第4話 遠ざかる足音

『ま、待ちなさい直道! そんなものであの校舎を壊すと、山火事になります。消防も出動して大騒ぎになって、国土交通省から莫大な請求が来てしまいます!』


 直道の頭の中に韮崎にキンキン声が鳴り響く。昂った直道はその本能の赴くままに行動しがちだ。それを制御するのも韮崎の役目だった。


「ぶっ壊しちまえば廃墟愛好者も近づかなくなるし霊障も吹き飛ばせて俺の仕事も終わって一石三鳥だろ?」

『その代り減給と安心院と凛のお説教ですよ? そして予算削減でアメ横のもできなくなってしまいますよ?』


 む、と直道は顔を顰める。

 彼の使用する武器は彼が調達してくるものが多い。官品に武器など含もうならメディアが喜んで話題にして大騒ぎするだろう。活動自体が非公開である総務弐課の費用は、ほぼ官房機密費から支出される。その中に直道の武器代が含まれるのだ。


「……しょうがねえなぁ」


 直道は耳と尻尾を垂らし、肩に担いだRPG-7をおろした。彼の頭の中で韮崎が『手のかかる子です』とぼやく。

 直道が踏みとどまったのは、減給もあるが、予算削減で妖しい店でのショッピングができないことが大きい。直道は武器大好きっこだ。武器オタとまではいかないが愛好者ではある。

 憑りつくことにより、対霊障ではあるものの大好きな武器をふるえることに、直道的には楽しみを感じてはいるのだ。だからこそ、学力競争の末に官僚になったのに閑職に回されても続けている理由でもあった。


『そんな物騒なものはしまいなさい』

「丸腰で出ると噂の廃墟に入れってか?」

『霊障レベルもⅠですし、遭遇してから取り出しても遅くはないでしょう』

これRPG-7、製造から十五年経っててまともに動かないだろうからってワンコインで買ったやつだから、多分問題ねえぜ」

『撃てるかもわからない物に何故金をつぎ込むのですか!』

「安かったしさ、何より浪漫って大事だよな。武器庫にはリボルバーコルト・パイソンも火縄銃もあるぜ?」

『……一度武器庫の整理も必要ですね』


 韮崎の大げさなな溜息をBGMに、直道はRPG-7の後方部を握った。RPG-7は発射の際のバックブラストを逃がすため、尾部はラッパ状に広がっているのだが、その根元を片手で握っていた。

 片手で棍棒をぶら下げているサラリーマン。何かの悪夢が現実化した様子に、韮崎が絶句した。


『直道、なんでそんな持ち方を?』

「一応対霊障用に祝詞で祝福されてるからさ、遭遇したらコイツでぶん殴ればいいんじゃん、とか思いついた」

『貴 方 は 度 し 難 い バ カ で す ね』

「先端の信管に当たるように殴ったら発電してちゃんと爆発するだろ?」

『発想が突き抜けすぎて理解不能です』

「ははは、褒めても何も出ねえぞ」

『豆腐の角に頭でも……いやダメです、神聖なる豆腐に頭をぶつけるなどあってはなりません!』

「……俺もニラが理解できねえぜ」


 呆れた顔の直道は校舎に向かって歩き始めた。






 生えたい放題の杉の木をよけながら、直道は崩壊した玄関の前に来た。風雪で脆くなった柱か梁がおれたらしく、張りだした屋根が押しつぶした格好だ。

 その脇に、鋸か何かで斬り開いた入り口がある。屈まないと入れない大きさだ。


「クリーニングが面倒だ」


 ぼやきながら、直道は地面に膝をつき、ずりずりと中に入る。

 ツンとくるすえた臭い。浸食激しい壁の隙間から入り込む陽の光が、かろうじて内部の輪郭を浮かび上がらせていた。

 入ったのは玄関わきの廊下だった。木の床に転がる下駄箱だったろうソレは腐食し、崩れる寸前だ。天井には照明器具が悲しげにぶら下がっている。

 廊下の片側は窓があり、本来であれば陽の光を優しく差し入れていただろうが、あいにく蔦の黒しか見えない。もう片側には教室が連なっており、誘うようにぽっかりと口を開けている。

 

「廃墟ってすげえな」


 直道は各所に穴が開いてしまって草が顔を覗かせて言える床を見た。廃墟愛好家が出入りしているせいか、床には泥が乾いた砂が堆積している。足を運ぶと埃が舞う。

 静まり返った廊下には直道の呼吸音しか響かない。


『んー、廊下の先に微小な霊障反応有』

「そういやここの見取り図とか?」

『既に廃却されたか失われています。まぁ、小さな村だったはずなので、そう大きな建物でもないですし、くまなく歩いて調査しましょう』

「……経費でズボン買ってくれよな」


 直道はRPG-7を肩に載せ、うんざりした表情で廊下の床をミシリと鳴らした。

 一歩足を踏む毎に舞い上がる埃に、マスクくらいかっときゃよかった、と後悔しつつ、直道はすぐ近くの部屋に入る。


「ここは?」

『何もないですね。倉庫代わりだったのかも』


 直道が入った部屋には黒板らしきものも教壇だった机もなかった。割れたガラス窓には蔦がびっしりと蓋をし、ほとんど明かりがない状況だったが、憑りついた状態の直道には見えるのだ。

 歩けばカシュとガラスを割る音。埃を吸い込んで直道がむせる。


「ゲホッ、何もなさ、そう、だゲホ」

『そうです、ん?』


 狐の耳がピクリと動いた。廊下でパタパタと走る音が聞こえたのだ。直道はすぐに部屋を出たが、その音は廊下の向こうに消えていた。


「何かいるのはゲホ、間違いなさそうな」

『僅かですが霊障反応有。動物ではなさそうです』


 狐の耳に入るパタパタとした音は、やや上から聞こえるようになった。直道はその方向に視線をやる。


「二階か」

『そのようですね』

「赤い何かが向かってくるって情報だったけど、逃げたな」

『いままでの侵入者と違うと判断した可能性も』


 肩からRPG-7を外しブンと横に凪いだ直道は、知性があるってのは厄介だな、と呟いた。

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