2章 訓練学校

第5話  学校デビュー、目をつけられたまな板

 まさかの異世界で神様とともに学校デビュー。

 朝八時の鐘もまだまだ先という時間。

 ヒロとフェテレは着ている服のみで早々と家を出て、まだ人気もまばらな中央広場の噴水前に来ていた。

 というのも、今日入学者達を学校まで案内する先導者に学校へ連れて行ってもらうためだ。


「早く来すぎたかな」

「だから言ったろ。遅れて行っても構わんと」


 靴の裏で石畳を何回も踏みつけながら、頭を掻くフェテレ。


「俺たちは案内してもらう立場だ。遅れるのは失礼だろ」

「よく考えろヒロ。今の待っている時間は果てしなく無意味。なら他の者を待たせてでも、遅れて待ち時間をゼロにした方が時間を有効に活用できると思わんか」

「お前がクズみたいな思考をしているのはよく分かった」

「お待たせー!」


 シオンがこちらまで駆け寄ってきて足を止める。エスニック調のオフショルダーワンピースは、ウェイトレスの時とは違う普通の女子らしさをアピールしていた。

彼女の姿を見るなりフェテレがクレーマーのように仏頂面ぶっちょうづらでぎいぎいと文句を垂れる。


「シオン!お前はウェイトレスなんだから本来待つ側の人間だろうが。私をどれだけ待たせたと思っとるんだっ!」


 言っておくと、まだ予定時間前だ。


「えっと……ごめんね」


 当惑した後に苦笑いを浮かべながらあっさりシオンは謝る。

 しかし、その態度見てフェテレは


「謝る気があるのか!」


 と納得いかないようだった。


「少し黙れフェテレ。すまないシオン……こいつ自分中心にしか考えられないんだ」

「大丈夫。この前理解したから」

「そうか、なら問題ないな」

「何が問題ないんだ馬鹿者!!」


 今日もフェテレは元気はつらつにうるさかった。


 しばらくすると、ヒロのようなまだ若い入学者らしき連中が目につき始める。

 というのも、不安げに周囲を見回す奴、地図を見ながらたった今到着したと丸分かりの奴、数人できゃっきゃとバカ騒ぎする奴、あからさまだった。


 やがて広場にうじゃうじゃとした人集ひとだかりができあがると、八時の鐘が響き渡った。

 すると噴水の縁に緑色の軍装の女が立ち上がり、周囲を見回した。

 そして周りの入学予定者の視線を一身に受けた彼女は、腹から弾けて出たような大声で一喝した。


「おいクソガキ共!!」


 皆自分のことかと、びくりと背筋を震わせていた。


「そうだ、お前ら全員だ!私が今日来たのは、半端な覚悟と軟弱なイチモツしか持たないお前らを一人前になるまでしごいてやるためだ!!」


 おいおいやべえよ。シャムシエルさん、あんたどこに入学届出してくれたんだよ。なんでこんなハートマン軍曹をこじらせてしまったようなお姉さんがいるんだよ。


 ヒロと同じ貧弱な語彙しか持たない入学予定者しかいないのか「おいおいやべえよ」「いや、アカンでしょ」「何だよあいつ」とざわついている。

 中には「やべえ……俺、イキそう」と性癖異常者も混ざっていた。

 こいつが来るところを間違っているのはヒロでも分かった。



 それから三十分ばかり歩くと、ダンジョンと同時に水源地でもあるジグラットまでやってきた。そこからさらに大橋を十分ほどかけて渡ると、やっとのことで巨大な塔の足下にある門に到着する。

 塔の下の部分は明らかに人の手が加えられており、さながら要塞のようだった。


「一階と二階はもう大分昔に踏破されちゃったらしくて地道に改造したんだって」

「よく知ってるな」

「ガーネットの先輩が教えてくれたの」


何も知らないヒロにシオンが教えていると、先導者のヤバイ軍曹の人が大声で全員の注目を集める。


「聞けェ貴様ら!お前達の汚ない口でも言っていい言葉が二つある!『イェス』『ノー』だ!言葉のケツには『サー』か『マァム』をつけろ!男性には『サー』、女性には『マァム』だ!分かったか!!」

