第2話 転入生と文化部

「おい、転入生」

「はぁ〜い! コキちゃんでぇ〜す♡」

「ウザいから、やめろ」

「ええ〜、そんなこと言わないでくださいよぉ〜」


 兜が冷たい視線でブリ子を見るのは、初日から変わらない。


「この学園では、部活に属するのが必須だ。生徒会会長だからって、なんで、俺がいちいち案内してやらなきゃならないんだとは思うけどな、同じクラスなんだからって、薄羽蜻蛉ウスバ カゲロウ先生が言うから、仕方ない」


「ウスバカ?」


「よせ、で区切るな! 鹿って悪口にしか聞こえないだろうが! ウスバ先生だ」


「あの先生、そういう名前だったんだぁ〜?」


「担任の名前だぞ。ちゃんと覚えろ」


「はぁ〜い♡」


 身長も高く、大柄でガッチリとした体格の生徒会長兜タケルは、舌打ちをした。


 かなりの威圧感に心の中では負けそうになりながらも、ブリ子は、必死に話しかける材料を、頭の中で探した。


「あ、そうだ! 兜くんは、何部なの?」


「柔道部だ。三年が引退したら、主将になると決まっている。得意技は、掬い投げだ」


「わぁ〜、すごぉ〜い!」


 黒くつぶらな瞳を輝かせるブリ子は、「掬い投げって、相撲の技じゃなかったっけ?」と思い付いたが、自信がなかったので、それについては聞かないでおいた。


「ここが、柔道部の部室だ」


 畳の敷かれた部屋では、体格のいい男子部員と、少人数の女子部員が組み合っていた。


「わぁ〜! すごい迫力!」


 ブリ子が、きゃっと笑った。


「女子もいるんなら、コキにも出来るかなぁ?」

「お前は入るな」

「えぇ〜、なんでぇ〜!」

「いいから、次行くぞ」


 嫌そうな顔で、兜は将棋部の部室に向かった。


「囲碁・将棋部だ」


「あ、鍬形クワガタくんだー!」


 ブリ子の声に、そこにいた男子部員が一斉に注目する。


「……ああ、なんだ、キミか。まさか、入部したいなんて言わないだろうね?」


 顔を上げた眼鏡男子、生徒会副会長鍬形ツヨシが、迷惑そうな表情になるが、そんなこと、ブリ子は気にしない。


「コキってぇ〜、囲碁も将棋もわかんないけど、なんかカッコいいね!」


「それは、どうも。ちなみに、うちはもう一杯だから、キミの席はないよ」


 鍬形は冷たい視線を将棋盤に戻し、もう顔を上げなかった。


 次に二人が向かったのは、科学部だった。


「あっ、ななほちゃ〜ん! ほたるちゃ〜ん!」


 手を振ったブリ子を、天道ななほと、源ほたるが見付け、にこっと笑顔で手を振り返す。


 分厚い眼鏡をかけたトンボというあだ名の男子が、ほたるに一生懸命話しかけていた。


 よく見ると、ななほとほたるの周りには、男子たちがはびこっている。

 同じ部活だからかな? と、ブリ子は思った。


「二人とも、科学部だったんだね」


「天道ななほは元は野球部マネージャーだったが、もうひとりいた炙羅アブラって女子マネージャーが、いつもスイーツを密かに持って来ていて、部員たちにバラまいていたから、生徒会として注意した。それを逆恨みし、泣きながら言いつけたアブラの言うことを鵜呑みにした男子部員たちが『アブラちゃんが可哀想だろ!』と言って追い出し、天道は科学部に転部したんだ」


