第4.5話 [ならず者]たちが あらわれた!

 飲んだくれた店を出て空を見上げれば、濃紺のうこんのキャンバスにいくつもの星が点々と現れている。外の冷気に否応いやおうなく意識を覚醒させられると、異世界に来てたかぶっていた気持ちも一緒に落ちていった様な気がする。

 夜風に吹かれて家へと帰っていると、なんとフェテレがド派手に転んで気絶してしまい、


「これからはヒロさんが面倒を見るんですから背負って帰ってあげてください」


 とシャムシエルに飲んだくれの女神を押しつけられ、歩けないフェテレを持って帰るのはヒロの役目となった。

 なんでこいつの面倒を見なきゃいけないんだろう。

 シャムシエルは天使としての義務が。シオンはハスディエルに救われた事への恩返しが。それぞれフェテレの背中を押す理由がある。

 だが、俺はウリエルにやらなかったら殺すぞと脅されてここにいる。

 こんなままでやっていけるんだろうか。

 たいしてありもしないフェテレの空虚くうきょな胸を背中に感じながらそんなことを考えていた。


「冴えない顔をしてますねヒロさん」

「それは喧嘩を売られてると解釈すればいいのか」

「そうかもしれません」


 曖昧あいまいな返事をするシャムシエルはヒロに対して何を思ったか突然、


「ところで、お悩みですか」


と、そう訊たずねた。


「唐突だな」

「違うなら構わないんです」

「いや、だいたい言われた通りだ。特に理由もなく人のために頑張れるのか少し不安だったんだ」

「それなら問題ありません」

「なんでだ」

「ヒロさんはウリエルさんからこの世界に召喚された理由をご存じですか」


 そんなのウリエルたちのプロジェクトのせいに決まっている。さらに突き詰めればフェテレが元凶だ。


「フェテレのためだろ」

「合っていますが違ってもいます。ウリエルさんがヒロさんをこのプロジェクトに呼んだのは、つまらなさそうな顔をしてむかついたからだと仰っていましたよ」


 そんな侮辱ぶじょくにも取れる理由で呼んだのかよ。最低だなウリエル。


「みんなして俺の顔をディスるんだな」

「それはヒロさんの捉え方次第だと思われます。ですが、本当につまらなさそうにしていたのが理由なんです。実のところ、フェテレ様のパートナーはある程度常識があれば誰でも良かったんです。それなのにヒロさんを選んだのは、ヒロさんの腐った性根も一緒に叩き直そうとウリエルさんがお思いになったからなのです。」

「もっといい言い方は無かったのか……」

「とにかく今は、フェテレ様とたくさん楽しんでください。そうすれば生きる意味や理由は後からどうとでもついてきます」


 いまさらだったがシャムシエルの顔が赤いことにヒロは気づいた。どことなく彼女の言葉に変な熱が籠もっていたのもそのせいだろう。


「もしかして酔ってるのか」

「そんなことはありません。そうです……決して。フェテレ様は面白いことを引き寄せる力をお持ちです。難しい性格をしてらっしゃいますが、すぐに学校にも馴染めるでしょう。きっとこれから、毎日がエブリデイ……エブリデイ?」


 シャムシエルはそこまで口にすると、後は首をかしげながら変な言葉を繰り返すのみになってしまった。


「これは完全に酔ってるな」


 でももし、とヒロは考えた。これからフェテレやシオンと学校へ行けるなら変化に富んだ毎日を送れるんじゃないか。そして、もしかしたら自分が変われるんじゃないかと。

 元の世界では理由がどうのこうのと言っていたらいつの間にか立ち止まってしまっていた。今これだけ周囲から働きかけがあって行動しなかったらまた過去の自分と同じになってしまう。

