第3話 テロリストご用達なアレ

 駅前で韮崎が手配したレンタカーで目的地に向かう。N県南部の山中にある廃村だ。

 高度経済期に、周囲の集落が一斉に離村したがために廃村になった過去がある。当時は効率化を求めた結果の移住だったのだろう。東京一極集中の真っただ中の直道は、歴史という参考書の中にある小さな事件としか知らない。


 後部座席で狐の姿に戻って丸くなって寝ている韮崎を余所に、N駅から高速で南下すること二時間。カナカナと寂しげな声が響く、車で行ける限界のところに来ていた。

 ここに来るまでにも、もはや道とは言えぬ林の中の平らな土地を走ってきたが、ハッチバックの車ではこの先の凸凹とした地面を進むのは困難と思われた。

 直道は後部座席に振り返った。


「ニラ、起きろ、降りるぞ」

『起きてますよ』


 韮崎が一瞬で狐から妖しいイケメンになり、さっさと降りていく。目の前の地面は陥没し傾いている。視線をあげれば木々が出迎えてくれて入るが、歓迎の意思はなさそうだった。

 陽も頂点を過ぎ、少し悲しげな斜陽を林に注いでいる。森で嗅ぐことの湿り気のある空気ではなく、乾いた土の臭いが鼻腔を刺激する。

 心地よいとはお世辞にも言えず、霊障が起きてもおかしくはないな、と直道は思った。


「ここからは歩きだって、おい!」

『ふむ……』


 直道が声をかけた韮崎が林の向こうを睨んでいる。顎をさすり「微かですが、感じますね。霊障レベルⅠというところでしょうか」と呟いた。


「俺にはなーんもわからないけどな」

『そりゃ直道は霊力ゼロですしね』

「それが普通だって」

『そうですね。まぁ、わからないままの方が良いこともあるもんですよ。さて行きましょう』

「おっと、待てって」


 クールビズの直道と三つ揃えの韮崎が、場違いな服装のまま、枯れ葉に覆われた道の痕跡をたどって行った。

 ほぼ崩れ落ちた家屋。コケに占領された同祖神。倒れ朽ちかけた木製の電柱。置き去りにされた墓石。

 樹との争いに負け、それでも自然に還ることを拒み、かつての営みを訴えてくる人工物。山に呑みこまれつつある廃村を、直道と韮崎は奥へ奥へと歩いた。


「目的の学校は奥なんだな」


 直道は、もはや山道と大差ない斜面に足を打ち付けるように歩く。霊力はない代わりに体力には自信がある直道である。呼吸を乱さずに登っていく。


『山に負けない足腰を作るため、という説もあります』


 韮崎は飄々と歩いていくが、こっちは人外なので人間と比較する方がおかしい。あれはあれ、これはこれ、でいいのである。


「……さすが齢数百歳。無駄に歳は食ってないな」

『適当に言っただけです』

「嘘かよ!」

『狐ですから』


 木漏れ日など入り込めないほど葉が生い茂り、肌を舐めていく空気も青臭く、湿気を帯びてヒンヤリとしていた。

 錆びついた大きな鍋の横を通り、斜面を上がりきった拓けた場所に、その校舎はあった。

 森を背後にした木造二階建て。ガラスが嵌っていたはずの窓。正面に大きく開いた玄関の屋根は崩れ落ち、入り口としては機能しなくなっている。

 廃墟愛好家たちが開けたと思われる穴が、その脇に堂々とある様は、とても痛ましいものだった。

 何十年の月日の間に校庭だった場所は杉の木が我が物顔で生え、校舎の壁は蔦の立体絵画になっていた。


「あれだな、なんか出そうな雰囲気を醸し出しまくってるな」


 直道は腕を組んで校舎を見つめた。


『でも霊障レベルは先程と大差ない感じです。しかし、妙な気配もしますが……』


 横に立つ韮崎が首を捻った。釈然としないのか、眉を寄せている。


「ここに来るまでにいたずら目的の奴にはあわなかったし、気のせいだろ」

『……霊力がないというのは、気楽ですねぇ。ですが中に入るならば〝憑りつ〟いておいた方が良さそうです』

「よし、神威如嶽 神恩如海!」

 

 直道の祝詞が終わると韮崎の体が眩く光り、直道を取り込んでいく。光が去った後には腰からふさふさで黄色のしっぽを生え、頭から尖った黄色い耳を飛び出した、憑りつき状態の直道がそこにいた。

 にやりと口角を吊り上げる直道。憑りつくことにより肉体が強化されるだけでなく、感情も昂るのだ。


「調査なんて面倒だ。ぶっ壊しちまえば良いんだよ、こんなもん」

『何を考えているのですか!』


 狼狽する韮崎を無視し、悪い顔の直道がズボンの後ろポケットから〝武器庫〟と書かれた手帳を取り出した。素早くページをめくり、頭上に掲げた。


『ちょ、直道、やめなさい!』

「よっしゃ出てこい【テロリストご用達RPG-7対戦車榴弾】ッ!」

『こ、このおバカーーー!』


 直道が持つ手帳が急激に光りだす。韮崎の叫びをかき消すような閃光が収まると、手帳の真上には【RPG-7】が浮かんでいた。


 【RPG-7】


 今は亡きソ連が開発した携帯対戦車擲弾発射器だ。

 単純構造。取扱簡便。低製造単価。おまけに発射機と弾頭を合わせた重量が10kg程度のお手軽さ。

 川に打ち込めば魚がプカプカ浮かんでくるという漁具にもなる、世界中でベストセラーな、紛争地域の主役。それが【RPG-7】だ。


 直道は鉄パイプにも似た発射機を肩に担いだ。狐の耳がピンと立ち上がり、尻尾がぐるぐるとまわり始める。快感がぞくぞくと背中を這い回り、思わず舌なめずりをした。


「ひゃっはー、汚物は消毒だぁぁ!」


 気分はすっかり悪役な直道であった。

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