第3話 転入生と運動部

 体育館に向かい、運動部を回るカブトとブリ子だった。


「きゃーっ! アゲハ先輩〜!」


 黒いユニフォームを着た、高校生にしては妖艶な雰囲気を醸し出す、長身男子がラケットを振るう。

 バドミントンの羽は無駄のない弧を描いて、ネットすれすれに相手コートに入った。


 急降下したサーブを受けようと、追いかける白いユニフォーム男子が、バレーボールの回転レシーブのごとく転がりながらも打ち返したが、ネットに当たる。


「きゃーっ! シモンくん、大丈夫〜!?」


 またしても、女子たちの上げる黄色い声に、見ていた兜は耳を塞いだ。

 その隣にちょこんと立っていたブリ子は、呆気に取られていた。


「アゲハ先輩には、まだまだ敵わないな」


 立ち上がった白ユニフォームは、金髪で肌色の白いハーフの男子であった。

 にっこりさわやか笑顔が可愛らしい。


「いや、シモンこそ、どんどん上達しててすごいよ!」


 二人がネット越しにハイタッチすると、体操服の女子たちも、制服を着たただの観客女子たちも一層黄色い声を発したので、卓球部が集中出来ずにやる気をなくし、座り込んだ。


「黒木アゲハと白井シモンが人気を二分するバドミントン部だ」


 耳を塞ぎながら説明する兜の声が、それまでより声が大きくなり、ブリ子がびっくりして見上げた。


「やつら、たいして上手くないのに上手く見せるのが上手くてな」


 ……ちょっとブリ子にはよくわからなかった。


「試合では、いつも一回戦くらいしか勝てないくせに、練習で女子達が騒ぐから、他の部活の士気が萎える。卓球部には生徒会の黄金コガネ金蚉カナブンもいるが、見てみろ、どーせ俺たちなんか……って空気がただよってるだろ?」


 学食で、生徒会長の兜と副会長の鍬形に食事を運んでいた地味な生徒たちだった。


「黄金も金蚉も会計担当だからな。真面目にやってる彼らの邪魔になっている、蝶よ花よとおだてられて、努力しないイケメンどもなんかには、同じ額の部費なんか渡したくないって言っていた」


「……」


「俺も同感だ。あんなゆるゆるな部活に部費を払うくらいなら、高価なタンパクゼリーを購入した方がずっといい」


「……」


 ブリ子には、判断がつかなかった。


 体育館に充満する奇声に我慢ならなかった兜が、さっさとグランドに移動すると、慌ててブリ子はついていった。




 校庭は、野球部とサッカー部、陸上部が同時に活動出来るほど広かった。


 野球部のピッチャーは、学食で見た、黒髪ショートヘア長身女子で、その他は地味な男子たちが練習していた。


「ななほちゃんが追い出されたなんて、知らなかったなぁ」


「ちなみに、野球部員を操って、ななほを追い出したのは一見、炙羅アブラってあそこにいる女子マネージャーだが、影で操っていたのはピッチャーの蟻川だ」


「ええっ!? あんなカッコいい女子が!?」


 信じられない。


「あいつは、『影の女王様』だ。覚えておけ」


「ええっと……蜜橋ミツバシさんはお嬢様で、蟻川さんは女王様……混乱しそうだよぉ〜」


 ブリ子が目をぐるぐる回しかけていると、ほたるが校舎裏から出て来たのが見えた。


 一緒にいた男子生徒がスキップでもしそうなほど浮かれて、校庭の部活動に戻る。ユニフォームからサッカー部員だとわかった。


「あっ、ほたるちゃ……」

「静かにしろ!」


 兜ににらまれ、ブリ子はびっくりして黙った。


 ほたるは、そのまま校門に向かうと、そこには別の男子生徒が待っていた。

 なんだかイケメンな男子生徒と並び、イチャイチャとあやしい雰囲気をまといながら帰っていった。


「ほたるちゃん、彼氏がたくさんいるのかな?」

「源ほたるのやることには詮索するな。目を潰れ」

「ふぇ?」


「ほたると目が合っただけで男子たちは舞い上がり、群がっていく。その上、彼女は男子に寛容過ぎるし、許容範囲も広いから、光源氏さながらの源氏蛍だと言われている。まあ、女子には関係ない話だ」


