第3話 酒場と、新しい女の子

 時は夕暮れ、繁華街の空は茜色に染まっていた。

 敷き詰められた石畳の上を大勢の人々が談笑しながら闊歩し、それをかき入れようとする酒場の客引きが『今からご飯ですか?今日はいいもの入ってますよ!』などと声をかけて自分の店を売り込んでいる。

 すでに一杯済ませてできあがっているのか、路上で豪快に笑い合う者もちらほら見受けられた。

 自分の街もなかなか賑やかだが、どこか冷たく突き放すような場所だった。

 だがこの街は違う。

 ヒロはすっかりこの街の陽気な雰囲気に魅了されていた。


「まさかこんなに賑やかとは思わなかった」

「皆さん仕事終わりですからね。このくらいが一番活気のある時間帯なんですよ」

「なるほど。それで、今からどこで食べるんだ」


 シャムシエルと会話を楽しんで歩いていると、横槍の達人フェテレが愛嬌もクソもない調子で唐突に話を遮ってきた。


「さっきから人間が邪魔で真っ直ぐ歩けんではないか。ヒロ、道を開けてこい」

「あのなあ……会話のタイミングくらい読めフェテレ。人に道を譲ることを覚えてないからそう思うんだよ」


 ぴしゃっ、とフェテレの頭をはたく。


「ぁぐっ!?……こんのっ!!」


 べらぼうに低い怒りの沸点を超えたのか、フェテレはヒロの攻撃を何倍にもしたような腹パンをしてきた。ヒロは体をくの字に曲げて腹を押さえて言う。


「はっ……ぅぉぇ……てめぇ……はぁ……食事前に腹に負担をかけるんじゃねえ……」


 フェテレはつんとそっぽを向いてヒロの言葉を完全に遮断してしまった。


「なんなんだよ……」

「大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫……だ。話の続きをいいか?」

「はい、いいですよ。私たちが向かうのはガーネットという酒場です。正直今日は食べるだけなので関係ありません。大事なのはここから真っ直ぐ先に見えるあの塔です」


 シャムシエルは彼方にそびえ立つ塔を指さす。本来人工物である塔。しかし、雲を突き破るその塔には木々が生い茂り、さらには滝までが勢いよく流れている。自然と一体化しているどころか、もはや塔が生命の源といっていいかもしれなかった。


「あの塔こそ、私が先ほどお話しいたしましたジグラットです。」

「少年の夢みたいないいデザインしてるな」

「一時期ゲームにどっぷり嵌はまったフェテレ様が気まぐれでお造りになったんですよ」

「イカしているだろ」


 フェテレが自信満々にほくそ笑む。


「お前絶対に中身は十歳の少年かなんかだろ」


 ヒロは呆れたように呟くと、フェテレはむかついたのか口を尖らせて言う。


「シャムシエル、こいつ神を冒涜ぼうとくしやがったぞ」

「ヒロさんも素直に褒めて差し上げればよろしいのに」

「いや、大丈夫だ」

「そうですか」とシャムシエルはヒロの言葉を軽く流して喋り出す。


「神様の力が宿った塔だけあって、もたらす利益は莫大ばくだいです。エネルギー、建材、食料、服、この塔沿都市のほとんどは塔から賜ったものでできているといっても過言ではありません。今から行くガーネットだけでも、店内の灯りは魔力をエネルギーにした魔力灯ですし、料理の食材に関しても半分以上はモンスターで、塔あってのものです」

「規格外すぎるだろ」

「それだけ神様の力がとんでもないということですね」


 フェテレは鼻を鳴らしながら自信満々×2くらいにほくそ笑んでいた。



「ガーネットに到着しましたよ」


 広い入り口の上には大きく掲げられた風格ある看板。 よその小さな店に比べ明らかに大きく、それらの二倍以上の広さを誇っていた。

 中から既に活気が漏れ出ている。


「あの……こういう場所に来たことがないんですけど絡まれたりとかしないですか?」

「ちっちゃい男だな」

「ここは優しい方たちばかりなので大丈夫です。一定のちゃんとした規律があるので暴力を働こうとする輩も滅多にいません。それに、私が付いているので、万一何かあっても問題ありません」


 シャムシエルが頼もしかった。


「早速ですが中に入りましょうか」


 そう連れられて店内に入ると、大勢の客の笑い声と店員さん達の明るくはきはきとした声が飛び交い、一言で言うと大盛況だった。客はほぼ男性であるが、息苦しくない程度に上品にまとめられた内装のおかげか女性客も来ており、幻想的な料理や酒をゆっくりと楽しんでいた。


