第7話 世間は都市伝説にも世知辛かった
「ここに来る前は、東京の小学校にいたの」
ぎゅむっとそっぽを抱きしめる花子が、絞るように語りだした。直道も、韮崎も、じっと彼女の言葉に耳を傾ける。
コンタクトできる、妖怪とも霊障とも異なる存在である都市伝説が、何を語るのかを。
「むかーしは、女の子も驚いてくれてたんだけど、携帯が出回り始めてから、みんなが変わったの」
「俺、生まれてもないなぁ……」
「後で上のトイレまで来なさい、いいこと?」
花子が語る1990年代には、まだ直道は産まれていない。ちょっと遠い目で花子を見てしまい、半目で睨み返された。結構な眼力に、直道はブルッと震え背筋を伸ばさざるをえない。
見かけは小学生でも、都市伝説という存在でも、年上の
「そのころは
右手を頬にあて、ふぅ、とため息をつく花子は、もはや子供のいたずらに困っている母親のようだ。
トイレの花子さんが流行を見せたのは1980代であり、その原型は1950年代までさかのぼるとも言われる。人間であればおばちゃんだなのだから、その仕草もおかしいものではないのだが、直道は何とも言えない表情で見ているしかないかった。ヘタなことを言えばまた睨まれてしまう。
姉がいる直道は、年上の女性の無言の圧力に弱いのだ。
「ネットが普及するとその写真まで流されちゃって、あたしを見るためにわざわざ小学校に不審者が侵入する騒ぎにまでなっちゃって……」
はふぅ、と可愛いため息をこぼす花子。
トイレの花子にも色々なバリエーションはあるが、実害を及ぼすようなものは少ない。むしろ子供を驚かして喜ぶ、昔の妖怪のような存在だ。
自身のことが加熱して子供に被害が及ぶのは本意ではないのだろう。幼さが残る顔に陰がさしている。
「で、その小学校から逃げ出して、色々転々として、この廃校に来たの」
尻尾を抱きしめながら寂しげに笑う花子に、直道の胸がグワシと締め付けられる。人間ではないが、一種の虐めだと直道は思ったのだ。
自分の居場所であるこの廃校に、また興味本位の人間が来る。しかも、朽ちていく校舎を、さらに壊すかのような行動もする。驚かすことを存在理由とする花子に、それを止める力はない。
直道は慙愧の念で腹の底に痛みを覚えた。
「静かにいたいだけなのに……」
花子はカクッとうなだれた。情報化社会の犠牲は、都市伝説にまで及んだのだ。
「ニラ! なんとかなんねーのかよ!」
耐え切れず叫んだ直道に花子がびっくりして顔をあげた。
『都市伝説に関しては、我々も気にしていませんでした』
「なんだよそれ、つめてーじゃねーかよ!」
『我々とは異なる理由で存在するんです。しょうがないじゃないですか!』
「逆切れしてんじゃねーよ!」
直道は、珍しく語気を荒げる韮崎と言い合いを開始した。だが、融合して頭の中でしか聞こえない韮崎の言葉は花子には伝わらず、ひとり叫んでいる直道に対し、花子が胡乱な眼差しを向けてきていた。
「尻尾が沢山ある由緒正しい化け狐なんだろ! なんとかなんないのかよ!」
『残念ですが尾が3つしかない私は万能ではないのです!』
直道の頭は韮崎の苛つきともとれる偏頭痛に襲われていた。言い合うことで、憑りつき状態にほころびが出てしまったのだ。
「くそ、頭がいてえ」
『まずい、融合が解けます!』
直道の体が白い光に包まれ、それが収まった時、直道の体からは狐の耳と尻尾が消えていた。そして彼と同じように階段で胡坐をかく、眉を寄せた韮崎がいたのだった。
「憑りつきが解除された!?」
直道は目を開き韮崎を見た。彼は呆れた顔で大きくため息をつき、口を開いた。
『直道。融合について説明した時に口酸っぱく伝えたつもりでしたが、そうでもないようですね』
韮崎の額にバシっと青筋がのたくる。口を曲げた呆れた顔をしているが、腹の中では溶岩が滾っているのだろう。
『憑りつくという行為は、お互いの信頼が大切だと、何十回も言ったはずです』
なるべく冷静になろうと、あえて低い声にする韮崎。さすがの直道もそれはわかる。う、と呻き、押し黙った。
『まぁ、これ以上は言いません。さて、融合が解けてしまったこの状況を移用して、ちょっと実験をしてみたいのですが、いいですか花子さん?』
韮崎が花子に顔を向けた。びっくりした花子が韮崎を、そして直道を見比べているが、その直道には、花子が見えていなかった。
「そこに花子ちゃんがいるのか? 俺には見えねえんだけど」
『……やはり、霊力ゼロでは見ることも叶わないようですね』
「なに!」
直道はガバっと立ち上がり、そして床を踏み抜いた。だが、それすらも気にせず、階段中に視線を巡らせた。
「……いねえ」
『直道の目の前にいますがね』
愕然とする直道に、韮崎の言葉が刺さる。実際に花子は直道の目の前で不安げな顔を隠せないでいた。
花子にとって、人間に見えないということは、己の存在意義にかかわってくるのだ。
「やだ、やだぁぁ!」
花子は怯えた顔のまま後ずさりし、階段を駆け上がっていった。
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