「「「イェスマァム」」」

「ふざけてるのか!腹から声出せ!!」

「「「「「イェス!マァム!!!!」」」」」

「よし!ここが登塔者の欲望渦巻く宝の山、そしてお前らの学び舎だ!中に入れ!」


 ヒロたちは巨大な門をくぐる。

 建物内に入ると中は吹き抜けのかなり開放的な広い空間だった。規則正しく白、灰、黒の石が敷き詰められ、大きめの木のテーブルセットがいくつも配置されていた。

 朝から既に登塔者たちが来ており、自分たちのパーティで談笑している。


「『ギルド』窓口ね。ここのダンジョンや登塔者の運営とかアイテムの換金もやってるの」


 シオンが説明してくれるのがありがたい。


「もしかして何でも知ってるのか」

「さすがに表面上だけよ登塔者さんたちからお話を聞くの」

「なるほど、そういうことか」


 シオンと話をしていると、軍曹が声を上げた。


「貴様らよく聞け!今から入学書類の手続きを全部済ませる。渡した書類に全部サインした奴は受付の案内に従ってギルドの隣の区画に移動していく!荷物検査と制服への着替えが済んだ者からD3のホールに集まれ!」


 アイアイマァムと全員が肯定する。”フェテレ以外”が。


「おい!そこの金髪貧乳!」


 軍曹が近づいてきてフェテレと相対する。

 「あ?」と言ってやっと気づいたフェテレは


「それはもしかすると妾に向かって言ってるんだろうな……」


 と、地を這うような低い声音と凶眼で見返した。

 ただ、軍曹は全くそれにおびえる様子もない。

 過去に何回もこういう生意気な若者がいたんだろう。フェテレのキツい視線を撥はねのけていた。

 ヒロだけでなくシオンも、おそらくは”またか”と呆れていただろう。フェテレの横柄さはここにきても変わらなかった。ヒロとしてはこの二人がかち合ったらどうなるんだろうと思っていたので興味深いカードだ。

 周囲の奴らはやっちまったよという感じでざわつき、あいつ早速死ぬんじゃないのかとそわそわしている。


「言葉のケツにはマァムとつけろと言ったはずだぞメスガキ」


 フェテレの態度が気分を逆撫さかなでしたのか鋭い目つきで彼女を見下ろす軍曹。ヒロには、フェテレは偉そうな奴が死ぬほどむかつくと言うのが容易に想像できる。もう怒りの沸点を超えているに違いない。


「さっきから偉そうに命令して、お前は何様だ」

「ここでうまくやるには色々とコツがあってな。教官の私がそれを先に一つだけ教えておいてやると、命令に逆らわないことだ。貴様はどうやらこの中で一番素質がないようだな」

「質問にも答えられないのか脳筋が!!」


 フェテレがそう言い放つと教官の胸倉むなぐらを掴もうと手を伸ばした。が、流れるような動作でぐるんと一回転。地面に転がされる。

 それでもフェテレはもう一方の腕を教官に構えて何か攻撃をしようとしたが、腹を硬いブーツで踏みつけられると呻き声を漏らしてぐったりと情けないツラを晒して伸びてしまいた。


「威勢だけは一人前だな」


 教官は小さくバカにしたように笑っていた。

 フェテレがグロッキーな状態になったからには回収するのはもちろんヒロだった。

 フェテレと軍曹の周囲にぽかんとあいた空白に進み出て謝る。


「仲間が失礼を働き申し訳ございませんでした!」


 深々と頭を下げる。

 しかし。


「マヌケをのさばらせるお前らもマヌケだ。後で便所掃除だ」


 頭を下げるだけでは足りないようだった。


「まじかよ……」


 現代の学校とは教育のやり方が全然違う。とにかく今は従うしかない。


「返事はどうした!」

「イェス!マァム!」

「罰を食らいたくなければお前がこの”腐れまな板”を矯正しろ。」

「イェスマァム!」

「よし、行っていいぞ」

「イェス!マァム!」


 教官が靴を鳴らして去って行くとシオンが近寄ってきた。


「災難だったね」

「本当の本当にとばっちりだ。シオンもトイレ掃除やるか?」

「全部任せるね」 


 シオンはにっこり、あっさり、はっきりとヒロの申し出を断る。


「まあそうだよな」

「その代わりにだけど、分からないことがあったら答えられる範囲で教えてあげるから」

「その時は頼んだ」


 多少の嬉しさを感じつつも、フェテレの存在がもはやハンデにしかなっていないという事実を噛みしめる。どうやら異世界生活のスタートダッシュはうまく切れなさそうだった。


「それより、まずはこいつを起こすか」

「それもそうね」

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