第5話 体育祭、頑張るよ!

「いよいよ、明日は体育祭だ!」

「はいっ!」

「我が陸上部は当然のごとく、部活リレーで優勝しなければならない!」

「はいっ!」


 部長殿沢トノサワの熱い呼びかけに、部員たちは声を揃えて返答する。


 リレーは三年生を中心に選抜されるが、ガチな陸上部は実力勝負だ。タイムが速ければ、学年関係なく選ばれる。


 それでも、一番の俊足を誇る殿沢がアンカーであることには変わりない。


 文化部、運動部に分かれ、さらに、リレーの最後を飾るのは、野球部、サッカー部、バスケ部、陸上部のレースで、リレーの中で最も盛り上がると言われている。


 まだ新入部員のブリ子は、それでも補欠であった。

 張り切り過ぎて練習し過ぎ、足を痛めた生徒が多かったため、リレー選手以外で無傷な者は彼女の他にいなかったのであった。


「昨年は、僅差で野球部に負けた。サッカー部の奴らはボールがなければ遅いから心配はいらないとして、問題はバスケ部だ」


 殿沢の話を聞いているうちに、ブリ子は思い出していた。

 そういえば、バスケ部は見学した時、たまたま休みだったのか、見たことなかったなぁ、と。


「バスケ部は三年の蟷螂トウロウ通称『カマキリ』がキャプテンになってからは、子分の部員たちも手段を選ばないって噂だからなぁ。昨年は熱出して休んでくれたから何とかなったけど。野球部も、足の速いヤツらは卒業したからな、要注意はバスケ部だけだろう」


 陸上部員たちとブリ子は、殿沢の話を、頷きながら聞いていた。


 当日、体育祭では、それほど熱い勝負というよりは、気楽な種目が多く、ブリ子の見る限りは、ガチレースは最後から二番目に行われる騎馬戦と、最後の部活リレーとなった。


 そこで、まさかのハプニングが起きた!

 騎馬戦の最中、殿沢が足を負傷したのだった!


「トノ! 大丈夫ですか!?」

「トノ!」


 殿沢の足には、まるで、鎌で切られたような跡があったのだった。


「きっとあいつだ!」

「カマキリどもの仕業だな!」

「なんて卑劣な奴らなんだ!」


 陸上部員たちは、悔し涙を浮かべるほど嘆いていた。


「うう、お前たち、後は頼んだぞ」

「トノ!」

「おい、コキ」


 殿沢に呼ばれ、おずおずとブリ子が前に出た。


「お前に、アンカーを托す」

「ええっ! コキがですかぁ〜!?」


 部員たち同様、ブリ子も驚いた。


「いいか、問題のバスケ部のアンカーはトウロウだ。一番卑劣なヤツだ。どんな手段を用いてくるか、これでわかっただろう? くれぐれも気をつけ、我が陸上部に勝利を!」


「わかりました、先輩っ! コキ、頑張りまぁ〜す!」


 意外にも、ブリ子は張り切って、他の部員たちと集合場所に向かっていった。


「いいんですか、トノ、あんな新人なんかに重要な役を」


 ふっと、殿沢が笑った。


「俺は、日頃からあいつの走りを見て来た。トウロウに打ち勝てるとしたら、あいつなのかも知れないと、うすうす思っていた」


「それほどまでに……!?」


「見届けてやろう! あいつの最期を! 間違った、アンカーとしてのあいつの最後の走りを……だ!」


「は、はあ……」


 最後の種目、俊足運動部を集めたリレーが始まった。

 どれも接戦で、いい勝負だが、バスケ部カマキリの子分ひとりが、いきなり野球部の足を切りつけた。


 野球部の地味な部員が叫び、足を抱えて転んだ。

 次に、殿沢の従兄弟であるサッカー部の稲河イナゴが切りつけられた。


「あいつら、腕に鎌を隠してる!」


 生徒たちからブーイングが起きるが、レースは続いていた!

 途中で陸上部員も切りつけられたが、傷は浅く、なんとかバトンをブリ子につなぐ。


 いよいよ、ブリ子の出番だった!


 カサカサカサカサカサカサカサカサ……!


「……なっ、なんだ、あの走りは!」

「見たことがありませんね!」


 観客の兜と鍬形も思わず立ち上がり、目を凝らす。

 他の生徒たちも、ざわざわと騒ぎ立てた。


「なんか低い体勢で、すごい速さで走ってる!」

「そして、あの音は、一体なんだ!?」


 カサカサカサカサカサカサカサカサ……!


 その低い体勢では、アンカーであるトウロウがいくら鎌を振ろうとかわすことが出来、どこからともなく聞こえてくるカサカサという音は、なぜか聞こえた者を脅かす!


「キモッ!」


 トウロウが怯んだその隙に、ブリ子は飛んだ!


 バタタタタタタタタタタタタタタタタ……!!


 ゴール目指して一直線に!


「うわっ! 飛んだぞ!」

「キモーーーーッ!」


 観客の生徒たちは大騒ぎであったが、そんなことブリ子は気にせず飛び続ける!


 トウロウは思い切り転び、ブリ子の走りと、二本のアホ毛をなびかせて飛んでいる姿に恐怖を覚え、その場で頭を抱え、震えていた。


 そして、彼女が白いゴールテープを切った時、観客は固まっていた!




 怪我の手当てが終わった殿沢を見舞いに、ブリ子と陸上部員たちが病院に行った。


「やはり、お前は、俺サマのにらんだ通りの才能の持ち主だった」

「はい、先輩! ありがとうございま〜す!♡」


 殿沢は、今までにない明るい笑顔になって、ブリ子を見た。


「あの走りは、皆には真似出来ない。どんな陸上部員にも!」

「ありがとうございま〜す!♡」


 部員たちも頷く。


「だが、キモい」

「え〜〜〜〜」


 部員たちも頷く。


「ま、いっか!」


 今日も、そんなこと、ブリ子は気にしない。

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昆虫学園 〜そんなことブリ子は気にしない〜 かがみ透 @kagami-toru

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