「そうだったの……。ななほちゃん、可哀想だね」


 ブリ子は、同情的な目をななほに向ける。

 ななほは、今は楽しく部活動が出来ているようで安心だ。


「ほたるちゃんは、何をしてるの?」


 顕微鏡を覗いていたほたるが、髪をかき上げながら微笑んだ。


「川の水をきれいにする実験をしているの」

「そうなんだぁ?」


 ブリ子は、ちょっと難しそうで、自分の頭ではついていかれなそうだな、と思って、その場から早々に離れた。


 家庭科室に着くと、スイーツ部の作る、甘い焼き菓子の匂いがしてきた。

 ハニーカステラ、パンケーキのハチミツがけに、ハチミツ入りロイヤルミルクティーを淹れ、優雅なおやつタイムであった。


「ちょっとー、今は、蜜橋さんのアフタヌーンティーの時間なんだからね。入ってこないでよ」


 地味な取り巻き女子達に、二人は追い出されてしまった。

 こんな調子では、きっと入部も受け付けてくれないだろう。


「あ〜あ、コキ、スイーツ作るのやってみたかったのになぁ……っていうか、食べたいだけだけどね」


 にっこり笑うが、兜は表情も変えずに「次に行くぞ」と言った。


 階段を下りると、なにか音が聞こえてくる。


「軽音部だ」


 兜が視聴覚室の重い扉を開けると、途端に、様々な楽器の音が飛び交った。


桐霧洲キリギリ シュウとその仲間たちだ」


 桐霧洲は、シュッとした顔に、緑色の目立つ形をしたギターを、ノリノリでかき鳴らす。

 すぐそばで、エレキギターをガチャガチャガチャガチャと弾いている靴輪クツワという男子もいる。


 奥では、松蒸マツムシという女子生徒がウィンド・チャイムをチンチロリンと鳴らし、鈴無すずなしという女子が、鈴が棒に鈴なりに付いたスレイベルというパーカッションを、リーンリーンと、飽きもせず、続けざまに鳴らしている。


 馬追ウマオイという男子生徒も、謎の弦楽器で、スーッチョン、スーッチョンと鳴らしまくっている。


「みんな好き勝手に楽器を鳴らしているだけで、バンドとして成立するにはまだまだだ。そんな部活に部費をやるのはもったいない」


 呆れた声で、兜が言った。


「う〜ん……そっか……」


 ブリ子も、何も言わなかった。

 どうせ自分は楽器も出来ないから入れないかなぁと、思っていた。


 そこからは離れた別棟に向かう。

 入るなり、ミーンミーン、ニイニイ、ジージー、ツクツクボーシ、カナカナカナ……と、いろいろな声が混ざって聞こえ、廊下中に響き渡っていた。


「ここで止まれ」

「え?」


 音楽室のプレートは廊下のずっと先に見えるが、兜は別棟の入り口で足を止め、両耳を塞ぎながら声を張り上げた。


「この先には、顧問の瀬実せみ先生が率いる合唱部がある。十三周期と十七周期には合唱部員が大発生する。鍬形が言うには素数の年らしい」


「えっ? ソスウって?」


 セミの声に遮られ、すぐ隣にいるブリ子にもよく聞き取れない。耳を塞いでいる兜はブリ子の質問が聞こえず、勝手に喋り続けている。


「今の三年が運悪く十三年周期に当たってしまっているため、今年度は総勢五〇〇人ほどの部員がいる。三年だけがここで練習し、一、二年には学校からは離れた公共施設の練習室で練習してもらってる。ドアを閉めてこれほど離れているにも関わらずこれだけ聞こえるんだから、ドアを開けるだけで自殺行為だ」


「そ、そっか。じゃあ、やめとくよ」


 ブリ子には最後の「自殺行為」だけはなんとか聞き取れた。そんな恐ろしいことになるなら、部室をのぞきたいとはまるで思わなかった。


 逃げるようにして、二人は暑苦しい音の響く別棟から立ち去った。


「まったく音痴ばっかりで、ちゃんと合わせようとしないから一度も大会の予選を通過したことがない。声量だけは褒められるが。学校も合唱部専用の別棟を建てて対策したが追いつかず、素数の学年が在学中は公共施設を借りることになる分、部費を多めにやることになるが、学園の生徒や先生たちの身を守るためには致し方ないだろう」


 ぶつぶつ言う兜の独り言が、聞こえた。


「次は、運動部を見に行くぞ」

「はぁ〜い♡」

「そのタルい返事、やめろ!」

「はぁ〜い♡」

「……」

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