第6話 その男、引きこもりにつき
フェテレが教官にしばかれた後にギルドの受付で手続きを済ませると、ヒロたち入学生は男女に分かれて建物の奥へと歩かされた。視力検査に予防接種、さらには血液での先天的な魔法属性診断といったもろもろの作業を部屋を経由しつつ済ませ、廊下を進んでいた。
「……魔法の属性が血液で分かるとはな」
一つ前の部屋では医師のじいちゃんから血液を採取されて「詳しいのは後で出るが、おそらくは風属性じゃな」と長年の勘にものを言わせた診断をされた。
そんな簡単に分かるものなのだろうか?
歩くとまたすぐに次の薄汚い小さな部屋に着く。ここは荷物検査の場所だった。左右には検査官がおり、それぞれの机の上や
フェテレのお守りから解放されたヒロがほっと一息ついていると、検査官の一人から声をかけられた。
「おいお前、荷物はどうした」
「身体一つで来たんだ。何も持ってない」
ヒロはズボンのポケットを捲って出してみせる。
「いいだろう。行っていいぞ」
検査官から早々と許可を貰って部屋を後にしようとすると、一人のノッポの少年がゴリラが服を着ただけみたいな男と言い合っていた。背が高いとはいえ相手はゴリマッチョ。よく刃向かえるなとヒロは感心していた。
「だから、これはだめなんだって言ってるだろ!あんた僕の性事情何も分かってないのか!」
「お前の性事情なんて分かってたまるか!三日に一回は返すんだからこれくらい我慢してくれ!」
ゴリラの言い分の方がもっともだ。処分じゃなく保管してくれるというだけ、ずいぶんマシだろう。
「三日も致すのを我慢できるかって!今だってもうやばいんだ。なあ!あんたもそう思わないか」
「え、俺か?!」
ノッポがキラーパスを放ちつつ、こっちを向いて肩を掴んでくる。
ものすごい熱意を感じる。変なベクトルに働いた熱意というのはどうも対応に困る。
また変な奴に捕まってしまった。とヒロは心の中で毒づいた。なんでこうタイミングが悪いんだ。
「いや、俺はそんなことないと――」
「そうだよな!やっぱり一日三回だろ!ほら、だから没収されるわけにはいかないんだって!」
ノッポは検査官に向き直って訴える。
だが、その訴えは届かないようで、スコンと丸めた紙で頭を叩かれていた。
「ダメだ」
「そんなああああ!!」
この世の終わりだと叫ぶノッポ。しかし、ゴリラはそれを宥なだめるように手で制してみせた。
「落ち着け。お前には特別に教えてやる。実はだな……売店の兄ちゃんにこっそり言えば、本なら個人的に入荷してもらえる」
「ほんとかっ……!あんた実はすげえ良い奴だな!」
「あんまり言いふらすなよ」
ゴリラは親指を立ててギャップのある快活な微笑みをしてみせた。あいつのあだ名は絶対に微笑みゴリラに違いない。
ヒロが二人のことを押し黙って凝視していると、ほらさっさと行けと言われ、部屋を出た。
「――ちょっと君」
ヒロが看板の矢印に従って次の部屋へと移動していると、後ろからノッポが付いてきた。
「性事情は解決したんだからもういいだろ」
「それはいいけどもう一つ良くないことがある」
「知らん」
横から話しかけてくるノッポの言葉を突っぱねてヒロが目を合わせないようにしながら進んでいると、
「まあ聞いてくれ、相棒」
と強引に回り込まれ、進路を塞がれてしまった。とにもかくにも、こいつをなんとかしなければ。
「勝手に相棒認定するな」
「……実はさ、さっき盗み聞きしたんだ」
おもむろにノッポが切り出し、言葉を続けた。
「この半年間の訓練学校、ほぼ最初から最後までパーティーを組んで行動することになるんだ」
「それがどうした」
「そのパーティーなんだが、実は事前にチーム作りが始まっているんだ」
ふっと笑ってノッポは言う。
しかし、教官の語った中にそんな話は含まれていない。なんとなく疑わしさはあるものの、話を聞いてみるだけ聞いた方がいいとヒロは思った。
訝しむヒロを気にする様子もなく、ノッポはべらべらとしゃべり出す。
「チーム――つまりパーティーは入学式の席順で決まるんだけど、その席順は自由。つまりチームのメンバーは僕ら次第だ。学校としては登塔者になってからパーティーを組むときのための練習だそうだが、正直そんなのはどうでもいい。それで大事なのはここからだ。この半年の訓練中に班対抗形式の塔攻略タイムアタックがある。そして、その優秀成績パーティーは毎年恒例で卒業後にスポンサーがついてくれるんだ。加えて成績最下位のパーティーは登塔者のライセンスが発行されない。それを知ってる奴は全員、見込みのある奴を集めて事前にパーティを組み始めてる」