そんなのは嫌だ。

せっかくわずらわしい関係は全部捨ててきたんだ。

いつまでこの生活が続けられるのか分からないが、新しいスタートを切ってやろうじゃないか。


 その時だった。

 急に頭を揺すぶられる感覚。

 次にすべき行動の指令を全身に巡らせようしたものの、意識は重くふさがれ、フェテレの重みと一緒にヒロは崩れ去った。



「財布忘れてくなんてシャムシエルさんらしくないな……」


 ガーネットで飲むだけ飲んで帰ったシャムシエルさんたちだったけど、肝心の財布を忘れていた。

 明日渡そうかとも思ったけど、忙しそうだし今のうちに渡しておくべきだよね。

 そんな理由で三人を追いかけてきてみれば、意識のないヒロくんが男たちに路地裏に引いて連れ込まれようとしているところだった。


「へっ……ビビってたけど意外といけるもんすね」

「おい、金目のもん持ってないか確認しろ」


 どっちもが若いとは言い難い軽装の男が二人。一人が大柄で分厚い筋肉をつけ、もう一人が小柄でひょろっとしている。どうやら金品を巻き上げようとしているらしい。


「ちょっと!何してるの!」

「なんだ、メジャーズじゃないのか」

「どうします?」

「決まってんだろ。見られたからには処分するしかないだろ」


 男たちは一瞬びくりと肩を震わせたが、私が女であるのを知ると、交戦することを決めたようだった。


「三人いるはずなんだけど、返してくれる気はないのね?」


 筋肉男に問いかける。


「こっちは明日の身も危ないんだ。三人とも売って金にさせてもらう」

「そこそこいい服を着てるのを見ると、10階層で諦めた登塔者クライマー崩れってとこかしら。早く働いたら?だからこんな小汚い真似しかできないんじゃないかしら」

「はあっ?!メイド風情がふざけんじゃねえぞ!」


 小柄な方の男が懐からナイフを取り出すと、威嚇いかくするように乱暴に振り回しながら突進してくる。

 危なっかしい動きだ。

 こんなんじゃモンスターと戦える訳がない。

 そいつが腕を振りかぶった瞬間にナイフの持ち手を払う。


「え……?」


 男が驚いているところにすかさず腕を巻き込むようにしてナイフを落とさせ、握り拳でのどを圧迫。

 その後すぐさま、しばらく起きれないように首の後ろをチョップした。


「……ウッッ!」


 男は鈍いうめき声を上げてバタリと地面に倒れた。

 酔ってたとはいえ、こんなのに一杯食わされるなんて……シャムシエルさんにももう少しちゃんとして欲しかったかな。

 あまりの弱さにで少しだけ呆れていると……。


「動くな!こっちはPMAを持ってるんだ。仲間を殺されたくなかったら大人しくしろ!!」


 今度は大柄な方の男が脅しをかけてくる。その左手にはガントレットが装備されており、掌には炎属性のエネルギーがゆらゆらと蓄えられていた。


「ろくに形状変化もしてない炎魔法をこんな至近距離で撃ったらあなたも巻き込まれるけど大丈夫?」


 手を叩きながらそう言うと、男が一瞬だけひるんでいた。

 今かな。

 できるだけ予備動作読み取られないように落ちたナイフを拾い上げて斜め前方に一気に踏み出し、距離を詰める。


「……このっ!」

「少し遅かったわねっ!」


 低姿勢で詰め寄った私が左腕を切りつけて抉る。


「ぐあああ!!」


 集中力が途切れたのか魔法が霧散むさんしていく。

 血を滴らせた大男はいまさら腕をかばって上半身に気が向いてしまっているようだ。


「足元がなってないんじゃないの?」


 そのまま服の上からふくらはぎを切り裂いて男がよろめくと両足タックルで押し倒す。

 そして止とどめとばかりに首元にナイフを突きつけると男は


「ま……参った」


 と降参する。


「これ……試合じゃないから参ったっておかしいと思うんだよね」


 ナイフをほんの少し押し出すと、男の首から赤い血がにじむ。


「わかった。何でも言うこと聞く。だからよしてくれ」

「……オッケー」


 ナイフをそっと引いてあげた。


「じゃあ、このPMAはうちの酒場に寄付きふさせていただくわね」

「は…………はい」


 その後はシャムシエルさんの体裁にも関わるので彼女だけを起こしてフェテレちゃんとヒロ君を持って帰らせた。『大変申し訳ありません……!』と頭を下げていたのが、彼女でもこんなミスをするんだと印象的だったな。

 男らもしっかりセーフティメジャーズの詰所つめしょに突き出して処分を彼らに任せると、長い夜を終えて自宅へと帰るのだった。

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