「は、はあ……。まあ、要するに、美人でモテモテってことだね」


 ブリ子はヒカルゲンジってなんとなく古典的な響きがするけどなんだろうと思ったが、スキップして校庭に戻って行った男子を目で追ううちに、兜に尋ねるのを忘れた。


 そのうち、浮かれていたその男子と部員たちは、ごちゃごちゃと集まってサッカーボールを蹴り始めた。


 兜が溜め息をついた。


「団子状態か。まったく、サッカー部の稲河イナゴたちは、足は速いが、いつまでも組織として役割を決めずに、我先にと走ってくもんだから、マトモな試合にならん。今時の小学生の方がまだ上手い。少しは野球部の地道さを見習って欲しい。じゃないと、部費が無駄になるだけだ」


 だんだん兜の眉間に皺が刻まれていくのを、ブリ子は見ていて、これまで見た中では入れそうな部活はないなと考えていた。


 校庭の端を一直線に、順番に走っている生徒たちを、なんとはなしに見ていると、他の生徒よりも明らかに速く走る男子がいた。


「あれは?」


「ああ、陸上部の殿沢トノサワ先輩だ。サッカー部の稲河イナゴ従兄弟いとこ同士らしいが、あいつよりはずっとちゃんとしてる。近くで見学するか」


 珍しく、兜は文句を言わずに、ブリ子を案内した。


 殿沢は背が高く、足も長い。

 走るのが速いだけではなく、ハードルもリズミカルに飛び、走り幅跳びも走り高飛びも、大会では常にトップの成績で、ついこの間は新記録を出したらしかった。


「うちの生徒会で発行している新聞『ビートルズ』にも、先輩の記事を載せていた」


 少しだけ、兜が誇らし気な笑みを浮かべている。


 兜は、殿沢に「こんにちは!」と元気よく挨拶をし、殿沢も「おお! 会長じゃないか!」と嬉しそうに応えた。


「なんだ? 転入生か?」


 ブリ子に向かって、殿沢が尋ねる。

 兜に負けず劣らず、上から目線だ。


「はい! 二年生の五季ブリ子で〜す! コキちゃんって呼んでくださ〜い! 今ぁ、どの部活に入ろうか見学中でぇ〜す♡」


 思いっ切り笑顔で答える。


「あっそ。走るのは? 好き?」


「あ、はい! っていうか、コキはぁ〜、球技全然ダメだしぃ〜、走るくらいしか出来ないですぅ〜」


「だったら、俺サマんとこの陸上部に来いよ」


「えっ!?」


 初めて歓迎されたブリ子は、耳を疑った。


「いいんですか!?」


「ああ、いいぜ。この部活は、この俺サマの一存で何でも決まるんだ」


 殿沢は偉そうな笑い声を上げ、兜がほっと胸を撫で下ろした。


「先輩が拾ってくれて良かったです!」

「なに? こいつ、そんなに行くとこなかったの?」

「はいっ! 行く先々で断られましたぁ!」


 殿沢はブリ子を見下ろし、眺め回すが、「まあ、いいだろう」と独り言を言うと、練習をしている部員たちを集めた。


「トノがお呼びだ!」

「トノ! いかがなさいましたか!?」


「ああ、みんな、聞いてくれ。今日からこの陸上部に入部することになった……名前なんだっけ?」


「五季ブリ子でぇ〜す! ゴキじゃなくて、コキちゃんて呼んでください。GじゃなくてCだよっ! よろしくお願いしまぁ〜す!♡」


 思いっ切りの笑顔で、ブリ子は自己紹介をした。


「……だそうだ。よろしく頼む!」

「えっ」

「あ、はい」


 じろじろと排他的な視線が集まる。

 だが、そんなこと、ブリ子は気にしない。

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