第4話 転移者シオン

 ハスディエルにシオンと称された少女は、つややかな黒髪を首筋に流しながらテーブルのヒロたちにぺこりとお辞儀をした。


「えっと、よろしくお願いします」

「ワタシの僕しもべ二号というわけだな。気が利くなハスディエル!」

「誤解はあるんだがそういうことだな。」

語弊ごへいのある言い方は止めてください」


 ハスディエルが詳しい説明を放棄した返答をすると、フェテレに変な誤解をしてもらいたくないとシャムシエルが表情をけわしくする。

 ヒロとしても状況の整理がつかないためシオンに確認をすることにした。


「シオンは俺と一緒にフェテレの手助けをするってことでいいんだよな」

「そうです」


 シオンが肯定すると、シャムシエルは先ほどから気になっていたのかハスディエルを問い詰めた。


「そもそも、このプロジェクトはこの世界の人間には内密にして行うとウリエルさんからお聞きにならなかったんですか?」

「ああ、聞いたよ。だからヒロ君と同じ場所から呼んだ」

「あまり干渉しすぎるとあちらにも影響が出かねないことは理解していますか?」

「大丈夫だ。ウリエルにも報告してる」


 シャムシエルは唸った。ウリエルが何も言わないということはシャムシエルも咎められないのだろう。


「なら構いませんが……。あとでウリエルさんにお聞きしないとじゃないですか……」

「入学は明後日からなんだろ?明日は聞いてくればいい。まあ今日は楽しんでいってくれ。飯はいいのを出す」

「そうですね……」


 シャムシエルの肩が重そうだった。


「じゃあウリエルによろしくな」


 ハスディエルは、やることはやったのだから次はお前の番だぞと言いたげにシャムシエルに伝えると、

シオンを呼んだ。


「はい」とシオン。

「さっき大人数の客がでたからしばらくこのテーブルにいていいぞ。俺が許そう」

「それでしたら少し時間を貰います」

「おう、また後でな」


 ハスディエルは飼い犬のようにシオンに命令を告げた後、悠々ゆうゆう厨房ちゅうぼうに戻っていった。シオンは彼を見送ると、シャムシエルの隣の席に腰を下ろす。姿勢良く伸びた背筋はクラシカルなウェイトレスの服にしっかりと釣り合っていた。


