というのは、テクノロジーを使わないで生きる人たちということでしたっけ?」
佐藤が質問すると、リサは丁寧に答える。
「まったく使わないわけではないですよ。ただ、BCに入っている基本ソフトしか使わず、ほかの機能を付け加えることはしないんです。体内データ管理と、記憶、メッセージ送受信だけですね。あとは、身体増強はせず、生身を大切にする。それだけです。アーミッシュとは違いますし、過激なことはなにもありません」
「すみません、勉強不足で」
「いえいえ。わたしは、以前はライトな肉体主義者で、VRには否定的でしたけど、身体増強はしまくってました」
リサは笑った。
「はっきり確信が持てずにいたんですが、やっぱり、あなたは、アンドロイドを騙っていた人間だったんですね」
佐藤が言うと、リサはうなずく。
「そうです。始めは、ほんの悪ふざけだったんです。周りもそれに乗じて、嘘が秘密になってしまったというか。わたしは、歌唱中毒であり、身体増強中毒だったので、あの頃はそれが楽しかったんです。ビジネスにもなっていました。お金をもらって、最新技術の実験台になったんです」
「アンドロイドでいることを強制されたわけではなかったんですね」
「そうです。自分の意思でなければ、無理だったと思います」
「ほかのメンバーは?」
「全員アンドロイドです。もういません……少なくとも、わたしはそう思ってます」
佐藤が追加注文したビールとアセロラジュースが運ばれてきた。佐藤が勧めると、リサは美味しそうにジュースを飲んだ。
「今は、身体増強はやめられたんですか?」
わたしは質問した。
「ええ。できるだけもとの体に戻してもらいました」
「基本派になったきっかけはなんだったんですか?」
「うーんと……十年くらい前に、脳をハッキングされたことがあって」
わたしは胸が冷えるのを感じながら、表面は冷静にうなずいた。
「その時、心境が変わったんです。予期せぬこわいことが起こりうるんだと思って、全部から逃げ出したくなりました。有名でいることもこわくなったし、バンドを辞めたいと言いました。でも、違約金がとても払える額ではなくて、続けるしかなかったんです。それから引退するまでは、本当につらい時間でした。その中で、基本派の考え方に出会ったんです」
「もしかして、突然の活動休止期間があった時のことですか?」
なにも知らない佐藤が言う。
「ええ、そうです」
「大変だったんですね。犯人は捕まってないんですか?」
「そうなんです」
「それもひどい話ですね」
「ええ、まあ。でも、リスクを取ったのは自分だし、自業自得とも言えます。ほかの人とは違う種類のBCを入れてたせいなので。それも、お金をもらって受けた実験だったんです。もう考えても仕方ないと思ってます。今は心の傷も癒えて、満足してますし」
「ウクレレ、練習したんですか?」
わたしが言うと、彼女は笑った。
「そうです。この町の店で歌うには、あまり選択肢がなくて。歌唱中毒は治ってないんです」
「エクスマシンのリサだとバレることもあるでしょう?」
「でも、もう多くの人は忘れてますよ。人気が落ちて、引退できてよかったです。まあ、いずれは引退させられていたでしょうけどね」
「最後まで人間だとバレずに済んだわけですよね」
「どうなんでしょう。案外、みんな気にしてなかったのかもしれませんね」
「そんなことはないと思いますけど」
「でも、人間とアンドロイドなんて、親から生まれたか、工場で生まれたかっていう違いしかないんじゃないですか。これは、キムが言っていたことの受け売りなんですけど」
わたしには、それが冗談なのか本気なのか、判断することができなかった。
ひとしきり話したあと、佐藤とわたしは店をあとにした。
「元気そうだったな」
佐藤は、他人のことなのに、安心したようだった。
「あのさ、このあたりのホテルに泊まっていかない?」
わたしは言った。
「え?ここが気に入ったのか?」
「そういうわけじゃないけど、これから帰るっていうのもあれだし」
「まあ、いいよ」
幸いにも、小さなホテルに部屋を取ることができた。わたしは、早めに寝るふりをしながら、考えていた。彼女に謝るかどうかを。こんな殊勝なことを考える自分が意外だった。
今更謝ってどうなる?むしろ迷惑なのでは?許されたいというエゴでは?そう考えることはできるが、わかっている。謝るべきには違いない。問題は、するべきことをするかどうかだ。