「話は分かった。それで、俺に何の用なんだ」
ヒロは体重を壁に預け、ノッポの言いたいことを率直に聞いた。
「パーティーの人数は五人。だから、ヒロのパーティーはシオンちゃんとまな板ちゃんだ。そして残りの二枠の一つに僕を入れてくれないか」
ノッポはヒロたちのことを三人とも知っていた。不審に思ったヒロは尋ねずにはいられなかった。
「そもそも何で俺らの名前知ってるんだ」
「さっき近くで聞いてたのさ。それに、ガーネットの常連でシオンちゃんのことはよく知ってるんだ。彼女のこと知ってる?めちゃめちゃ強いんだぜ。僕にしてみればヒロのパーティーは超優良株だ」
「あんたを俺がその優良パーティーに簡単に入れると思うのか」
「それは大丈夫。なぜなら僕を入れるしかないからね」
どういう理屈だろうか。ノッポの言葉は明らかに情報が欠けていた。
「頭大丈夫か?」
「大丈夫に決まってるだろ。ともかく、今のままじゃヒロのパーティーには誰も入ってこないし、声をかけても入ってもらえないはずだ」
「とてもそうとは思えないんだが」
「ヒロたちはさっきギルドの窓口で悪目立ちしすぎたからね。周りの奴らにはもう、変な噂が広がりつつある。メイサ教官はけっこう有名でね。おそらくこれから君たちの班には教官の罰則がビシバシと飛んでくる。わざわざ評価に響きそうなパーティーに入りたくないだろ?」
そういえばそうだった。おまけにフェテレもいるのだ。地雷だと見抜かれるのは必死だろう。
「今色々と気がついた……」
「もう挽回は無理だ。だけど、こうやって僕が入るんだ。あと一人集まればフルパーティーだよ」
「お前が入ってくれるのは別に構わないが……。今更だがもう一人無理に集める必要はあるのか」
「僕は絶望的にコミュ障だ。話しかけたりもしたけど、頭お花畑なパリピと絶望的に意思疎通できなかった。だから、それ以外の人が好ましい」
ここでやっとヒロは勘づいた。このノッポもしかしてすごく残念な男なのではないかと。
「お前のワガママじゃねえか」
「もちろんちゃんとした理由もあるよ。シオンちゃんがいるとはいえ、初心者の塔攻略にはバランスよく異なる属性を集めた方がいい。属性は診断で分かってるし、今から十分対策が可能と言える。ヒロの属性は何だったの?」
ノッポが尋ねると、ヒロはさっきの診断の結果を短く伝えた。
「俺は風だとさ」
「僕は土だった。あとは火と水だけだしなかなかいいんじゃないか?これにシオンちゃんとまな板ちゃん、後もう一人で属性が揃えば完璧だな。気の強い優しいドSのお姉さんだといいんだけどなあ」
「なんか矛盾してるし、入ってくれたとしても嫌われそうだなお前」
「お姉さんから嫌われて蔑まれるなら本望さ」
「そういうところだよ」
後に名前を聞くと、このぼさっとした茶髪ノッポの名前はニック・ディケンズだと判明した。彼は元引きこもりらしかったが、親の家業の経営が振わず半ば無理矢理追い出されたらしい。
そして二人は各部屋でずた袋、戦闘服でもある制服一式、コンバットブーツ、ツナギ、下着、洗面具、認識票等々の支給品を受け取って進んでいくが、その先の道中でフリーの美少女に出会うことは無かった。どの女の子も既にパーティーを組んでいたのだ。
そもそも一人でいるニックみたいな野郎が珍しいのだと、ヒロは思った。
そうしてやっと入学式を控えた大広間へと辿り着くと、既にたくさんの入学者が集まっていた。
全員がボタン付きの黒のタートルネック、鐘のように広がる袖を持った薄手の灰色のロングコート、同じく灰色のカーゴパンツにコンバットブーツ、肩から斜めにぶら下げた空の弾帯と統一された制服を着ており壮観だ。
そしてそこには制服に着替えたフェテレとシオンも到着しており、飾られているモンスターの
「シオンちゃん久しぶりだね。まな板ちゃん大丈夫だった?」
ニックはやあやあと手を挙げ、彼女たちに愛想よく声を投げかけた。
が、フェテレはまな板発言を見逃してやる心などもちろん持ち合わせていない。
「――何が大丈夫じゃボケェエエエ!!」
「おぅふっ!!」
フェテレの超重量ずた袋殴打に元引きこもりが太刀打ちできるはずもなく、腹への重い一撃をもろに食らって膝から崩れ落ちる。
「おいヒロ。乙女の胸を馬鹿にするこの不届き者は誰だ」
「残念ながら……新しい仲間だ」
仲間が増えたにも関わらず、フェテレの視線はただただ冷ややかなものだった。
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