廃村の校舎
第2話 シンカンセンスゴイカタイアイス
蝉の声にも張りがなくなり、少しだけ秋がチラ見してきたころ。クールビズに身を包んだ直道は霞が関にある総務弐課の扉を開けようとしていた。
「ぉはようござます」
「あぁ、おはよう」
中に入るなりすでに登庁済みの安心院に挨拶をし、手にした鞄を机の上に置いた。そして向かいにある凛の机を見た。
直道と違い、きっちり綺麗に片づけられた机の上に一枚の紙がある。直道は訝しんでその紙に手を伸ばした。
「有給、休暇? 凛姉は休みですか?」
「神戸で趣味の撮影会があるんだとかで、昨晩からいないんだ」
「フリーのレイヤーも忙しいな。副業にできないからみーんな持ち出しなのに良くやるよ」
呆れた様子の直道は椅子に座った。
「趣味を持つことはいいことだよ。国家公務員法に違反していなければ、ね」
安心院が狸の置物を丁寧に拭きながら言う。彼の趣味は多岐にわたるが、陶芸も嗜むようで、相棒の狸を磨くのも日課になっているのだ。
「でだね」
安心院がくるりと向き直り、ギシッと椅子に座った。直道は嫌な予感に眉を寄せた。
「N県にある廃村の校舎なんだけどね、廃墟愛好家たちが騒いでるらしくって――」
「それの調査ですか?」
「彼らが肝試しまがいをやってるらしいんだけど、
「その
「そうなんだよね。国土地理院が出向いたんだけど、ノイローゼになって帰ってきちゃってさ」
安心院はそういうと、組んだ手に顎を乗せ、盛大にため息をついた。
「で、わけわかんない仕事は
「官房長官から言われちゃうと断れないしね」
「そりゃ無理ですね」
恐らく国土交通大臣から泣きつかれたのだろう内閣府の長に言われてしまえば、断れるはずもない。
霊障に関する退魔行動が本来の仕事ではあるが、便利屋的に使われてしまうのも、総務弐課なのだ。
なにせ憑りついた状態であれば、人外の能力を有するのだ。トラブっても何とかなるだろ、と送り出されてしまう。
「というわけでさ、直道君は今から出張ね」
「いまから、ですか?」
「そう。いまから。あ、韮崎君とは現地で合流ね」
始業開始前に急遽出張を言い渡された直道は、がっくりと机に突っ伏した。そしてぐぬぬと、有給の凛を恨んだのだった。
東京駅で新幹線に飛び乗った直道は、座席を確保し鞄から端末を取り出した。そしてオカルト系の掲示板を探し出し、そこにアクセスした。
ざっと流していく中で、いくつかのコメントに目を止めた。
「怖くって昼間に行ったんだけど、あそこは昼間でも出る。廊下の奥から赤い何かが向かってきたんだ、か」
この手の肝試し行為には、自作自演も含まれている。大抵は暗くなってから入り込む輩が多いが、そいつらを驚かそうとする愉快犯もいる。
だが直道が見つけたコメントには賛同のレスが続いていた。同じ目にあった廃墟愛好家が多かったのだろう。
「んー、確認してみるか」
直道はオカルトの掲示板から離れ、国土地理院の同期にメールを送った。ノイローゼになった職員が、その赤い何かを見たのかを確認するためだ。
もし見たというのなら、それは間違いないのだろう。彼らは遊びで行くのではなく調査で出向いたのだ。当然いたずらも警戒していたはずだ。校舎付近に愉快犯がいれば、気がついただろう。
ほどなくして端末に着信があった。それを見た直道の口が歪む。
「ビンゴかよ。なんだよ、スーツでやらなきゃいけないのかよ!」
やけっぱちな直道は車内販売のお姉さんを呼び止め、シンカンセンスゴイカタイアイスを貪った。
終点のN駅新幹線改札口では、韮崎が、思いきり場違いな三つ揃えのスーツに身を包み、暑くないのか?という奇異の視線に晒されていた。彫の深い金髪でイケメンが汗もかかずにスーツを着こなしていることから、ドッキリなのか、と周囲に隠れているかもしれないカメラを探す人までいた。
韮崎はそんな周囲の異常を無視し、腕時計に視線を落とし「そろそろですね」と呟いた。
改札の向こう側がにわかに騒がしくなり、ホームから人の波が押し寄せた。その中に直道の顔を見つけ、手を挙げた。日常空間では異質な韮崎を、直道もすぐに見つけた。むしろ勝手に視界に入ってきたと言える。
直道は韮崎と組んでからまだ二年と短い。どこでもどんな季節でも外見が変わらない
改札を出て韮崎と歩き始めた直道が口を開く。
「なんで先にいるんだよ」
『N県にはハラール認証取得の味付け油揚げ工場があるのです』
「はぁ?」
『人間には様々な事情があります。全ての人々に油揚げを届けるその姿勢。感激しました。味も素晴らしく、是ならば戒律に厳しいかの宗教でも、歓迎されるに違いありません』
拳を握り熱く油揚げを語る化け狐に、直道は肩を落とした。
「ニラは、そればっかな」
『油揚げは奇跡のアンサンブルの元に生まれた、至高の食べ物です。あ、お土産はクール便で霞が関に送っておきました』
「そんなの仕事が終わってからにしろって!」
何のためにここまで来ているのか五里霧中で既に迷子な直道であった。
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