第5話 慌てる者に慈悲はない
廃校舎の廊下を、RPG-7を棍棒のように掲げた直道は慎重に進む。穴だらけというのもあるが、焦って追いかけた先に罠があったら目も当てられないからだ。
力が強くなったとはいえ直道は生身だ。大怪我をしたら命を失うこともある。
融合で興奮状態の直道ではあるが、己が命に危険が及びかねない現状には慎重だった。
「知性があるってことは、霊障を超えて妖怪化した可能性もあるんじゃ?」
『感知できる霊障は未だにⅠと最低レベルです』
「いままでの霊障は知性もなく本能的に襲ってきたじゃんか」
『そこは否定しません』
韮崎は考える様に黙り込んでしまった。相談相手が沈黙してしまったが、直道は静かに廊下を進んだ。
虫でも動いたのか聞こえるわずかな音にも敏感になり、その都度RPG-7をその音源に向ける。もし何かが突進してきたら爆発するかもしれないのだが、直道の頭にそこまでの考えはなかった。
そんなことを繰り返して廊下を進んだ直道は折り返しの階段を見つけた。
「これ、途中で床が抜けるとかねえよな?」
引きつり気味の直道がぼやいた。苔
昔の校舎故に手すりなどなく、身を委ねても安心できそうなものは見当たらなかった。
『廃墟愛好家はこの階段を登ったようですし、大丈夫です。きっと』
「最後の一言が余計なんだよ、ニラ!」
『直道が怪我をしても私には何の影響もありませんので』
「くっそ、気楽に言いやがって!」
RPG-7をぐっと握りしめ覚悟を決めた直道は一歩を踏み出した。
「のあぁぁ」
バキっと床を踏み抜き、ビリっとスラックスが破れた。
「うおおおおおおぃ!」
『安物の服しか着ないくせにうるさいですね』
「帰りはどうすりゃいいんだよ!」
『あぁ、確かに』
「ああああ!!」
頭を抱えた直道が天に向かって叫んだ時、その視界の端に赤い何かを捉えた。折り返しの階段を上りきったところに、人型の赤い存在を見つけたのだ。
「いたァ!」
直道の叫びに驚いたのか、その赤い存在はビクリと揺れ、パタパタという足音を残して消えた。
『直道! 追いかけて!』
「待てオルァァ! ってウガァァァァ!」
勢いよく階段を登ろうとした直道だが、盛大に踏み出した一歩は脆くなった見事に箇所を踏み抜き、顔から階段に突っ伏した。
「イテェ……しかもシャツも破れた。今回の仕事は被害がでかくねえ? 主に俺の」
顔を強かに打ち付け額を赤く染めた直道が、階段で体育座りをしていた。転んだ拍子に木の床の破片がシャツに大穴を開け、ズボンはさらに酷い有様になっている。
ふさふさの尻尾は項垂れ、顔は土まみれ。膝、脛に擦り傷をつくり、流血まではいかないが赤いものを滲ませていた。
『まだ何もしてませんよ?』
ため息交じりの韮崎の声は冷たい。事実なのだが、傷心気味の直道にはぐさりと刺さる。
「もう帰りたい……」
『何を今更。大した霊障ではないのです。さっさと片づけましょう』
「俺はここにいるからニラひとりでやれよー……」
『はぁ、そうはいきません』
狐の耳をシュンとさせて膝に顔を埋める直道。すっかりいじけモードになっていた。
憑りつきで興奮状態なはずだが理不尽な状態が続けばテンションも下がる。やる気が家出した直道だが、韮崎も放っておくことはできない。
憑りつきを解除しても直道は生身のままである。生身で無事にこの校舎から出られる保証はない。調査もできず、危険性も確認できていないままでは、融合している方が安全だった。
そして韮崎は直道を見捨てられない最大の理由は、ふたりが非常に相性が良いことだった。
総務弐課に配属されるのは、左遷や嫌がらせではない。それぞれの相棒との相性が良い人物が選び出されるのだ。
凛は祇園との相性で配属され、同じように直道は韮崎との相性で配属されている。つまり今以上相性が良い組み合わせはありえないのだ。
呆れつつも韮崎が直道と組んでいるのは、こんな事情もあったのだ。
「あの、狐の、おじさん、だいじょう、ぶ?」
いじけモード全開の直道に、階段上から声がかかった。
「大丈夫じゃない」
膝に顔を埋めたまま、直道は答えた。声の主が何者なのかも考えずに脊髄反射的に答えたのだ。
「あれ、狐のおじさん、あたしの声が聞こえるの?」
声に続いてパタパタと近づく足音に、絶賛いじけ中の直道も顔をあげた。
直道の視界には、赤いジャンパースカートが見えている。 丈は膝ちょうどくらい。スカートの裾から除く足は細く幼い感じだ。
視線をあげた先には、おかっぱ頭の少女が、心配そうな瞳で見つめてくるという、頭が混乱しそうな映像が待っていた。
「……ほわっつはぷん?」
「えぇっと、あいるびー、ばっく?」
ぽかーんと口を開けた直道に対し、その少女は可愛らしく首を傾げ、頓珍漢な答えを言い放った。
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