第7話 フルパーティ
ジグラット一階のとある広間。椅子すら置かれておらず立ちっぱなしのままで、ヒロたちは新しいパーティーメンバーのニックについて話していた。
「よくもこんな腐れニートを連れてきてくれたな。犬猫を家に持って帰ってきがちなガキでも、クソオタクを拾っては駄目なことくらいは分かるもんだろうに」
ヒロはニックから聞いたパーティー関連の話をフェテレとシオンに伝えたが、フェテレは自分を”まな板”呼びしてくるニックに対し、明らかに好意と真逆の感情を持っているようだった。
「さっきも話しただろ。他の奴らは俺たちを敬遠してる。俺たちのパーティーに好んで入るのなんてこいつくらいしかいなかったんだ。それに四人で属性被りもなかったし上々だろ」
「幸いニック君は悪い人じゃないわ。信頼できる人だと私は思うけど」
「シオンとニックは知り合いだったな」
「ええ」
シオンは短く相づちを打つと、付け加えて言った。
「私普段、食料調達でガーネットの先輩についてってダンジョンに潜るんだけど、そのための装備をとある工房で作ってもらったの。その装備を製作したのがニック君のお父さんで、その時にニック君と初めて出会ったわ」
「その通り!そして今日、僕たちは奇跡的な再会を果たしたのさ!」
「はいはいどうでもいいどうでもいい」
大げさに言うニックに、フェテレは心底興味がなさそうに反応する。
その時だった。
「――あの」
三人と話している中、ヒロは背後からぼそりと声をかけられた。
振り返ると、ヒロたちと同じ制服を着た色香漂うダークエルフがそこに立っている。
普通のエルフとは違う、褐色の肌に低い位置でまとめた銀のポニーテール。鈍く輝く紅い瞳。
背もシオンを大きく上回り175センチはありそうで、クールな麗人と言うに相応しい女性だった。
「どうしたんだ」
「……すまない。四人パーティーと見受けられたんだが空きはあるだろうか」
これだけ優れた見た目ならば自信溢れる前向きな性格に育つだろうに、その顔には
「ああ、ちょうど空いて――」
”ちょうど空いてるし自由にしてくれ”と言おうとしたところで、ニックに手で口を塞がれてしまった。そのまま肩を組んで後ろに向き直ると、彼はヒロに小声で囁く。
「エルフっぽいが、こんな褐色のエルフは見たことがない。それに、そもそもエルフは訓練学校なんかに魔法を習いに来なくても十分使えるはずなんだ。明らかに怪しいぞこれは」
「はぁ?じゃあどうするんだ」
「……入れる必要はない」
少しの間の後に、ニックはそう断言する。
「でも美人だぞ」
「そうなんだよなあ」
「どっちだよ」
現地人のニックが知らないとあってはシオンも恐らく知らないだろう。とすれば、知っていそうなのはフェテレしかいない。
「おいフェテレ、ちょっと耳貸せ」
「なんだやぶからぼうに」
「お前、褐色のエルフについて知らないか」
「知らん。生み出した覚えがないから恐らくバグだ。突然変異まではワタシも与り知らない」
「本当に使えないな」
「あ゛!?」
ヒロは文句を言われる前に褐色エルフに向き直った。
「俺たちのパーティーは教官から目をつけられちまったし、何より、色々と問題児ばかりだからやめておいた方が良いと思うぞ」
フェテレに背中を小突かれまくりながらやんわりとした断り方をしてみせる。が、それが仇となったか褐色エルフは食い下がってきた。
「まだ人数の揃っていない少人数パーティーにすら入れてもらえないんだ。エルフにしては魔法も並の人間レベルだが身体能力には自信がある。どうか頼めないだろうか?」
「ふーむ……どうしたもんか」
「村から迫害され……ここでも人間から避けられて……また……」
もはや一人言となった呟きを、褐色のエルフはぽつりぽつりと言う。後悔と
追い払うのも気が引けるとヒロが悩んでいると、シオンもこちらに寄ってきて何事かと事情を聞いた。
「どうしたの?」
「それが……」
ヒロがシオンにさっきまでのことを掻い摘まんで教えると、シオンは言った。
「エルフさん、名前はなんて言うの」
「……ミリエッタだ」
「ミリエッタね。私シオンって言うの。よろしく」
言いつつ、シオンはミリエッタに手を差し出した。ミリエッタはその手にしばらく言葉を失っていたが、握手だと気づき、「あ、ああ……」と彼女もまた手を差し出して手を握り合う。
すぐに握手が終わってミリエッタが名残惜しそうにしていると、
「私もはじかれ者だったからなんか分かるんだ、ミリエッタさんの気持ち。ねえ、私からもパーティー加入お願いできないかな」
とヒロたちに向き直って少しだけ申し訳なさそうに頼んできた。
「シオンちゃんが言うなら僕はいいよ!」
なんとも熱い掌返し。ニックはシオンさえ良ければ構わないようだ。
フェテレは「勝手にしろ」と最初からどうでもよさげ。
そうすれば、残るのはヒロだけだった。
「ヒロ君はどう?」
ヒロが断れないと知っているようにシオンは言う。
そんなの頷くしかない。
「元々人数は足りていないんだ。俺も別に入ってもらって構わない。」
「みんな大丈夫みたいですよ、ミリエッタさん」
「本当に良いのか?」
拾ってきた野良犬のように不安げなミリエッタはまだ信じられないといった様子で尋ねる
「何いまさら言ってるの?ほら、入学式あと少しで始まっちゃうよ。」
「ありがとう……絶対に役に立ってみせる」
「そういうのはいいの。一緒に頑張ろ!」
「もちろんだ!」
ミリエッタは強く頷いた。
「訓練生は耳穴かっぽじって聞け!全員集まっただろうな!まだちんたらと制服に着替えてる奴らがいるなら、すぐさまD3ホールに向かえ!既にホールで口からクソ垂れてるマヌケも、黄色い足跡のマークの上にすぐに並べ!」
館内放送ですら語気を緩めないメイサ教官のけたたましい声が広間に響き渡りブツリと放送が切れると、入学者たちが一斉に移動し始める。
大勢の人間の中にいると緊張は高まるが、なんだか心地が良とヒロは思った。
高校の時の一人だった自分とは違うからだ。
これは、五人でともに登塔者になろうとする半年間の挑戦。
そしてヒロにとって、クソみたいな人生のリベンジだった。
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