「改めてですがシオンと申します。気軽にシオンとお呼びください」

「私ラフな言い方が苦手なもので、シオンさんでもよろしいでしょうか」

「大丈夫ですよ」

「早速だがシオン、当たり前だけどあんたのことを知らないんだ。色々と教えてくれないか。さっき俺と同じ世界って言ってたしそれも聞きたいんだ」

「妾も聞いてやろう」


 バゲットを既に食べ始めていたフェテレはそれを酒で流し込むと、ぐいとシオンの方へ身を乗り出す。


「それじゃあ少しお話ししましょうか。」



 ヒロさんと同じように、私も日本からこちらに連れてこられました。あちらに家族や友人を残して来ましたが、後悔は微塵みじんもありません。

 それは、こちらの世界で人生を取り戻したからです。


 あちらの世界での私は、十四歳の時に交通事故で足を失いました。当時の私は思いました。いっそ殺してくれれば良かったのにと。

 だって、水泳部で泳ぎに命をかけていたのに、足を失ってショックを受けないはずがありません。

 姉は国体でも敵なしのスイマー。

 姉と同じく小さい頃から才能を発揮していた私にも期待がかかっていました。そんな中での交通事故。生きる意味を失ったといってもおかしくありませんでした。


 それから二年間何もうまくいかず、部活もやらなかったので高校にも馴染めませんでした。中学のお友達とも疎遠になって、何もかもがどうでも良くなっていました。

 そこに現れたのがハスディエルさんです。


 彼はフェテレさんの再起プロジェクトに協力してくれるなら足を治してくれると言うんです。

 足が治ればまた水泳ができますが、正直水泳すらどうでも良くなっていた私にとって足がないことは。何も思わなくなっていました。


 でも、ふと、私の足が戻って、異世界で再出発すればやり直せるんじゃないかなと思ったんです。

 私の生きている意味が見つかるんじゃないかと思ったんです。

 だから快く受け入れました。


 こちらの世界に来てからは。驚きの連続でした。

 塔、魔法、ガーネットのみなさん。街のみんな。そして何より、足がある。

 もしかすると、水泳をやっていた頃の私よりも幸せかもしれません。

 少なくとも、こっちに来て失敗だったとはこれっぽっちも思っていません。

 過去の呪いから解き放たれたんですから。


◇ 


「いい話だったな。」 

「不謹慎ですがフェテレさんにも感謝しないといけないですね」

「あえて言うがシオン、お前は本当に不謹慎だな」


 悪意を交えて捉えれば、フェテレが人間を滅ぼそうとして罰されたおかげで今のシオンがあるのだ。幼稚なフェテレが苛いらついたとしても、こればかりは間違ってはいない。


「すみませんフェテレさん」


 フェテレが気前よく許す訳がないので、シャムシエルが代わりに、


「お気になさらないでください」


 と慈しみ深く微笑みかける。

 もうシャムシエルが神様をやればいいのではないか?

 一方、度量不足のフェテレは、そのご尊顔に神らしからぬ青筋を立てていた。


「シャムシエルお前、シオンの肩をもつのか」

「これは良い悪いの話じゃありませんから問題ありません」

「力を取り戻したら罷免ひめんするからな。ヒ・メ・ン!」

「戻せたらですけどね」

「殺す!!」


 温厚なシャムシエルにすら煽られ、フェテレの静脈ははち切れる寸前だ。

 フェテレの怒りが頂点に達しそうなその時、ガーネットの入り口で迎えてくれたノトが丸いトレーを二つ手に持ってやってきた。


「おい、料理がきたぞ」

「お待たせ致しました!こちらオールマッシュのバター炒めにナイントマトのスライス、スリーラビットのガーリックローストにイエローテイルのカルパッチョです。カルパッチョはマスターの奢りですよ!」


 見た目も美しい料理がテーブルに並ぶと、にんにくやバターの芳こうばしい香りが漂ってきて理性すら揺さぶってきた。


「これ絶対うまい!ハスディエル神!!」


 興味津々に目を輝かせるフェテレは先ほどまでの怒りをすっかり忘れているようだった。


「確かにこれはなかなか」

「いつ来ても堪りませんね」


 三人がそれぞれ料理に震えていると、シオンが席を立とうとする。


「では、料理も来たようなので私は失礼いたします」

「シオンさんも食べていってよろしいのに」

「私も食べたいんですけど、さっき裏で軽く食べてしまったので大丈夫です」

「では、ワタシがシオンの分も食ってやろう」

「どうぞ召し上がってください。名残惜しいですけど失礼します」


 シオンはそう言いながら立ち上がり、ヒロの顔を捉える。


「明後日からフェテレさんのサポート頑張らせていただきますのでよろしくお願いします」

「こっちからもよろしく頼む」

「うん、よろしくね!」


 お互いに小さく笑い合うと、彼女は仕事のために再びフロアへと向かっていった。


「めちゃくちゃいい子だったな」

「どうせああいう男受けのいい女に限って頭は空っぽだ」


 フェテレがガーリックローストにかぶりつきながら言うと、シャムシエルは困ったように嘆息した。

「サポートしていただくんですから失礼ですよ」

「はいはいわかったわかった。それよりヒロも食え。今日はシャムシエルの奢りだぞ」


 三人の宴はフェテレがアルコールで酔いつぶれ大人しくなるまで続くのだった。


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序盤に戦闘がなくつまらないかなと思ったので、

4.5話としてシオンの戦闘を挟みました。

そのため4話も改稿して短くしてます。

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