結局、答えを出さないまま、気がつくと朝だった。なにも言いだせないまま、もとのホテルに戻り、観光をして、帰国の日になり、空港へ来た。
もう、リサと会うこともないだろう。結局、わたしはわたしだった。こういう人間だ。慣れているから、もはや自分に失望することもない。
フライトの前、この国での最後のディナーとしゃれこんで、空港のレストランで佐藤と乾杯した。青い肌をしたアンドロイドのウェイターが、ワインを注いでくれた。
わたしのグラスにワインが満たされていく時、ウェイターの動きが止まった。ワインがあふれ、白いテーブルクロスを汚していく。
「ちょっと支配人!ウェイターの故障よ!」
わたしは驚いて叫んだが、誰も出てこない。
わたしはボトルを取り上げ、アンドロイドの頭にたたきつけた。自分のワンピースが汚れるのも構わず、中身の入ったボトルで殴り続ける。アンドロイドが倒れると、別のウェイターアンドロイドに、隣のテーブルの上にあったグラスを次々と投げつけた。
一方、佐藤は隣の客に殴りかかり、たちまち殴り合いになった。別の客は、窓に椅子を叩きつけ、次々とガラスを割っていた。別の客は、テーブルの上で裸になって踊っていた。しかし、たちまち別の客に足を払われて倒れた。別の客は、動き回って他人の持ち物をかき集めていた。店のあちこちで、アンドロイドが腕を横に振りながらスクワットするというおかしな運動をしていた。
正気に戻った瞬間、わたしは見知らぬ男にワンピースの裾をたくし上げられていた。
「うわあっ!」
男とわたしは同時に声を上げ、お互いから飛びのいた。
佐藤を探すと、テーブルの下で血まみれになっていた。
「佐藤!大丈夫?」
「……なんとか。ニュースはチェックできるか?」
BCでニュースフィードにアクセスしようとしたが、できなかった。
「できない。なんで!?」
「わたしもだ」
わたしは佐藤に縋りついた。
「なにが起こったの?」
「テロだと思う。こんな大規模なハッキングは聞いたことがない……もしかすると、広範囲で起こったのかも」
「こわいこと言わないでよ」
わたしは、芝生に注がれるシャンパンのことを思い出していた。息が苦しい。逃げだしたい。隠れたい。丸裸にされたように心細い。
リサも、目覚めた時、同じ思いをしたのだろうか。
掃除ロボットが床を這い回っている店内では、さっきまで体操をしていたアンドロイドたちが椅子やテーブルを直したり、壊れた食器を片づけたりしていた。
その時わたしは、初めてアンドロイドに親近感を覚えた。
そういえば、鏡乱は、リサが人間だということに、結局気づかなかったらしい。そのことの意味を、今やっと初めて、理解した。いや、本当に理解できているのだろうか。
わたしは、にじんだ涙をぬぐった。
やがて、BCは回復し、この混乱は、肉体主義基本過激派による大規模テロだということを知った。ネットに接続できる能力を持った、数万人の人々、そして数万体のアンドロイドが被害に遭ったらしい。
リサは、この事態をどう思うだろうか。もしわたしがしたことを知り、わたしが彼女と同じような目に遭ったと知ったら、いい気味だと思うだろうか。これだけでは、罰が足りないと思うだろうか。彼女は倒れ、痙攣していた。何年も自分の立場に閉じ込められ、苦しんだ。
彼女がわたしに殺意を抱いているような気がする。これをやったのは、リサだという気がする。
そう考えるわたしは、悪い人間だろうか。
『人間性を殺すテクノロジーを享受する者は、総じて悪魔だ』
テロリストの声明が、ニュースフィードから流れ込んできた。
「大丈夫ですか?医療キットです。お使いください」
アンドロイドが声をかけてきた。ナノマシン軟膏と飲み薬を渡してくる。
「ありがとう」
礼を言ったのは久々かもしれない。
「これで大丈夫ね」
わたしが言うと、佐藤はうなずいた。佐藤の傷に軟膏を塗った。傷が修復されていく。
「きみが天使みたいに見える」
佐藤の言葉に、わたしは苦笑した。
「いえいえ、そんな」
「謙遜するなんて、きみらしくないな」
「天使じゃないからね」
悪魔でもないけどね。もう考えるのはやめよう。
わたしは、この混乱が収まり、平穏が訪れることだけを祈った。
悪魔であり、天使だなんて 諸根いつみ @morone77
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