「いらっしゃいませ!あ、シエルさんじゃないですか。昨日ぶりですね」


 黒のロングスカートのワンピースにクラシカルな白いエプロンとカチューシャを身に纏った一人のウェイトレスが笑顔満開で出迎えてくれる。


「親戚の子たちの面倒を見ることになりまして。この子たちもこれからお世話になるかもしれませんので今日は挨拶代わりに三人で参りました」

「そうなんですか。私、ノトって言うんだ。二人ともよろしくね」 


 気さくに話しかけてくるノトは花が咲いたように、にかっと満面の笑みを湛えてみせた。

 ヒロはそれに応えてにこやかに言う。


「ヒロって言います」

「フェテレ」


 ヒロに対してぶっきらぼうに言うフェテレ、どうやら愛想という言葉を知らないようだ。


「というわけで今日は楽しんでってよ」

「飲み物はお任せいたします。一つはノンアルコールで」

「了解です!」


 ノトは後ろを振り向いて『三名様入りまーす!!』と人数を伝えてから店内隅のテーブル席に案内してくれた。

 手前の席が空いていたにもかかわらず奥の席にしてくれたのはノトの気遣いだろう。シャムシエルはここに通ってそうな雰囲気を少し出していたし、常連っぽいシャムシエルへの融通だろうか。 


「なあ、シエルってシャムシエルのことか」

「はい。ガーネットには同僚がいますのでけっこう来てまして、そのうちにシエルというあだ名が定着してしまいました」

「こいつは前から降りる度にガーネットに行ってるんだよ。それよりシャムシエル。腹減った」

「はいはい、すぐに注文いたしますから」


 この店の勝手が分からないとはいえ、フェテレはしょっぱなからシャムシエルに頼り切っていた。

 シャムシエルがメニューを見ながら注文を決めていると、一人の男性が近づいてきて、


「よおシエル」


 と言った。

 その男は長い銀髪で目を覆い、鷹揚な微笑みを浮かべている。

 細めのジーンズにインした白シャツは襟元のボタンを開け、袖は捲っている。サスペンダーや茶色いブーツもきっちりと着こなしているため、もさもさした髪の割には非常に清潔だ。

 シャムシエルは彼の方を後ろへ振り返ると、それに対して旧知の仲といった様子で応対した。


「酒場の方はともかく、あなたはちゃんとした名前で呼びなさいと何度も言ってるでしょうハスディエル」


 やや呆れ気味に言うシャムシエル


「俺もその酒場の方だっての」


 ハスディエルという男はいつものやりとりという感じで会話を済ませると、シャムシエルからヒロに視線を移した。


「君がヒロ君か。どうも」


 目元は窺えないがにこりと笑うハスディエル。同じようにヒロもできるだけ明るく「どうも」答えると彼が問いかけてきた。


「シエルから俺のこと聞いた?」

「いえ、これといって……」

「ちょうど話すところでした。」

「シャムシエル、腹減った」

「もう少しお待ちください」


 シャムシエルはもはや子連れのママと化していた。


「じゃあはシエルはメニュー選んどいてくれよ。俺から言っとくから」

「ありがとうございます。それでは頼みます」


 ヒロが二人の様子を見て待っていると、ハスディエルがやっとこちらを向いた。


「俺はハスディエル。ウリエルの使いっぱしりって言ったら分かる?」

「シャムシエルと同じってことでいいのか」

「そうそう……だけど少しだけ違ってな。シエルは天界担当で俺は人間界担当ってところだ。シエルはだいたい忙しくて対応できないだろうから、困ったら俺の所にきてくれ。一応聞くから」


 悪い奴ではない気がした。

 シャムシエルの同僚であるし、それだけで十分に足り得るだろう。


「頼りにしていいか?」

「ああ、問題ない。ただ、俺はガーネットの主人マスターでもあるからいつでもは困る。せめて開店中にな」

「分かった」


 話を終えたとばかりにヒロが息をつくと、ハスディエルはシャムシエルに視線を戻していた。


「シエル――決めたか?」

「大丈夫です。これとこれ、あと、これでひとまずお願いします」

「はいよ」


 ハスディエルはメニューを回収すると、


「それと、俺からサプライズがあるんだ」


 と口元を緩ませて言う。


「あなたはまた変なことを」

「ちげぇよ」

「こちらお通しのバゲットとフィフティーンクラブペースト、それとお飲み物でございます」


 若々しい黒髪ロングの正統派美少女っぽい女の子がお盆を持って運んできた。ノトと同様に黒と白のウェイトレス服を着ており、手慣れた手つきで皿を並べてくれる。


「ちょうど良かった。この子こそ三人目のメンバー、シオンちゃんだ」


 女の子は突然話を振られて困惑するも、その場の空気で半分くらい理解したのか姿勢を正した。


「えっと、よろしくお願いします」

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