第6話 尻尾は万能だ
「狐のおじさん、頭は大丈夫?」
すさまじく失礼なことを言われた直道だが、混乱した頭はまだ混乱中だ。
霊障を調べに来たのに人が、それも少女がいたという非常事態に、官僚の頭脳も落ち着きを取り戻せていない。
『直道、珍しいサンプルです! 妖しいことは間違いありませんが、話ができそうなら実行してください!』
頭に響く韮崎の声に、直道は我に返った。冷静さを取り戻すべくブンブンと頭と耳を振る。
「狐のおじさん、本格的に頭がおかしくなっちゃった?」
心配そうに眉を下げる少女に、直道は顔を向けた。
「あぁ、ちょっと冷静さを失ってただけだ。それと俺はおじさんって歳じゃないんだ」
「じゃあ、おっさん?」
「まだお兄さんでいさせてもらえると嬉しいな」
「わかった、狐のお兄さん!」
ニパっと笑う少女は、まだあどけなく、身長から推測するに小学校の高学年と思われた。
「狐のお……お兄さん、怪我したの?」
屈んだ彼女の視線はボロボロになったズボンに注がれている。血が滲んでいるのを見て気にかけてくれたのだろう。怪しい存在なのに優しいもんだ、言い間違えそうになってたけど、と直道は思った。
「俺は近藤直道。ここに何かが出るって噂があったから、ちょっと調べに来たんだ」
「で、階段で転んじゃたんだ。あわてんぼだなぁ」
彼女がくすっと笑う。見た目通りの笑顔は無邪気そのもので、怪しい気配など微塵も感じさせない。直道もつられてへラッと笑ってしまう程だ。
「あ、あたしは花子。みんなからはトイレの花子って言われてるの」
その言葉を聞いた瞬間、直道と韮崎は固まった。そして直道は彼女をまじまじと観察する。
おかっぱ頭、白いシャツ、赤いジャンパースカート。
なるほど、都市伝説にあるトイレの花子さんと酷似している。
直道と韮崎は頭の中でコンタクトする。彼女が原因だろうと。
オカルトの掲示板で見かけたのは、赤い何かが向かってくるという情報。確かに彼女のスカートは赤い。
暗がりだったら輪郭もぼやけ、何か、としか認識できないのは理解できた。
「ここにはあたししかいないの。時々、人間が来るんだけど、この校舎の壁とかけっちゃうんだ。あたしはここにしかいられないから、壊してほしくなくって……」
黙ってしまった直道との空気が耐えられなかったのか、花子が自分について語りだすのだが、地雷でも踏んでしまったようで涙ぐみ始めた。
「ああゴメン、階段壊しちゃったね」
焦った直道が声をかけると、いいの大丈夫、と彼女は強がる。
「だって、狐のお兄さんはお化けさんだもん」
涙を浮かべながら、花子はにっと笑った。
彼女の泣き笑いは、仲間にあった嬉しさと安堵が滲み出ているものだった。なんとなくそれを察した直道の胸が痛む。
今の直道は、外見は狐男のようだが、人間である。仲間足りえないのだ。
『都市伝説は、妖怪でも霊障でもありません。妖怪は大昔から人と共に在りましたが都市伝説は人間の創造と妄想から生まれています』
「うるせぇ! 泣きそうな女の子にそんなこと言うんじゃねえ」
『直道にしか聞こえてないから問題ありません』
「そうじゃねえ!」
韮崎の言い草に頭にきた直道が怒鳴ると、花子はびくっと体を揺らした。そして「ふぇぇぇ」と泣き出してしまった。
「驚かしてゴメン、お兄さん、ちょっと頭おかしくってさ。時たま大きな声を出しちゃうんだよ」
直道はお尻からペタンと座り込んでしまった花子の頭を撫でながら、自らをピエロにして泣き止ませようと躍起になっていた。姉はいるが妹はいなかった直道に、子供をあやすというスキルは備わっていないのだ。
『都市伝説は、必ず人のいる場所に出てきます。それは彼らが人の想像から生まれたからであって、ではなぜこの子が人気のない廃校舎にいるのか。それが鍵なのかもしれませんが……』
韮崎と言えば、花子の相手を直道に放り投げて思考の海に浸かっていた。韮崎が知っている知識と花子の状態を比較し、回答を導き出そうとしているのだ。
うるせえ、ちっとは静かにしてろ、と心で文句を垂れる直道は、ただ花子の機嫌が直るのを待っている。
「そ、そうだ、花子ちゃんはなんでここにいるの? もうこの学校がある村にも人はいないんだけど」
花子の脇に胡坐をかき、贖罪の如く頭を撫で続ける。泣かれたままでは調査も終わらず、いつ帰れるのかわからない。直道も泣きそうである。
だがその甲斐あってか、花子のぐずりがやんで、しゃくりあげるだけになった。
「ふぅ、なんとかなっんん?」
右腕で目をごしごしと擦る花子の左手が直道の尻尾に伸びた。そしてむぎゅっと捕まえた。引き寄せ、縋るように抱きしめ、花子は顔を埋めた。
見かけは小学生だが、その精神も小学生とは限らない。だが、花子は落ち着くために、抱きつく何かを欲している。
小学校に出る都市伝説であるが故に、その精神も小学生と同じ程度なのかもしれない。
後で謝っとけよな、と直道がぶつけた言葉に、わかってます、と殊勝な返事が来る。韮崎の良心も痛むのだろう。
ぐりぐりと尻尾に顔を擦りつけ、花子はようやく落ち着きを取り戻した。
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